第5話[こころん]
お腹がすいたと言う麦のためにデルンの中央通りにある酒場に僕らはやって来た。
酒場の前に着くと、酒場の中から
前にも説明したが飲食を楽しむことがこのゲームでは出来ない。麦以外は……。
だから酒場はたまに仲間同士の話し合いに使われたり、クエストをやりに来る人がいるぐらいなので現実みたいに賑やかな時はあまりないのだが……。
(なんか……もの凄い野太い声援が聞こえてくる……)
麦が賑やかな雰囲気に楽しみを抑えきれず酒場に突撃をかけた。
「すごい楽しそう! 行ってみようー!」
「えっ、ちょっと待って!」
中に入るとそこは見事に男性プレイヤーばかりだった。その男性プレイヤー達が出してる野太い声援の相手がどうやら酒場のステージにいるらしい。
人があまり来ない割に中もしっかり作り込まれているこの酒場は、入ると右側にバーカウンターがあり、奥にはクエストでも未だに活用される事のないステージが設置されている。
ステージの横の階段を上がると二階へ行く事も出来る。
二階にはテラス席が用意されており、中央通りの賑やかな様子が見れるようになっている。が、利用する人は居ない。たまにカップルがいちゃこらしてるのを見るがそれも本当に稀だ。
そんな意外に作り込まれた小さめの酒場のステージの上からはあま~い声が聞こえてきた。
「みんなぁ~! ありがとおぉ~!!」
(あれっ? この声って……)
横を見ると麦が白目をむいてゲンナリしていた。
男性プレイヤー達が思い思いに熱のこもった声援をかけていく。
「こっこっろぉぉぉん!」
「いいよぉー! こころん! いいよぉー!」
「こっちも見てぇぇぇ! こころーん!」
(こころさんか……)
『こころ』さん。鷹のギルドメンバーの1人で
『ダンサー』とはデバフ専門の職業だ。ダンスをすることでモンスターやプレイヤーに不利なステータスをつけたり、状態異常を引き起こさせる。
僕たちのやっているゲームはステータスが職業ごとに固定でレベルが上がっていく度にステータスが強化される。
同じ職業であれば最終的には同じステータスになるけれど、スキルはとても沢山あってどのスキルを取るかによって同じ職業でも大分かわってくる。
こころさんの魅惑特化とは
メロメロになった相手は10~15秒間動きを封じられてしまう。なので攻城戦で重宝されるスキルだ。
しかし狩りのスキルなどを削って特化型にする為、ソロ狩りが出来なくなる。
だから普通の人は魅惑特化には出来ない。他の人に経験値を吸わせてもらう必要があるので鷹などの大手ギルドでしか、今のとこ魅惑特化を見たことがない。
こころさんはそんな魅惑特化ダンサーの中でも1・2を争うほどの魅力の高さと実力を兼ね備えており、とても目立つ存在なので僕みたいな一般プレイヤーにも名が通っている。
そして各ギルド、ギルド無所属問わずファンがとても多い。
時折、行われるダンスイベントではファンが押し掛け、一丸となってイベントを盛り上げるのだ。
と、ここまで説明して分かってもらえただろうか……。
魅惑特化のダンサーはスキルを使用しなくても十分魅惑効果が出てしまっていて、それに異性は惹かれてしまうものなのだ……。
「ありがとねぇ~! 今度ぉまたぁダンスイベントやる時は……み~んな来てくれないとぉ~、こぉこぉろぉ泣いちゃうからねぇ~」
こころさんの甘い声にその場に居た男性プレイヤー全員の興奮は頂点に達した。
「うおおおおおおおおお!!!!」
「行くよ!! 絶対!!」
「こころん泣かす奴は俺が絶対許さん!」
「こころん愛してるよおおぉぉ」
(おいおい……泣いてる人までいるよ……)
中にはなんの涙か理解は出来ないが、号泣する男性プレイヤーの姿もあった。
(それにしてもやっぱ……かわいいなぁ~。…………はっ! また魅惑にやられたっ! しかし、さっきから麦が静か……)
そう思いながら麦の方を見るとそこには魂が抜けきった様に脱力している麦が居た。
「うわっ、魂ぬけてる……」
「チーン」
「そういや麦はこの手のタイプ苦手なんだっけ……おーい! これ以上、魂ぬけたら消滅すんぞー」
僕はそう言いながら麦の肩を大きく揺すった。
「…………はっ! 危なかったー。もうすぐ死んだお祖母ちゃんと一緒に川辺で
意識が戻った麦が訳の分からないことを言うので僕は苦笑いするしかなかった。
すると、僕たちに気付いたこころさんがふわりふわりと、こちらに歩いて来た。
歩く度いい匂いがしそうな雰囲気を醸し出したこころさんの歩いた後を、男性プレイヤー達が嗅げもしないのに鼻を泳がせていた。
「あ~れぇ~? むぎちゃんと旦那ちゃんだぁ~! ダンス観に来てくれてたのぉ~?」
下から覗き込む様に聞かれ、少し照れたのを隠すように僕は頭を掻きながら素直に答えた。
「こんにちは! いや、たまたま前を通ったら中が賑やかで僕たちが入った時にはもう終わった時でしたー」
すると、こころさんは指を口元に当て体をくねらせた。
「そうなんだぁ~、がっかりぃ~! ギルドのお知らせ欄にも告知しといたから来てくれたのかと思ったよぉ。ほらぁ、あそこ見てぇ~ロマさんも来てくれてるんだよぉ~」
そう指さされた先には青く長い髪を後ろに束ねた長身の男性プリーストがいた。
その男性プリーストは指をさされた瞬間に酒樽の後ろに隠れた。すると、その男性プリーストを見て麦が目を大きく見開いた。
「ちょっ! ロマさんじゃん! 何やってんの!?」
(鷹のメンバーか。隠れたんだから、そっとしといてやればいいのに……)
「ねぇねぇ! ロマさんだよね!? ねぇっ!?」
酒樽の周りをぐるぐると、麦とロマさんが追いかけっこしていた。だが、観念したロマさんが酒樽の上から顔を出し声を荒らげた。
「あぁぁぁ! そーだよっ! お前も分かってるくせにしつこいんだよっ!」
「いや、だって! 俺、全然興味ないから……って、この前かっこつけて言ってたじゃーん! それなのにその手に持ってるサイリウムなにーっ!?」
麦に指摘されロマさんの手を見てみると、ピンクのサイリウムがしっかり握りしめられていた。
皆の目線がロマさんの手元にむくと、ロマさんはサイリウムを自分の後ろに隠してから床に捨てていた。
そんなやり取りをしている麦とロマさんの横から、こころさんがヒョコっと顔を出してロマさんに可愛く微笑んだ。
「毎回かかさずに来てくれてるよぉ~! 変装バレバレでぇ~」
(あのプリの人、青ざめてる……きっとイベント来てること周りに知られたくなかったんだろうなぁ。可哀想に……)
麦とこころさんにプライドを傷つけられただろうロマさんは、肩を落として酒場を出てった。
「俺……たまり場に帰るわ……」
切なそうな背中を見送りつつ、こころさんは麦に話しかけた。
「ねぇねぇ~むぎちゃ~ん! このあと暇かなぁ~?」
「んっ?
(いつのまにか食べてるっ!)
口一杯にご飯を詰め込んでる麦を物ともせず、こころさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ほんとぉ~! じゃあ暇になったらぁ、たまり場きてねぇ~」
「
麦がこころさんに親指を立てて了承すると、こころさんはクルっと僕の方を振り返った。
「旦那ちゃんもぉ良かったら来てねぇ~」
「あっはい! もちろん!」
そう言ってこころさんは大量の男性プレイヤーを連れて酒場を出て行った。
(それにしても普通なら、無駄にご飯を食べてる行為をおかしく感じてもいいはずなのに……見た目がおかしいからか普段からおかしいからか、誰もツッコまないなぁ……)
麦は僕の心配をよそに、次から次へとお酒とご飯を口に放り込んでいった。
「んーっ! 美味しいー! エール最高っー! ほーっ!」
(食事はプレイヤーに見えないとこでって考えてたけど……無駄な心配だったかな)
その後、更なる問題を迎えることを知らずに、僕は麦が美味しそうに食べる姿を穏やかな気持ちで見ているのであった。
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