第2話[始まりの街]

 葬儀も終わり、忌引き中なので今日は一日麦に付き合える。

 周りの人間にも「当分の間そっとしてほしい」と伝えてあるので邪魔が入ることはないだろう。



 麦はというと、二人で話し合った結果。

 どこでボロが出るかも分からないし、まだ状況が把握しきれてないのもあって、この期間はあまり周囲の人とは触れあわず街や街の周囲の散策をすることにしていた。


 麦自身も本来なら行き慣れていて、今さら散策する必要もないはずなのだがゲームの中に体が移ったことで色々と新鮮に感じて楽しいらしい。



 僕はリビングの時計に目をやる。


「さて約束の時間だ。麦はちゃんと起きてるのかな?」


 待ち合わせの時間を気にしつつ、窓ガラスに映る自分の姿に居た堪れない気持ちになった。


(それにしてもこの全身タイツ……麦ちゃんに「私のアクティブスーツ、文ちゃんサイズほぼ一緒だからあげるよ!」と言われたから着てみたものの……本当にほぼサイズ一緒なのはいいんだけど……レディースだから微妙に変態っぽいんだよな……)


 部屋の中が静かだからか僕は独り言が増えていた。


「誰にも見せれないな……こんな姿」


 そう言って、またゲームにログインするのだった。



 僕たちは少し辺境の砂漠地帯がメインとなっているマップの街『ナウルーク』で待ち合わせしていた。


「ナウルークの教会は……っと」


「文ちゃああああああああん!」


 教会前に着くと麦が元気いっぱいに手を振って僕を呼んだ。禍々まがまがしい果実を大量に手に持って……


「そ、その果実って確か……」


「そう! ナウルークの果物屋に売ってるロマボ! 今まで効果微妙だしクエストクエでしか使わないから興味なかったけど……すっっっごくおいしいの! この世のものとは思えない!」


(まぁ、ある意味この世のものではないからな……)


「文ちゃんも一度食べてみ……はっ! …………ひ、一口食べる……?」


 すごい悲しそうな顔で食べかけの禍々しい果実を見た麦は僕に渡そうとしてきた。


 しかし、茶色い液体が流れ出てるし、変な毛みたいのも生えてる謎の食べ物を実際食べれたとしても食べたいとは思わない。僕は即座に断った。


「いや! ゲームの中じゃ、食べても味分からないから!」


「あっ! そうだった! じゃあ、しょうがないから私が全部! 食べちゃうね!!」


(あからさまに嬉しそうに食べてるけど、良くあんな変なの食べれるなぁ……)


 少しため息を吐いてから麦にこれからの事を聞いた。


「それにしても、これからどうするの? もう麦ちゃんの体は……」


「私の骨どうだった!? 結構、頭の形には自信あるんだよねー! あーっ! 腕短いの皆にバレたかな?」


 自分の体が無くなっても微塵も悲しむ様子がない麦。


 そんな様子の麦に僕は頭を抱え話を続けた。


「いや、皆それどころじゃないし。皆の前に出てくる時にはそんな綺麗な骨のまま出てくるわけじゃないから……」


「そうなんだー。残念……あっ! ねぇねぇ! ナウルークの市場バザール行こうよっ!」


 そう言って僕の腕を掴んで高速でバザールに引きずられて行った。

 引きずられたというより、麦の強力なパワーとアサシンの足の速さも相まって、僕の体は浮き上がり旗の様にはためいていた。


【ナウルーク バザール】


「ついたぁぁぁぁぁ!!」


 元気に両手を挙げて叫んでる麦の横で、僕はまた視界がぐらんぐらんになって気持ち悪くなり口元を押さえていた。


「ちょっとちょっと、バザールなんて歩いてる場合じゃ……うっ……酔った。これ……からの事を……話し合わなきゃ」


「そんなこと言わないでとりあえず楽しもうよ! 久々のデートじゃん!」


「あっ……」


(そう言われれば、二人で歩くなんていつぶりだろう?)



 一日中ゲームをやっている妻。楽しんでるなら、いいかなと最初の頃は思っていたけど。

 その姿が日常になってしまって何も感じなくなっていった。


 ゲームしてない時は普通に話すし、仲は悪くなかったから僕はそれでなんとなく納得していた。



 少し前の日常を思い出しながら僕らはバザールを歩いた。


 街中の建物やバザールに建つ店全体は色味が少ないせいか、並べられた色とりどりの商品はより色濃く輝いていた。


 そして僕たちはある果物屋の前で足を止める。


 麦がバナナを持ち上げ僕に手渡してきた。


「ここ懐かしいねぇー! まだゲーム始めたばっかの頃によくここでバナナ買ってたよね!」


「あぁ、この東のマップでレベル上げしてたからね」



 このゲームが実装されたばかりの頃、僕と妻は一緒にこのゲームを始めた。


 その頃はまだ情報などもあまりない為、何も分からない僕らはとりあえずこの街のすぐ近くでレベル上げをすることにした。


 基本的に街のすぐ近くのマップは比較的弱い敵しかいないのでレベルを上げるには適していた。


 だが……僕らが選んだこのナウルーク東マップは弱いサボテンの敵に加え、マップ内に3~4体だけ湧く『ゴンクラード』という植物型の敵がいた。


 こいつはその場を動かない固定型なので、ある程度の距離を取って攻撃する分には安全に狩れて初期の頃は経験値がウマイのだが……近付くものに対しては容赦ない攻撃力で襲ってくる初心者キラーだ。今となっては平気だが……。


 最初は分からず近付いて即死し、倒してみようと挑むも即死。遂には諦めて平和にサボテンを狩っていてもゴンクラードが急に湧いてきて攻撃食らって即死……。


 死ぬと起きる手段がない者はHPが1の状態でセーブポイントに戻されてしまう。


 僕と麦はこのゴンクラードに何回も痛い目にあわされ、街に戻ってはバナナを食べてHPを回復し、ゴンクラードにやられを繰り返してレベル上げしていた。


 数日後に東以外はゴンクラード出ないよと通りすがりの商人に教えてもらうまで……。




 麦との会話で懐かしい記憶が蘇り、バナナを店に戻した僕らはまた歩きだした。


「ゴンクラード……」


「そうそう! 苦しめられたよね~! 振り返ったら文ちゃん頭から食べられちゃってんだもん! びっくりしたよー!」


 そんな思い出話をしながら二人で歩いていると本当にデートみたいで楽しかった。


 長く続くバザールを歩きながら麦が伸びをした。


「んー! それにしてもいいお天気だね~。今日は水曜日かぁ。この後メンテだねー! いつもはメンテの時に一週間分の家事を済ませてたけど、それもする必要ないのかー!」


 毎週水曜日の11時から約三時間このゲームでは定期メンテナンスが行われる。


 久々にゆったりとした時間を過ごして、ほっこりしていたけど重大なことに気付いてしまった。


「ここのとこ慌ただしかったから忘れてたけど。そっかぁ、メン……メンテ……? 定期メンテナンス!?」


 通常メンテナンスの時、僕たちプレイヤーは強制ログアウトさせられる。普段は特に問題ないことだが……


(ログアウト出来ない麦はどうなる……? 消えてしまうのか……?)


「メンテ……定期メンテナンス……」


「なぁにー? 今にも世界が終わりますみたいな顔してメンテって連呼してんのー!? 週に一度のお家ピカピカ曜日がなくなったのが悲しいのー?」


 能天気な麦に事実を突きつけた。


「終わるのは世界じゃなくて君だ」


「えっ…………」


「メンテの時、君はどうなる? ログアウト出来ない君はどうなってしまうんだ!」


「ひゃいっ……!」


 さっきまでニヤニヤしながら僕の周りを変な動きでおどけていた麦もさすがに事の重大さに気付いたみたいで一気にこの世の終わりみたいな顔をしていた。



「あと数時間で私の運命オワタ……」


(あっ、装備が絶望マントに変わってる……)


『絶望マント』後ろにドデカく絶望と書いてあるマント型の肩装備だ。効果は防御力+5で周囲の人間に絶望している事が分かる。

 そして何故か巨大なカタツムリに寄り添われる……。


「でんじろー……私もうすぐ消えちゃうの……でんじろーどう思う?」


(カタツムリに話しかけてるし……でんじろう?? でんでん虫って事か……)


 悄気しょげて体育座りしてる麦の横に巨大なカタツムリが寄り添っていた。


「うんうん……そうなの……私まだ21歳だよっ!? 花も恥じらう、うら若き乙女なのに……」


(うら若くはないだろう。しかし、あのカタツムリ……草ずっと食べてるだけで全然話聞いてなさそうっ )


「うんうん……でんじろー? もしかして……悲しんでくれてるのっ!? わーん! でんじろーー!!」


 感傷的になった麦が思い切り巨大カタツムリの殻に抱きついた瞬間。──バキャッ


(あっ、潰れた)


 殻は粉々になった。


「ぎゃああああああああ!! でんじろおおおおおおおお!!」


攻撃力アタック強いんだから、そんな強く抱きついたら そうなるだろう。普通の巨大ナメクジになってる……)


 僕は発狂してる麦の肩に手を置いて宥めた。


「とりあえず絶望するのは後にして何か考えてみよう!」


「そうだね……うん! 何か抜け道があるかもだしね!」



 巨大ナメクジとなったでんじろーに、アイテム欄に入っていた段ボールで麦がお家を作って被せてあげ、別れを告げた。


「さよーならー! でんじろー! 元気でねー!」


 のそりのそりと街を行くでんじろーは、麦の別れの言葉を聞きながら思っていた。

(あっちのクサ食いにいこ)



 そして僕たちはナウルークの街を歩きながら解決策を考えていた。


(とは言ったものの……解決策なんて何も思い付かない……もっとパソコンの知識とかあれば良かったんだけど……)


 自分の不甲斐なさを感じつつ僕はふと思い付いた。


「あっ!」


「いっ!」


「うっ! ……って違う違う! ギルドの人とかにパソコンとかシステムに詳しい人っていないの?」


 麦が少し考え込んだ後に自信なさげに口を開いた。


「えぇー、いたかなぁ? …………そう言えばボンテージさんがなんか仕事がそっち系とかなんとか言ってた気がする」


 色々なキャラネームの人がいるけれど、麦が出した名前は普段ならあまり関わりたくない感じの名前だった。

 僕の頭の中では、もうすでに変なオジサンのイメージでいっぱいになっていた。


「ボンテージさん!? またなんか変人臭がするけど……その人にメンテの事とか詳しく聞けないかな!?」


「んー。今いるかなぁ? ちょっとギルド情報みてみるね!」


 僕らの視界の左端にはギルド情報やメールなど情報系が見れるようになっている。ついでに右端はスキルやアイテム欄だ。


 そこをタッチすると情報が見れたり、スキルが使えたりする。傍目からは、空中を指でつついてる様にしか見えず人が見てる情報は勝手には見えない。


 だが、戦闘中はアイテムやスキルのジェスチャーエフェクトが優先される為、タッチしまくってるダサい様は見えないよう配慮されている。



 宙をつついてる麦を見て、僕は思った事を口にした。


「そういえば、そうゆう操作は変わらず出来るんだね」


「そうだよ! でも戦闘は少し違ったけどねー! あっ! いたいた! ログインはしてるみたいだから、どこにいるか聞いてみるねー!」


 まだまだ分からないことが多い中、僕たちは急にピンチをむかえる事となった。


 僕たちの心情とは裏腹に晴れ渡る空を見上げ。


(ボンテージさん……やっぱ変態なのかなぁ……)


 そう思うのであった。

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