第29話 気付くな(4)

 今日も広間には参加者が集まっている。あと30分もすれば少なくとも誰か1人が死ぬ。それは隣に座っている人かもしれないし、自分かもしれない。誰がターゲットになるのか予想はできても、誰がならないのか予想することはできない。


 定刻になるといつものように明かりが弱まり、天井付近にモニターが現れた。その宙に浮いたような光の中にニニィがいた。シンプルな白いワンピースを着ているが、襟飾りや腕輪は黄金色に輝いており、首からアンクの描かれた大型のペンダントを吊るしている。

 「هذه المرة أستخدم تطبيق ترجمة. لا أعرف ما إذا كانت القواعد صحيحة. لكن أعتقد أنك تستطيع أن تفهم. سيشارك الجميع. يبدأ اليوم الخامس عشر.」

 ニニィが何かを話すとモニターは消えた。


 (今のは何語だ?)

 誰にも見当がつかない。恐らく大学の第二外国語として学ぶ言語ではない、と幾人かが分かったくらいだ。


 「今日のもさ、昨日と同じで何語か分からないけれど」

 今日も口火を切ったのは野口だ。髪型をキめて、明るい黄色に染めている。昼前までは昨日と変わらなかったにもかかわらず、であった。

 「まあ、いつも通りのこと、言っているんじゃね?」


 すぐに反応がないのは昨日と変わらない。しかしそれは妨害する者がいないということでもある。野口は気にせずに立ち上がった。

 「で、やっぱさ、みんなでイベントやらね? 広間の半分使って。ここを使えるのは5時から17時だから、ランチタイムにさ、パーティー。どう?」

 視線が集まる。

 「そこで盛り上がって、食事とか一緒にすると距離近くなるじゃん?」


 今日、彼を抑える者は……いない。毎回妨害する意味はない。自分たちに利がなければ、外野が勝手に戦い合ってくれるのだから一歩引いていた方がよい。そのタイミングが重なったのだろうか。


 「で、パフォーマンスがあればさ、そこでやるって感じにしようと思ってるんだけど。よくね?」

 野口に同調するメンバーたちが「ありじゃね?」「イケるよ、颯真クン」と下手な小芝居を打つと「な? な? ワンチャンアピールにもなるし!」とそれに仰々しく反応した。

 「明日、どうよ?」


 松葉が作り笑いを浮かべて、手を前に出した。

 「でしたら、自由参加はどうでしょうか? 今出席を募るより気楽に参加できますし、野口さんも当日まで楽しみがあった方が面白いですよ」


 ようやく現れた身内以外からの賛成に野口は年相応に頬をほころばせたが、すぐさま調子に乗った。

 「いや、別に普通に全員参加でよくね?」


 「野口君、人前に出るのが苦手な人だっています。強要はできません」

 横から諫めたのは笠原だ。


 「それ、コミュ力の問題じゃね? できないからやらないってのは協調性がないってことでしょ」

 ただ全く効いていない。


 「若いうちは挑戦も大事ですが、周りの意見を聞き入れることもまた大事ですよ」

 笠原が冷たく断言すると野口は頬をヒクつかせた。


 「それなら、まずは自由参加にして、その反応を見てからみんなが参加するよう提案したり、あるいは何か変えたりすればよいでしょう」

 素早くとりなしたのは水鳥だ。彼が本気で微笑む演技をすれば、同性であっても攻撃性を削いで悪くない気にさせることができる。

 「どうでしょうか?」


 「まあ、その辺が妥当じゃね?」

 野口は頬を掻いた。

 「じゃ、明日の12時から2時間くらい? 飛び入りも可ってことで」


 野口は一旦プレゼンを止めると参加者の返事を待った。笑いかける者、凝視する者、目を合わせない者……。反応はさまざまである。ということは腹の内もまたさまざまである。


 (その時間帯は広間に出にくくなる。離れた所で観察していたら参加しないかと声をかけられるだろう。断ることは難しい。だからと言って全く関与しなければ、そこで行われる情報のやり取りに参加できない)

 (その集団が強くまとまれば、1つのグループと見なされてもおかしくない。しかもそれは人前に晒されているわけだ)

 (何か颯真クン、今日、調子よくね? やっぱ体動かすと頭も動く、的な?)

 (何でもいいから早く終わってよ)


 「それ、完璧じゃねえか!」

 時田は大声を上げて大きく手を叩いた。すぐに中川や畚野が続き、つられるようにして浮かないようにと、参加者は拍手を行っていく。音が引くと野口は名残惜しそうにしたが、十分に満足した。


 「で、何か質問ある?」

 すぐさま尋ねる者はいない。が、少し経ってから手を挙げる者が現れた。


 「だったら、持って行った方がいいものとか、ある?」

 「何でもありよ」


 「あれ決めようぜ。プログラム。始めは野口の挨拶からだよな? 主催者だし」

 「マジすか!」


 岩倉や中川が質問をすると野口は鼻高々に答えた。彼の方も誰に向けたわけでもない問いかけを広間に行う。

 「あとはアルコールどうするよ? 未成年いるし、あとで話し合いあるけど、あった方が話しやすい感じ?」


 「野口、任せるわ」

 時田がそう言うと、野口は素早く用意していた答えを放った。

 「じゃ自己責任で飲みたい人は飲むってことで、よろしく」


 「他、ある?」

 肩を持ち上げ、笑顔を浮かべながら野口は誰彼構わず発言を促していく。


 「後はどんな予定なの?」

 「いちお、バイキング形式の予定。色々選べるし、テーブルいくつも用意する感じで」


 「だったら、食べ物は『ににぉろふ』で取り出す形式にするのは? アレルギーがある人もいるだろうし」

 「それ、ありだね」


 依藤と利原がそれに応じると彼はテンポよく答え、「えーっと、バイキングはサンプルだけで、始めの挨拶を考えて――」とこれまでに出た案を繰り返した。


 「後は……」

 「いや、もう野口君が決めていいと思うよ」

 君島が淡々と言うと、参加者の間にざわめきが広がった。それは懐疑や不満の音ではなく、むしろどこか明るい響きを持っている。

 「そうだねぇ、野口サン抜きじゃパーティーは成立しないよ」

 その中で吉野がしみじみと呟いた。その声は野口にも届いた。


 「じゃ、あと、こっちで決めるんで、明日のサプライズってことで、いい?」

 時田が再度拍手をすると、その音はどんどんと増して広間を包んでいき、野口は「まあまあ」とジェスチャーと言葉では収めていたが、その表情は緩んでいる。


 「حان وقت الاختيار. هل هذه الجملة صحيحة؟」

 いつの間にか現れたニニィがそう告げると、モニターは白く発光し、その光に飲み込まれるように参加者たちは闇の中にいた。そこで彼らは自分と自分の一番大事な人が生き残るために最も適当な選択を行い、全員の選択が終わると元いた場所に元のように戻っていた。


 「الضحية اليوم هو ذلك الرجل. يمكنك أن تعرف من خلال النظر إليها.」

 ただ、1人だけ、中央に置かれた透明なケースの中に閉じ込められていた。野口颯真だった。




 (そうなったのか……)

 酒瀬川は迷っていた。パーティーに参加するべきか否か、そもそもそんなことがこの状況で不謹慎ではないのか、彼自身には判断がつかなかった。本当はついていたが、つい先ほどまでの、あるいはさらに前からの雰囲気で、何が正しいのか分からなくなっていた。


 自分と、自分の一番大事な人が生き残るために誰かを犠牲にする。そして、それを歯牙にもかけず、享楽的に活動する。


 倫理とは何なのか、道徳とは何なのか、酒瀬川には何も導き出せなかったが、1つ答えは出た。


 野口は涙を流しながら怒りと絶望を露わにし、かつてのメンバーがいる方の壁を振りかぶった両の拳で叩いており、その拳から滲んだ血が透明な空間に平べったく浮いている。何度か叩いて、野口は拳をケースの壁に押し付けたまま肩で息をしていたが、それが上半身を大きく上下させるものに変わり、膝から崩れ、青紫色の唇をパクパクと動かし、顔色が青白くなって、全身を痙攣させて、数回あえぐように口を動かすと、止まった。


 「سوف أتحدث اليابانية من الغد. أليس هذا خطأ؟ وداعا.」

 踊りながらニニィは姿を消した。透明なケースに入っている野口の死体も床面に吸い込まれるようにして、ケースごと消えた。


 (これは答えだ。参加したくない人たちからの)

 これで明日のパーティーは中止になる。多数決が絶対正しいわけではないし、完全にオーバーラップするわけではないが、彼が選ばれたということは最も多く点数が入ったということである。彼の後釜となって続きをやろうとする者はいないだろう。


 そして、野口のようにガチャガチャ飾り付けることは死に繋がると言外に周知することにもなった。同じノリを共有していた参加者は熱がどんどんと引いていくのを感じずにはいられなかった。


 それなのに、嘔吐をした者はいなかった。センシティブな参加者もグロテスクな展開に慣れてしまったのだろうか。野口の死に方程度では戻さないほど麻痺してしまったのだろうか。だから、広間にわざわざ留まる者もいなかった。彼らは次々に姿を消していった。



**



今日の犠牲者 野口颯真

一番大事な人 友人(男性)


 人並みの幸せを受け入れつつもタイクツな日常に飽き飽きだと授業中に考えていたところをニニィにアブられる。何故か言葉によく分からないこだわりを持っていて、「国民全員が英語を勉強しているのだから話せないのはおかしい」と地元のバスの運転手に英語で突っかかり、相手の下手な発音に「Pardon?」と連呼して数分バスを止めるという迷惑行為をやったことがある。そしてそれを友人に隠し撮りさせて、あとで武勇伝のようにバカ騒ぎする実にどうしようもない奴。要領はよいが何にでも1番にはなれないタイプ。

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