第3話[定期メンテナンス]

 僕らは一番賑わっている街『デルン』に来た。


 ここはワールドマップの中央に当たり交通の弁が良く、ショップも多い事から人の出入りが一番多い。

 大手ギルドのたまり場はだいたいがデルンだ。鷹のたまり場もこの街にある。


 麦が僕の前を歩きながら待ち合わせの場所へと向かう。街の東側にある靴屋の近くに来ると麦が指をさした。


「一応、たまり場からは離れたとこで待ち合わせにしたんだー! あの靴屋の後ろ……あっー! いたいた! ボンさーん!」


(ついにあの名前の人物に会うのか!! 麦みたいに強烈な見た目なのかなぁ……)


 僕は会いたいような会いたくないような複雑な気持ちで麦の呼ぶ人を恐る恐るみた。


 そこには白髪でたれ目の優しそうな、男の『スミス』がいた。


『スミス』と言う職業は商人であり、職人。武器や防具を自らの手で直したり作ったり出来る上にスキルによっては武器や防具以外も作れるみたいだ。


 単体で狩りをするのにも困らないぐらい戦闘力もそこそこ高い。

 NPC(ノンプレイヤーキャラクター)から値引きして商品を購入できるのもこの職業だけだ。



 想像していたより見た目が普通で僕はホッとした。


 麦がスミスの近くに駆け寄り両手を広げて、嬉々としてスミスの男性を紹介してくれた。


「文ちゃん会うの初めてだよね? こちら! うちのギルドの古参メンバー! ボンテージさん! もう三年以上の付き合いなんだよねー!」


 男性の紹介が終わると、麦はクルっと体の向きを変え僕に向けて手を伸ばす。


「こっちはうちのリアル旦那の文ちゃん!」


「あっ、こんにちは。文月です! 初めまして」


 すると優しそうなスミスの男性がおっとりした口調で話し始めた。


「こんにちは~。vintageヴィンテージで~す。妄想じゃなくて本当に結婚してたんだねぇ~」


 僕は一瞬、自分の耳を疑い聞き返した。


「んっ? ヴィンテージ? えっ??」


 僕が聞き返すと男性は微笑みながら、ゆっくりと返事する。


「うん。ヴィンテージ~」


 そのやり取りを聞いた麦も何故か聞き返した。


「えっ? ヴィンテージ??」


 男性は先程と同様、顔は微笑んでいるも少し冷めた口調で麦に返事する。


「そう、ヴィンテージ」


 その返答に衝撃を受けたのは僕ではなく麦だった。


「そーなのぉー!? NOォォォォォォ!! 初めて知ったー!」


(三年以上の付き合いでなんで気付かないんだよ……)



 ヴィンテージさんはクスっと笑い、気だるそうに麦を見た。

「ボンテージだと思ってたんだね~。だから君だけボンさんって呼んできてたんだ~。相変わらず頭いっちゃってるね~」


(こんな、おっとり優しそうに喋るのにたまに入る毒はなんだろう……)


 麦はそんな毒も気にせず、ヴィンテージさんへ話しかける。


「ところでボンさん! 聞きたい事あるんだ!」


(結局ボンさんなんだ)


 ヴィンテージさんは少し頭を掻いてから、更にダルそうに麦を見下ろした。 


「何かな~? こんな所にまで来させたからにはくだらない話しじゃないよね~?」


「えっ、くっくだらなくはないよ! 大丈夫です」


 そう言って麦は僕の後ろに隠れる様に下がった。


「あっ、あの! ヴィンテージさんはシステムとかパソコンに詳しいと聞きました! その……定期メンテってどんなことしてるのか知りたくて、僕が無理言って麦に会わせてもらったんです!」


 僕の後ろで必死に首を縦に振る麦。どうやら力関係はあっちの方が上なのだろう。


「そうだったんだね~。今さら、そんな事が知りたいんだ~? どうしてかな~?」


(うっ……なんだろう。この人……ニコニコしてるのにたまに見透かしたような目で見てくる……なんだか僕まで恐縮してしまう……)



 確かに今更こんな事をわざわざ鷹のメンバーに聞く必要もない。

 しかし調べてる時間もないし、知識のある人物から直接聞くことで何かヒントになればと考えたのだ。


 だが、ヴィンテージさんの凄絶なオーラに完全に僕は萎縮していた。


「あっ、えっと……その……いっ、いつもメンテ待つ間早くゲームしたくてソワソワしちゃって! 早く終われー早く終われーって思ってるんですけど! こっ、この長い時間はなんでかなぁーなんて思っちゃって! ははっ……」


 僕は目が泳ぎながらも咄嗟に思い付いた理由をヴィンテージさんに話すと、ヴィンテージさんは怪しんでるのか僕の事を真顔で見続ける。


「ふ~ん」


「はは……」


 ヴィンテージさんの見透かすような目に見つめられたまま無言が続いた。僕の後ろにいる麦も息を呑んでいた。


 しかし、ヴィンテージさんは急に笑顔なった。


「まぁ理由なんて何でもいいよね~。いいよ~僕の分かる範囲で構わないなら教えてあげるよ~」


「あっ、ありがとうございます!」


(なんか変に冷や汗かいたけど良かった……)



 ヴィンテージさんは近くにあったベンチに腰掛け話し始めた。


「ん~。定期メンテで何してるかだよね~。まぁ、だいたいはサーバーのファイルの破損チェックとか改修したり、データのバックアップ取って再起動かけたりかな~。あとはキャラクターやマップの更新だったりイベント後は回収だったりね~」


「へぇー! そうなんだぁ! ボンさん良く知ってるねぇ!」


 感心した麦が成る程と手を打ったがそれをヴィンテージさんは冷ややかな笑顔で見返す。


「君が無知すぎるだけだよ~。でも僕もここの会社が定期メンテでどこまでやってるかは良く知らないかな~。あぁ~でもメンテには関係ないけど、図書館から運営が操作するキャラが出てくるのを見た人がいたかな~」


(ファイルの破損チェック……もし麦が強制ログアウトされずに街に残れたとして、異物扱いにはならないのだろうか? そもそも今の麦はプレイヤー扱いなのか? どのみち再起動かけられたら……。運営が図書館から……?)


 顎に手をやりながら考え事をしている僕の顔を覗き込む様にヴィンテージさんは聞いてきた。


「文月くんは考え事かな~? 僕のこんな答えで納得は出来たのかな~?」


「ありがとうございます。知らなかったので助かりました」


 僕はあることを思い出し、少しの可能性に賭けることにしたのだ。


「行こう! 麦ちゃん!」


「えっ!? もういいの!?」


 メンテまでの時間も残り一時間半と迫っていて少し焦りが出ていた。


「うん。もう大丈夫」


「ひょえっ」


 僕は麦の首根っこを引っ張り、ヴィンテージさんにお礼を言ってその場を後にした。後ろの方から声をかけられたけど止まらずに突き進んだ。


「またねぇ~」


 微笑みながら手を振るヴィンテージさんに涙目でハンカチを振る麦。


「ぐすん……終末を楽しんできます……」


 あっという間に居なくなった僕たちの背中を見てヴィンテージさんは遠い目をしていた。


「まだ週末ではないけどね~。……生き生きしてて、いいねぇ~」




 ヴィンテージさんと話してる時に僕は思い出した事があった。


 噂話程度だが、あるプレイヤーがデルンの大図書館にあるサポートNPCの部屋で小さな穴を見つけたのだ。多分バグだったのだろう。


 そのプレイヤーがその穴に興味本位で触れると、たちまち全面白い部屋へ送られたそうだ。そこでは移動以外の動作が行えなかったみたいで、いくら歩き続けても白いとこからは抜け出すことは出来なかったらしい。


 しかし、歩き続けると人物の会話が聞こえてきて、内容を聞くに管理者らしき人物達の会話だったらしい。


 僕も噂でしか聞いた事ないし、実際にそのプレイヤーが誰かとも分かっていない。正に都市伝説レベルの話だが、それを信じてみようと考えたのだ。



 僕がそんな噂話を思い返していると麦がワープゲート広場を慌てて指差し、叫び出した。


「文ちゃん! ちょっと文ちゃん! どこ行くの!? 最後楽しむならイスアンダム島でバカンスしたいのにワープゲート広場通りすぎてるよ? しかも引きずられすぎて、そろそろお尻が焼け焦げそうなぐらい熱いんだけど!」


 僕は早歩きのまま、前だけを見て返事を返した。


「デルンの大図書館に行くんだよ! あそこに運営と繋がってるNPCがいるだろ? もし抜け道があるとすれば、そこから運営側のシステムに麦ちゃんが侵入出来ればメンテはもしかしたら回避できるんじゃないかと思って!」


「おぉー! なるほどー! 難易度高そうだけど挑戦する価値はあるかもね! ってか、ちょっと本当におしりから煙出てきちゃってるよっっ!!」



【デルン大図書館前】


「着いた……」


『大図書館』ゲームの設定資料だったり、いくつかのクエストやスキルへのヒントに繋がるような本があったり、実在する本なども読めたりする。

 後は、プレイヤーが発見したモンスターの情報やスキルツリーなどデータを移すことによって皆に公開出来るようになっている。



 図書館の扉を開け、中に入り大広間を通り抜けて行く。


「確か一階の奥の部屋にいたはず」


 そう言って僕が足を休めず奥の部屋を必死に早歩きで目指していると、僕の後ろを余裕な足取りで付いてくる麦が腕を組んで思い出していた。


「私あの部屋に行くの、大事にしていた『ポリ公とお友達手錠』が消滅ロストして以来だよー」


 大広間を抜け奥の通路へと入り更に一番奥の部屋の前で僕らは足を止めた。


「あった。秘書室」


「必死に期間限定クエやって手に入れたのに……二日でロストするし……返ってこなかったし……。ギルドの人達はいらないからって誰も持ってなかったし……。唯一、持ってたえーさんは謎の言葉残してどっか行っちゃうし……」


(まだ言ってるのか……)


 ロストした期間限定アイテムを思い出しブツブツと文句を言っている麦。


「ほらほら! くよくよするのは後にして! もう時間があまりないんだから! 行こう!」


 そんな麦の背中を押して、僕たちは秘書室と書いてあるドアを開けた。



 そこは壁一面、本棚に囲まれていて部屋の中央には校長室にありそうな立派な机と椅子。その机に構えてるのは見るからに秘書っぽい綺麗なお姉さんだ。


 このお姉さんがサポートの役割として運営側と繋がっているNPCだ。NPCと言ってもAI(人工知能)が組み込まれているのでそれなりに人間っぽい。


 秘書のお姉さんがスッと僕たちに目をやった。


「今日はどのようなご用件でしょうか?」


 僕は部屋を見渡しながらも秘書のお姉さんに返事をした。


「あの、この部屋を見学に来ただけなのでお構い無く」


「そうでしたか。では、ゆるりとご見学下さい」


 無理矢理な理由だったが秘書のお姉さんは特に気にする様子もなく椅子に座っている。


 麦が近寄ってきて小声で僕の耳に囁く。


「……で、この後どうするの?」


 僕は、麦が今システム的にどんな扱いなのか分からず色々と試してみようと考えていた。


「とりあえず彼女に入り込めるか触ってみてくれない?」


「おーけー!」


(さて、その間に僕はこの部屋に運営と繋がる接触経路がないかどうか探してみるか……)


──バチバチッ


 僕の後ろ側から急に大きな光と音がなった。そして振り返るとそこには秘書のお姉さんの後ろで丸焦げになっている麦がいた。


「NPCへの性的な接触は禁止されています」


「そ、そんなぁー!!」──バタッ


(倒れた……どうせ隠れながら近寄って胸でも触ったんだろう)


 NPCへのクエスト以外での暴力や性的接触をするとペナルティとして電流が流れ30分間の移動及び動作が不可能になる。


 電流が流れると言っても実際プレイしてる側にはチクン程度の刺激があるだけで主に電流を食らって丸焦げになったエフェクトとその場から動けないでいるペナを見て周りの人間から恥ずかしい目で見られるので普通の人はやらない。


 しかも何回かNPCへのペナルティを重ねるとアカウント凍結アカバンを食らうので余計にやる人は少ない。


「はぁ……」


 僕は頭を抱えてため息をついた。


(でも、接触してもプレイヤーと同じ扱いか……運営との接触経路をみつけたとしても入りこめるか分からないな。それでも少しの可能性に賭けてみよう)


 僕は麦が倒れている間も部屋の隅々を調べてみた。しかし、侵入できそうな穴はみつからなかった。


「……もうすぐ10時30分か。時間がないな……別の手段をもう一度考えた方がいいのだろうか……?」


 ペナルティが解除されて動けるようになった麦がピョンっと立ち上がり、僕に近寄ってきた。


「あっ! 動けるようになった! ねぇねぇ、文ちゃん! 倒れている間に考えていたんだけど……あそこっ! 怪しくない?」


 そう言って麦が指差した所は、秘書のお姉さんの綺麗な足が収まっている机の下だった。


「確かに……でもあんなとこ探そうものなら僕も君もまたドカンだ」


「くっ……。またドカンはキツイけど、消滅するよりはましか……私が逝ってくるよ!」


 覚悟を決めた麦は敬礼をしてお姉さんに突撃をかけた。


「うおおおお! あと30分でメンテがきてしまう前にぃぃぃ!」


 麦の叫び声に反応した秘書のお姉さんが姿勢を正したままこちらを向き、とんでもない発言をしてくる。


「本日のメンテナンスは新マップ追加予定に伴い、準備の為30分早い10時30分からのメンテナンスになります」


 予期せぬ発言に僕たちは同時に驚きの声を上げた。


「えっ? ………………えぇぇぇぇぇぇ!?」


────カチッ


「メンテナンス時刻となりました。プレイヤーの皆さんはログアウトをお願いします」


(そんなっ! また何も出来ないまま終わってしまった!)


「文ちゃあああああああん!!」


「麦ちゃっ……」────プツ




(ログアウト……されてしまった……)


「麦ちゃん……」


 ログアウトする瞬間に見た麦は僕にむかって手を伸ばし必死に叫んでいた。ゲームのアバターだがあんな悲しそうな表情をしている麦をみるのは久しぶりだった。


(いや! まだ消滅するとは決まってない! 麦なら大丈夫! 好きすぎて死んでもゲームの中に入ってしまうぐらいのやつだし……きっと大丈夫……)


 そう自分に言い聞かせ続けメンテナンスが終わるのをただ待つのだった。

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