第29話 気付くな(3)

 須貝と仁多見はほとんど同時に広間を訪れるとお互いの姿を確認し、一緒に白いブロックのところまで向かった。すでにそこには先客の佐野がいる。彼女たちはその老人から十数人分ほど離れた所に座った。


 須貝はスマホを作業着のポケットから取り出して、何度か操作をした。隣の仁多見から振動音が聞こえる。彼女はそれに反応して自分のスマホをポシェットから取り出した。


 『あの人、この前もいたかも……』

 須貝からのメッセージが届いていた。仁多見は須貝の方を向き表情で「だよね!」と伝えると、スマホに目を落として返事を入力し始めた。

 『イヤホンしているから何か聞いているみたいだけど、聞いてみる?』


 答えはすぐに返ってきた。

 『でも、怖いし、いいよ』

 仁多見は『分かった!』と簡単に返すとようやく本来の目的に移った。彼女たちはタブレットを手に取り空白だらけの小説を読み始めた。


 広間は静かであるが、静かすぎることはない。誰かが本のページをめくり、体をもぞもぞと動かし、呼吸して、ごく小さな環境音を奏でている。参加者の部屋は使用者が音を立てなければ、あるいは音の出る物を設置していなければ無音である。

 だから、広間では孤独を癒しながら独りでいることができる。そこが誰かの死に場所で、吐物が散らされた場所であっても、痕跡も瘴気もなく、ただ白っぽいだけの空間である。



 少しして、須貝は本を読むのを諦めた。頭に情報が入ってこない。仁多見をチラリと見ると、タブレットにめり込むようにして没頭していた。

 代わりに須貝は漫画を読むことにした。選んだのは今まできっかけがなく敬遠していたが、友達から度々勧められた少年向けのバトル漫画であった。


 (舞台はファンタジーの世界で、この優しそうな男の子が主人公ね。出だしは普通だけど……)

 須貝はスイスイとページをめくる。絵柄はともかく話は王道そうで彼女好みである。


 両親を亡くして村の外れで妹と2人で暮らしている彼はその日、狩りに出かけていた。ところが獲物は中々見つからず、一休みしていると、何故か周りの自然が騒がしくなった。嫌な予感がした彼は一目散に家に帰ると――。


 (あ、死んだ)

 妹が、主人公の目の前で魔物に首をはねられて殺された。主人公が悲しみと憎しみの混ざった表情で魔物に跳びかかるが一撃で吹っ飛ばされる。


 それは、漫画ではよくあることで、ただ主人公が魔物に挑む動機付けやストーリーの都合で殺されただけである。

 須貝は全く感傷に浸れなかった。別に漫画のキャラクターは生きているわけではないし、目の前で毎日起こっていることの方が衝撃的であるからだ。


 (……)

 魔物の手が彼に迫る。抵抗する力もない。そして、寸でのところで遠くから騎兵隊が近づいて来る音がした。魔物は逃げ出した。


 (それで、魔物を滅ぼすために修業の旅に出て、って感じかな)

 1話目を読み終えた須貝は満足げに息を吐くと、次のページに進もうとして思い出した。

 (あ、広間には偵察に来たんだった)


 須貝は諦めて小説の続きを見ることにした。ぼーっと眺めて、白黒のバランスで何か形が見えないか試しながら、耳を澄ませ、時々広間に目を走らせた。



 「今日もバスケでよくね?」


 少し経って、フリースペースに野口たちが現れた。途端に広間が賑やかになった。うるさくなる。今までとは比べ物にならないボリュームで、振動を伴っている。


 (野口君、小嶋君、竹崎君と、橋爪君、三石君、森本君。昨日とそんなに変わらない。チーム分けは昨日と違うけど……)

 須貝は顔を上げて横目で彼らを見た。何だかんだチーム間の連携はとれているようだ。


 (どこにあんな元気が残っているんだろう……)

 橋爪が森本にパスを回し、「大希クン、チャンス!」と叫んだ。マークしていた小嶋がディフェンスの手を緩める。森本が期待に応えようとゴール目掛けてボールを放った。

 しかし、ゴールに上手く入らなかった。

 「ドンマイ!」

 野口が森本の肩を叩く。森本は照れくさそうに「アザッス!」と叫ぶとプレイに戻った。


 (特に報告することはないかな……)

 今度は野口にボールが回った。小器用なドリブルで相手をいなして、シュートを決めて、パスリとゴールに入った。


 「颯真クングッシュ!」「ナイッシュ!」

 「マグレてかミラクル的な?」

 敵味方問わず称賛の声が上がる。当人は謙遜……の振りをしていることは明らかだ。気取ったポーズで、そして――。

 (もしかして、こっち見ている? 気のせい?)


 須貝の予想は正しかった。彼らは注目を浴びるためにそれを行っていた。が森本に手加減をしているのも、そうしなければゲームが成立しないからということもあるが、周囲に対するアピールである。

 ただの遊びなら勝利に固執せず、全員が楽しみながら適度に競争できる。命がかかっていないからだ。「透明な殺人鬼ゲーム」はゲームと銘打っておいて、一切手加減はしていられない、勝たなければ死があるのみである。


 (というか、私と仁多見さんを見比べている……。見比べて、仁多見さんにアピールしている……)

 その証拠に仁多見が愛想笑いを浮かべると声のトーンが心なしか高くなった。須貝はもう見られていない。


 (確かに仁多見さんと比べれば私はカワイクないけれど、そんな露骨にする?)

 彼女は赤面して下唇を噛んだ。

 (こんな子供たちにも見下されるのかぁ……)

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