第4話[ストムスとトルパン]

 僕は強制ログアウトをされてから三時間、ずっとパソコンの側を離れずにいた。


「早く終われー! 早く終われー!」


 呪いをかけるようにモニターに言い続けていた。


(三時間以上経ったけど、通常より30分早く始まったから、普通だと後10分ぐらいで終わるはず……)


「はぁ……なんだか結果を知りたいような知りたくないような……いやいや! 負けてられない! 早く終われー! 早く終われー!」


 僕は今にも心臓がはち切れそうな思いで、その時を待った。



「よし! 終わった! ログイン出来るぞ!」


 やっとメンテナンスが終わりログイン出来る状態になった。


 通常はログアウトした場所からのログインになる為、もし麦が無事であればそのまま秘書室に現れるはずだ。しかし、秘書室にいなければ……。


(繋いでも辛い現実が待ってるんじゃないか……でも麦なら、きっと……)


 複雑な想いを抱きながら急いでゲームにログインした。



 ゲームに繋ぐと目の前には凛として座る秘書のお姉さんが居た。


「お帰りなさいませ。本日のメンテナンスは終了致しました。引き続きゲームをお楽しみ下さい」


(秘書室だ……麦は!?)


 辺りを見渡すもそこには麦の姿が見えなかった。


「麦ちゃん……どうせ『気配消失』ディサピアーで姿を消してるんだろ? もう十分ビックリしすぎて心臓破裂しそうだから早く出てきてよ!」


 しかし数分経っても部屋は静まり返ったままだった。


「…………麦ちゃん」


 僕はそこから一歩も動くことは出来なかった。時間にしては一時間ぐらいだったのだろうが、僕には永遠に時間が止まったかのような感覚であった。


 時折、秘書のお姉さんが「お茶いりますか?」と気を使ってきてくれたけど、そんなものにも反応が出来ずボーっとしていた。


 気づいたら僕の周りにはお茶が入った湯飲みがいくつか置かれていた。



──バンッ


 急に扉が開いた。でも僕はそんなものにも反応がで……


「文ちゃあああああああああん!」


「えっ? 麦ちゃん!?」


 思い切り開いた扉からは、麦が葉っぱやら魚の骨やら頭にくっつけて登場した。


「どこにも居ないと思ったら、まだこんな所にいたのー!? 相変わらず、のんびり屋さんだなぁ! ちょっ! お茶まで貰ってんじゃん!」


「麦ちゃん! 無事だったんだね!」


「いいから! こっち来て!」


 と、いきなり現れた麦に腕を引っ張られて図書館の裏の茂みに押し込まれた。


「一体どうして……ちょっ、枝が突き刺さる……」


「んもぉぉぉ! 大変だったんだからっ!」



──数時間前メンテ直前


「メンテナンス時刻となりました。プレイヤーの皆さんはログアウトをお願いします」


「文ちゃあああああああん!」


「麦ちゃっ……」



 秘書室からは僕の姿だけが消え、麦と秘書のお姉さんだけが残った。


「……………………って、あれ? 私 消えてないじゃん! なんだー! じゃあ好き放題じゃん! やっほい!」


 と麦が喜んでいた瞬間。──ヒュン


 急に秘書室にいくつもの扉か現れたそうだ。

 それにビックリした麦はとっさに机の下の隅に『気配消失』を使って姿を消し、隠れたらしい。


 その扉からは全身白い防護服みたいなのを着た人物が大量に出てきたのだ。



 メンテ中の事を話す麦は興奮していた。


「バケツ型のガスマスクみたいなのもしてて、一瞬ス○ーム○ルーパーが出てきたのかと思っちゃったよ!!」


 どうやらその人物達は運営人みたいで、メンテをしにきたと話しをしていたらしい。


 全員が同じ格好をしている中、特にリーダー格の存在二人が麦の隠れてる机を挟んで会話をしていた。


「あっーだり、じゃあ俺たちは西方面に行くから、お前らはデルンと北側を頼む」


「了解っ。今日終わったら呑み行こうぜ」


「あぁ、いいぜ。少しやる気起きたわー。じゃあ、また後でな」


「おうっ。さっさと済ますかー」── シュコー


 リーダー格の片方は数人を連れて秘書室を出て行った。麦はこの出てった方のリーダー格のことを何故か『ストムス』と呼んでいた。


 そして秘書室には残りのリーダー格『トルパン』と数人が残った。


 二人の会話を聞いていた麦はぷちパニックを起こしていた。


(シュコーって言った! シュコーって言った! なになに!? 近くにダー○ベイ○ーでも居んの!? 見つかったら確実に殺されるぅぅ!! ガクガクブルブル)


 怯えた麦の横側からトルパンの声が聞こえた。


「まずはお前からだ……」


 トルパンの足音が麦に近付いてきて、麦のパニックは絶頂に達した。


(ひょえぇぇ!! 見つかったの!? 見つかったの!? 私どこ連れてかれるの!? 天国!? 宇宙!? どっちどっち!?)


 机の下で震えている麦の目の前にトルパンの足が止まると、


「宜しくお願いします」


 落ち着いた声を出したのは秘書のお姉さんだった。



「ふんふん。調子悪いとこはないみたいだな。部屋も問題なしっと。よし、次いくぞ」


 トルパン達はモニターで秘書室の破損を探し、聴診器に似た器具でNPCのバグを調べていた。そして調べ終わると早々に秘書室を出て行った。


──バタンッ


(出てった……? 焦ったぁぁ!! バレたかと思ってヒヤシンスだったぁぁ!!)


 汗だくだくの麦に秘書のお姉さんが机の下を覗き込み、優しく声を掛けてきた。


「もう出てきても大丈夫ですよ」


「えっ? あっ、バレてました?」


「勿論。この部屋にずっとおりましたので」


 緊張と力一杯に縮こまっていたせいでガクガクの膝を隠す様にはたきながら、麦が机の下から出てきた。


「そりゃ、そーっすよね! あい、すいません。……って、あのス○ーム○ルーパー達に突き出さないでくれるの……?」


「えぇ、大丈夫ですよ。まだメンテナンス終わるまで時間ありますし、お茶でもいかがですか?」


 秘書のお姉さんは微笑みながら緑茶の入った湯飲みを麦に差し出してきた。


「あっ、じゃあ頂きます。」


 そうやって秘書室でお茶をしっかり五杯も飲んだ麦は安全なルートと隠れ場所を秘書さんに教えてもらい、なんとかトルパンの目を盗んで隠れていたらしい。



(僕が必死の思いでパソコンにむかって祈ってたのに……その間、麦は綺麗なお姉さんとお茶してほのぼのしてたのか……くっ!)


「しかし、その話を聞く限り さっきの秘書さんは味方してくれたんだから、あのまま秘書室で話しても問題なかったんじゃない? 何もこんな茂みに無理やり入らなくても……」


 僕が言いかけると麦は顔を近付けてきて、


「それがねっ! お姉さまが言うにはNPCを通して時折プレイヤーの事を監視してるらしいのっ!!」


「監視って……運営がっ!?」


 少し信じ難いが鬼気迫る麦に押されて、僕は話しを聞き続けた。


「そう! 多分、隠れて不正行為チートしてないかとか見てるんじゃないかなぁ? だからっ! あのまま、あそこで話してるとトルパン達が私のこと捕まえに来るかもでしょ!?」


「ト、トルパン?」


「そう! トルパン! トレパンじゃないよ! トルパンだよっ! メンテ中は大丈夫って言ってたから、またお茶でも飲みいこーっと!」


 メンテナンス中の話を聞きながら麦の無事を安堵していた僕だが、あることを疑問に思った。


「ところでサーバーの再起動はやらなかったの?」


「やったよー!」


 最大の難所と思っていた再起動だが麦の軽い返事に気抜けしてしまった。


「えっ? 再起動の間、大丈夫だったの……?」


「お姉さまが教えてくれた再起動を免れる秘密の場所があってねー! そこに隠れてたのー!」


 何故か場所は教えてもらえなかったが結構な狭さのとこにギュウギュウに詰まって再起動の時間を待っていたらしい。



 再起動が始まると周りからはもの凄い音と振動がしたみたいだ。

「ばばばばばばっば、ヴヴヴヴヴヴヴっいだだだだだだだ」

 振動が収まると暫くの間はとても静かな時間だったらしい。

「ぐがぁ~がっ、ぐぅ~ぐぅ~」



(寝てたのか……だから来るの遅かったんだな。まぁ、なんにせよ。無事で良かったよ。君をまた失なわなくて本当に良かった。しかし、まだいくつも不安要素はあるんだけど……)


 とりあえず僕たちはお腹空いたという麦のために酒場に向かっていた。

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