第30話 気付け(1)

 橋爪は広間から戻るや否や、つい数時間前にバスケットボールをしていた面々に『部屋、すぐ来て』とメッセージを送った。


 (やべぇよ、どうしよ……)

 彼は無駄にごつい黒が目立つ部屋がうすら寒く感じた。何故ここまではしゃいでいたのか、彼自身にも分からない。濱崎はともかく野口が死んだ。その流れ弾で自分も死ぬとも限らない。そもそも絶対に生き残れる保証などない。

 (何だよ、颯真クンの言う通りにしていれば俺らセーフだったんじゃないのかよ)


 橋爪がソファに座って頭を抱えた途端、「カードキー」に入室申請が次々と届いた。

 (やべぇよやべぇよ)

 即座に承諾をすると、また頭を抱えて貧乏ゆすりをし始めた。誰かが来るまでの時間がとてつもなく長く感じる。


 「うす」

 「っす」

 最初に来たのは小嶋だった。最低限の挨拶を交わすと彼も同じソファに座った。


 それから全員が集まるまでに時間はかからなかった。狼狽え、黙り込み、青白い顔をした彼らは他の空いているところに座ると、橋爪が話し出すのを待った。何せ自分たちを集めたのだから、当然彼がまとめるものだと思っている。ついでに最年長である。


 しかし、橋爪の第一声は「やべぇよ、颯真クン死んじゃったよ」であった。

 「どうするよ?」

 次の言葉も問いかけで、具体的な指示ではない。意見を聞くと言えば聞こえはいいが、方向性さえも定めていない。


 「余裕ぶっこいていたからじゃね?」

 三石が辛辣な感想を漏らすが、それは橋爪の質問に対する答えとなっていない。

 「俺らがどんだけ守っていても、最大5人分だし、あっ……」


 「何?」

 橋爪はその何か思いついた声に期待を込めて飛びついた。急に前のめりになったせいで腰の辺りを変にひねったが、気にならない。

 しかし三石の答えは、本人にとってはつまらないものであった。

 「いや、颯真クンじゃなくて、俺らの誰かが死んでたらさ。颯真クン、『バスケできなくなるじゃん』って言いそう、って思っただけ」


 「あー、分かる、それ」

 森本が俯いたまま同意する。橋爪は表情を変えないままゆっくりと元の姿勢に戻った。心臓の音が余計にうるさく聞こえている。


 沈黙が生じる。自分の発言で明暗が分かれる。その責任を持ちたくない。その中には自分の人生も、一番大事な人の命も含まれているのに、誰かに任せていた。しかしいずれは誰かが口火を切る。それが誰なのか、彼らの中ではすでに決まっていた。


 「で、これからどうする? 俺らは固まってる? 解散?」

 橋爪はやっとのことで提案した。坊主刈りの頭の中にある小さな脳みそには、パニック状態では、それが限界であった。しかし彼の必死な呼びかけにすぐさま反応する者はいない。

 「あーっとぉ……」


 下を向いている顔々は動かないままであったが、突然、パンと音がした。小嶋が膝を叩いて、顔を上げていた。

 「あー、せっかく今までやってきたんだし、まとまっていた方がいいんじゃね? 的な?」

 彼はチラチラと全員の様子を窺った。次に顔を上げたのは竹崎だった。

 「まあ、今更どうするってこともできないし、それがいいんじゃね?」


 誰も反対しない。残りの3人も顔を上げていく。

 ここで対立しても何も良いことはない。どちらの意見が始めに出ても同調していただろう。さらに彼らには一緒に過ごした記憶がある。それままバラバラになるほどの勇気を持ち合わせていない。


 「じゃ、それで行く……感じ?」

 橋爪が最後に確認を取ると全員、弱く頷いた。


 小嶋が、「まあ」と前置きして、 

 「まあ、見た目基本時田たちの言うこと聞いていく感じでいいっしょ。で、実際はあいつらに毎日投票していれば、俺らセーフに近くなるっぽいし。颯真クンが最初に言ってた理論ね」


 彼らは自分たちの立ち回りが決まると一気に力が抜けた。明日自分たちが死ぬかもしれないという恐怖は続いているが、やることが定まった安心感があった。それが正しいのか間違っているのかは誰にも分からないが、全員で決めたことだから、何となくあっているような気がしていた。

 ようやく彼らは空腹を思い出した。


 「つか、メシにしねぇ? 俺、今日、カツ丼にする。勝つって、願掛け的な?」

 橋爪は無理に声を明るくした。勝つ、ということは生き残るということである。生きるためには勝たなくてはならない。


 「あ、なら俺も」「僕も」

 「俺はウニいくら丼」

 「俺も……カツ丼かな」


 それぞれが「ににぉろふ」で自分の分を用意すると、テーブルの上にあっという間に夕飯が現れた。カツ丼は一つ一つが違う見た目をしている。出した人の好みに合わせてある。


 橋爪はご飯の上に乗っている分厚いカツを箸で掴んだ。とろりとした卵が衣を柔らかくしているのに、カツ自体の形は変わらない。彼は歯ごたえを想像して思い切りかぶりついた。

 「やっぱ、うめぇ」

 肉の旨味が噛む度に口の中に広がり、卵と出汁と溶け合う。玉ねぎの甘みも外せない。顎を動かすことで、味が直に脳まで伝わるような を味わえる。


 小嶋のカツ丼には細く切られた豚カツと千切りキャベツがあって、そこに濃厚なソースがかけられていた。彼は真っ先にキャベツを食べている。みずみずしく自然な甘さとキレの良い食感に加えてソースがかかっていれば味に変化があるものだから、それがメインで出されてもおかしくない仕上がりになっている。


 森本のは橋爪のと似ているがヒレ肉に切りこみが入れてあって、しかも割り下で煮込んである。そのため箸で切れるほどに柔らかく、それを他の具材やご飯とまとめて、一気に口の中に入れている。


 竹崎のカツ丼はご飯と薄いカツレツだけのシンプルなものであった。しかしカツにはしっかりと味が染みており、噛めばそれが肉の味と混ざって衣の中から溢れてくるのだから、それと白米だけで十分すぎる。



 彼らはそうやって黙々と食べていたが、ふと妙に静かに感じた。部屋に音楽がかかっていない。


 「いちお、聞くけどさ」

 その代わりに、一足先に食べ終わった橋爪は話をして間を埋めようとした。

 「明日、パーティーやる? 別に颯真クンのイベント、引き継ぐ必要ないんだけど」


 「いや、いいっしょ」

 「まあ……」

 箸を一旦止めてから漏らしたのは曖昧な言葉であった。しかし、全員意味は分かっていた。やるわけがない。


 「だよな! フツーそうだよな」

 橋爪はペットボトルの蓋を勢いよく開けると水をゴクゴクと飲んだ。


 次に間を埋めようとしたのは森本であった。彼は丼の中身を半分残していた。

 「この、『透明な殺人鬼ゲーム』、ゲームって言葉に入っているじゃないすか。で、颯真クンはデスゲームだって言っていて……」

 力のない声で下を向いて話したのは野口のことであった。

 「それで漫画貸してくれたけど、なんか、そんな上手くいかなかったっすね」

 森本は両手で指を組んでいたが、それは小刻みに震えていた。


 竹崎はその姿を見ていられなかった。彼は重い口を開いた。

 「いやそれ多分、主人公ならうまくいくって話でしょ。颯真クン、主役じゃなかったってことじゃね?」


 つられて橋爪も優しい言葉を投げかけた。

 「俺らは実質モブだけど、逆にモブの方が生き残っているし、漫画と同じパターンだって」

 そこには自分の未来に対する希望も含まれていた。


 彼らは野口に哀悼の意を捧げる余裕はなかった。そうする気がないのも半分本音であった。いくらこのゲームが終われば肉体が元に戻るとは言え、お揃いのタトゥーを彫ろうと提案したヤバい奴に、同情するどころか、どちらかと言えばほっとしていた。



 「そろそろ時田たちと合流する時間じゃね?」

 竹崎の言葉で彼らはのそりと立ち上がった。「じゃ、また時田の部屋で」と言い残すと彼らは橋爪の部屋から姿を消した。


 (そういや颯真クン、どうやって明日のターゲット決めてたんだろ? 情報、全然なくね?)

 橋爪が目を離した隙にテーブルの上にあった食器は片付いていた。彼はそれ以上考えるのを止めて、時田の部屋に行く前に歯を磨こうと洗面所へ向かった。

 (とりあえず明日は坂本に票を集めればいっか……)

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