第二章
第13話[新マップ]
僕は今、忙しい仕事を早退してまでゲームに繋いでいた。
「文ちゃん! 文ちゃん! ついに来たよぉぉぉ! 新マップ!」
「きたねー! 寒国マップなんだっけ?」
「そうそう! くぅぅぅぅぅっ! 楽しみぃー! さっ、行くよ! 少年っ! 時は来たり!!」
そう言って麦は僕の腕を掴みながらワープゲート広場を指さした。
「えっ!? 今から!? 何も調べてないんだけど……」
「大丈夫! なんとかなるよー! ゴーゴー!」
(本当に大丈夫かなぁ……)
僕たちは今日追加された新マップ『アーカシリア』にメンテ直後さっそく行くことにした。
新マップが追加されるのは実に半年ぶりで、街が追加されるのはゲームが実装されてから初めての事だった。
──アーカシリア到着──
『アーカシリア』雪マップがメインとなっている地域にある街。
ロシアをイメージされたその街並みは辺り一面、雪化粧に染まり煙突屋根が目立つ家の中はなんとも暖かそうであった……。
「さっ、さぶぅぅぅぅぅ!!」
「やっぱ、すごい寒いんだ。僕ですら結構、肌寒く感じるもん」
鼻水を垂らしてる麦に引っ張られ、さっそく街の外のマップに出てみた。
──アーカシリア南マップ1──
マップに入って直ぐ、麦は辺りを見回した。
「さてさて、敵ちゃんは何がいるのかなぁ!」
「あっ! あそこに何かいるっ!」
雪原の中、僕たちの目の前に単体のMobが現れた。
新マップにテンションが上がってる麦がMobに飛びかかる。
「おっ! いたなぁ! シカちゃん! 覚悟ぉぉぉぉ!」
「いや、あれトナカイでしょ」
マップ1というだけあって麦はすんなりMobを倒した。しかしMobを倒した直後、僕たちは異変に気付いた。
「あれっ、麦ちゃん。今、攻撃食らった?」
「えっ? 瞬殺だったから食らってないよ……って、えぇぇぇ!? なんでこんなHP減ってんの!?」
「あっ! 良く見たら僕も減ってる!」
敵からの攻撃を受けていないはずの僕たちのHPは少しだが減っていた。モニターの隅には見たことのない状態異常のアイコンが出ていた。
それに最初に気付いたのは麦だった。
「あっ!? なんか見たことないアイコン出てる!?」
「なになに……コールド? なんだろう……これ。でも僕たち、どんどんHP減ってない!?」
「ヤバイよ! 文ちゃん! なんか呪いにかかったとか!? とりあえず街もどろ! 街っ!」
そうして僕たちはすぐにアーカシリアに戻りNPCから情報を集めるのだった。
アーカシリアの中央の広場に行くと、一人ベンチに腰かける赤いスカーフを被ったお婆ちゃんが居た。麦がそのお婆ちゃんのNPCへ声を掛ける。
「そこのマダム! お話伺いたいのだが、いいかなっ!?」
すると、マダムは何語か分からないような言葉で話してきた。
「なんど、そった格好じゃ凍傷するはんでぬぐぇ格好すねど! (あなたたち、そんな格好じゃ凍傷するから暖かい格好しないと!)」
それに何故か同じ言葉で反応できる麦。
「どごさぬぐぇ服あるの? (どこに暖かい服あるの?)」
「あっちの服屋さ行ぎなさい (あっちの服屋に行きなさい)」
「どうも! 婆っちゃ! (ありがとう! お婆ちゃん!)」
「えっ……なんで喋れるの」
どうやらNPC達の情報によると、この地域のマップは寒すぎて毛皮装備をしないと凍傷状態になり毎秒1%ずつHPが減少していくらしい。
そこで僕たちは毛皮装備を作るべく、街の服屋に行ったのだが……。
「ちょっ! このアイテム、さっきのやつが落としたアイテムじゃん! って事は凍傷なりながらアイテム集めろってことーっ!?」
麦が服屋の壁に掛けてあるリストとさっき拾ったアイテムを見比べて叫ぶ。
「えっ!? そんなまさかっ! 何か別の場所で取れるとかじゃないかな……?」
毛皮装備に必要なアイテムの中に新マップでしか手に入らないアイテムがあり、困惑している僕たちの元に一人の人物が声を掛けてきた。
「あれっ! ネキやん!」
その人物に手を振りながら答える麦。
「おっ! ポポちゃんじゃん! やほー!」
僕はその様子を見て麦に訪ねた。
「鷹の人?」
「そうだよー! 鷹のギルドメンバーのポポちゃん」
そう言った後、麦が僕の耳元で囁いた。
「あの子、麦が読めないみたいで私のこと葱って呼んでくるんだよねー! 可愛いよねー! ぷぷっ」
「いや、それ……ネキってアネキって意味だと思うよ……ネット用語の」
「えっ……」
今まであっちが勘違いしてると思って可哀想な目で見ていたつもりが自分が可哀想な子だと知り固まる麦。
すると『ポポちゃん』と呼ばれた小さな『バーサーカー』の女の子が僕たちに近寄って来た。金色のクリクリっとした短めの髪型がエンジェルヘアみたいで可愛い。
『バーサーカー』とは狂戦士とも呼ばれ、このゲームでは獣がイメージになってる為かバーサーカーの装備は動物をイメージさせるものが多い。
武器は爪で、大きな爪を使い攻撃をする。攻撃力、攻撃速度ともに高めでソロでも十分に狩れる強さと見た目の良さから選ばれることが多い職業の一つだ。
(この子はクマたん装備か、かわいいなぁ)
「ネキも毛皮装備作りにきたん? あれ、そっちの人って……」
クマのヌイグルミみたいなポポちゃんが僕の方を見て首を傾げてきた。
麦は僕の腕を引っ張り自分に近付けると、僕の顔に人指し指を埋め、ポポちゃんに僕の紹介をした。
「あっ! 文ちゃんだよ! リアルのっ! 本物だよ!!」
「あー! 皆言うとった『あの』! ほんまにおったん」
「もう、その
(毎回みんなに同じ反応されるな麦ちゃん……)
麦の質問にポポちゃんは、麦を見上げながら手をヒラヒラさせて答えた。
「なに言うとんっ! 料理つこうたに決まっとるやん!」
麦はポポちゃんの頭をモフモフしながら目を丸くした。
「ナニソレ、
どうも毛皮装備を作るにあたって前提クエがあるらしく、その前提クエで得た料理を食べることによって体が温まり、外のマップに出ても効果がある間は凍傷にならないらしい。
話を聞いた麦は両手を大きく上げ後ろへと反り返った。
「くふぅーっ! まどろっこしい! もう凍傷なりながらアイテム揃えようよっ!」
「別にそれでもいいんだけどさ。折角だし、やっとかない? 今後もその料理使えるかもだし」
「せやで。直ぐに終わるクエやから、やっといた方がええで」
直ぐにでも新マップを歩きたくて不満げにする麦だが、僕とポポちゃんの説得により大人しく前提クエをすることにしたのだった。
「ほなっ! 先いっとくわー!」
そう言って毛皮装備を作ったポポちゃんが服屋を出ていった。それを悔しそうに見送る麦。
「なんだ! あの顔は! なんだ! いい顔してっ! かわいすぎるだろっ! 羨ましいっ! あのモフモフめっ! お腹空いたっ!」
「なんか色んな感情混ざってるけど……ほらっ! 僕らも早く料理作りに行こう!」
僕たちは料理を作るクエストをする為にアーカシリアの小さな食堂に来た。
中は少し埃っぽく、奥には小さな暖炉があり、その前には小さなテーブルと椅子が少しずつ置いてあった。
何も置かれていない古い木製のカウンターの奥には縒れた服を着たおじさんが居た。
「うちはこれと言った料理がなくてね。客が付かなくて……ほら、この通り店が廃れてきてしまっているんだ。秘伝のレシピを見つけたんだが私の代わりに材料を集めてくれないか?」
麦は腕を組ながら首を横にむけた。
「知らんっ! 自分で集めろっ!」
「ちょっ! そんなこと言ったらクエ受けれないから! 集めます、集めます! 集めさせていただきます!」
ちょっと不機嫌な麦を押し退け、僕は慌てて食堂の店主にクエストを受諾した。
「そうか、悪りぃな! これは店の倉庫で見つけた秘伝のレシピだ。ここに書いてある材料を持ってきてくれ!」
そう言って食堂の店主は料理を作るのに必要なアイテムが書いてあるレシピを僕たちに渡してきた。
「なになに、《ゴンクラードの茎》に《ビーツ》、《バルハゲの棒》と……だいたいのアイテムは直ぐに揃うだろうけど……《秘伝のスパイス》?」
料理に使うアイテムは他のマップで敵が落とすものや街で売っているアイテムだったが、秘伝のスパイスだけは聞き覚えがなかった。
「ねぇ麦ちゃん。この秘伝のスパイスって分かる?」
「んー。分からん!」
すると麦はカウンターにいる店主にむけ、
「親父っ! この秘伝のスパイスとは何のことだっ!」
とレシピをカウンターに叩きつけた。
食堂の店主は欠けた皿を拭きながら、僕らに顔を向けた。
「あぁ、そいつはうちの婆さんが知ってるはずだぜ。だが、何処にいるかは分からん。街の何処かにはいるはずなんだが……赤いスカーフを頭に被ってるはずだ」
麦が顎に手をやり考えていると、何かを思い出した。
「ほう。赤ずきん婆ちゃんか……んっ? あれっ? そのお婆ちゃんって」
──アーカシリア中央 外のベンチ──
「やほー! 婆っちゃ!」
「なんど、まだそった格好すて」
さっき服屋を教えてくれたお婆ちゃんのNPCが、どうやら秘伝のスパイスを知ってるNPCだったらしい。
麦がお婆ちゃんの横に座りスパイスの事を聞き出す。
「それより、この秘伝のスパイスっておべでら?」
「それはわー作ったスパイスだべ」
「わいは! 何処にあるの?」
「うぢの地下の棚にある。つえぐ叩げば開ぐはんでな」
麦は立ち上がるとお婆ちゃんの方にクルっと向きを変えてお辞儀をした。
「おぉ! 婆っちゃ!
「
「えっ? ロシア語? ……なんで喋れるの」
僕はいまいち話してる内容が分からなかったが、麦が言うにはお婆ちゃんの家の地下にある棚を強く叩くとお婆ちゃん秘伝のスパイスが手に入るらしい。
(まだまだ麦ちゃんの知らない一面ってあるんだなぁ……)
そんな事を考えながら僕たちは料理に必要な他のアイテムを揃えてから、食堂の裏にある家の地下へと向かうのであった。
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