第30話 気付け(3)

 吉野は柔らかいクッション付きの肘掛け椅子に座りながら、指にはめた幾つもの指輪を眺めていた。すでに今日やるべきことは終わっている。もう後は眠るだけであった。その時間に、腐ったソーセージのような指に光るいくつもの宝石を鑑賞するのが楽しみであった。


 (まあ、あれだけ出しゃばっていればねぇ)

 吉野は汚い唇を横に引き延ばすと鼻で笑った。嘲笑の対象は他でもなく、今日の犠牲者である野口だった。

 (軽んじられていたのは若いからじゃなくて、単に実力不足だったからだ。それに、わきまえていなかった。まあ、死人に言ってもどうしようもないけれどもねぇ)

 それが端的な評価であった。


 (ああそれから、タメ口はいけないねぇ。何をするにも人心を掴むことが大事だ。化石みたいな考えの人間だっているんだから、年下に使われれば腹を立てるさ。まあ、実力があれば許されたかもしれないがね)

 吉野が萎れかけの大根のような手首を回すと、天井の光に反射した宝石の輝きがかわるがわる現れる。それらは一瞬で目の前の人物の眼に吸い込まれていった。


 (そもそも中級の分際であたしたちと同レベルだって思っている時点でアウトなんだ)


 吉野はその手で柔らかいひざ掛けを撫でる。ふわりとした手触りの温かいそれは指先を滑らかになぞらせていく。

 (誰が誰に投票したのかは分からないけれども、もともと目立っていた連中にとって野口は目の上のたんこぶだ。同じようなのばかりが現れれば収拾がつかない。あとは寄って集って滅茶苦茶な理由であたしたち上級国民や他のまともな連中に八つ当たりをしてくる……。ここでは殺すって意味だからね。狙われていたに違いない)


 (まあ、長岡に票を入れたのは野口たち、票を集めることに決めたのはリーダーの野口――)

 今度はひざ掛けから手を離すと、指を不規則に動かして、宝石がまばらに輝くのを上機嫌に見入った。

 (そう笠原に聞こえるように言ったから、彼らは投票しているかもね)


 14日目、吉野は同じグループの利原と政所にその噂をさせた。広間に笠原が来る時間は分かっているし、座る場所も概ね予想できる。その近くに座っていれば笠原の方からやって来る。あとは、笠原に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、他の人には聞こえないくらいの声で囁き合うだけだった。


 (事実か嘘はどちらでもいいのさ。鵜呑みにする方が悪い、そもそも簡単に騙される方が問題だ。精神的に参らせたところを突いたは突いたんだけれどもね)

 吉野はニヤリと笑った。自分の策が上手くいったとして、笠原が今どういう顔をしているのかを想像すると余計に冷たく笑えた。


 色とりどりの宝石はどれも素晴らしく、子供が見てもそれが他とは違うと分かるようなオーラをまとっている。1つならともなく、いくつも同時に見ていると、見終わった後に世界の精彩が薄れたような気にさせてしまう。しかし、吉野には大して効果がなかった。あまりにも見慣れていたからであった。


 (リーダー格が死んだのはこれで2人目だね。影山の死んだ影響は色々とあったが、君島がそのまま引っ張っていくことができている。彼も優秀だからね)

 (でも、野口の代わりはいない。そうなると、明日から残ったあいつらを順番に5日間……。というわけにもいかない。他のグループの戦力も削いでいかないと。矛先はこちらにも向いているのだから、それを捌きながら、余裕のある時に残りの連中を狙っていくのが無難だね)


 (それに、時田たちが一応庇っている。大っぴらに事を起こせないのは少し面倒だよ)

 吉野は作業着姿の中年男性たちの姿を頭に浮かべたが、「ケッ」と一言で吐き捨てて、忘れ去った。


 (谷本サンもまあ、耄碌していたからねぇ。いずれメンバーが飽和する前にどこかで数を調整しないといけなかったし。どっちにしろ、アタシが生き残るのには時田たちに制限をかける必要があったのよ。で、その対価に誰かが報復を受けるけれども、そうなったら――)

 宝石に移った吉野の顔が醜く歪んだ。

 (一番使えない人間から切り捨てていくのが当たり前だね。まあ、あたしが生き残ること以外はどうでもいいのさ)

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