第28話 考えろ(4)

 深夜、すでに飲み会から解放されて眠っていても不自然ではない時間、田名網の部屋のリビングには明かりが灯っていた。

 (もう少し……、もう少しバラしたら寝る……)

 彼は1/150姫路城のプラモデルを作っている途中だった。それは彼の趣味であり、悔いなく生きるために没頭しているところであった。


 リビングのテーブルは広いものに交換されており、その上は大きな紙で覆われている。そこに部品と道具と説明書、それから外した部品がタッパーに小分けされており、作業をするのに都合よく配置されていた。


 (色、少し、くすませようかな。その方が年代物っぽいし……)

 まだ使っていない塗料の数々をチラリと見て、田名網は完成図を想像した。彼はますます乗り気でゲートやバリの処理をして、そのノリで何となく足を動かした。何か直方体の物を踏んだ。硬くはないが柔らかくもない。


 (あー……)

 彼はテンションが下がった。一旦作業を中断するとテーブルの下に顔を入れてそれを取った。電気工事士の参考書だ。気を紛らわすために、始めの頃に「ににぉろふ」で取り出したものだ。

 (勉強は大丈夫、明日からやるから……)

 田名網は表紙を裏にするとテーブルの下にそっと戻した。


 彼はこのゲーム中の時間を資格勉強に当ててしまおうと考えていた。何故ならば、会社の命令で受けることになっていたのに、勉強が到底間に合いそうにない状態であったからだ。遅れを取り戻すには絶好の機会であった。

 ただ勉強しようとしても自分が動かないことを田名網は知っていた。だから勉強の動機付けに、ゲームをクリアした後でも役に立つことをすれば、きっと誰かが見ていてくれて、生き残らせてくれると思い込むようにしていた。


 (キリのいいところまで作っておかないと、逆に集中できない。先に脳をリラックスさせた方が、効率が上がる)

 彼はまだランナーに付いたままのパーツの山を一瞥した。1日の内何時間か勉強にあてる計画を立てていたが、早速その通りにいきそうにない。


 (今から勉強しても、眠くなるだけで体に良くないんじゃないか? 酒も入っているし……頭に入らないんじゃないか?)

 そう思いながらもベッドに向かう気配はない。

 (明日の自由時間を前借りしたことにして、今日は寝るのが一番いいんじゃないか?)

 手を止める気配もない。


 (いや、1日くらい遅れてもいいんじゃないか?)

 結局、一段落着くところまで終えてから、田名網はようやく迷ったように手を止めた。

 (でも、こんな高価なもの、ここじゃないと作れないし、中途半端になるのも勿体ないし……元々の計画が無謀だったんじゃ……)

 彼はここ1時間近くを思い返した。夢中になって、充実して、恐怖を忘れることができていた。


 (勉強だったらここから出た後でも……できる)

 水を飲みながら今日の成果を眺めると、まだまだ工程は残っていた。

 (早く完成させたいし、それに……生きて出られる保障もないし……)


 (いや、それはさすがに……。明日からやろう。今日はなかったことにして、明日からだ)



 彼がこの後どうなるのか、彼は過去の行動パターンから何となく分かっていた。夜更かしをした自分は翌朝起きる気になれず、二度寝をして昼時に起床する。昼食を食べて、リラックスをし、少し勉強を始めるも、話し合いの時間が近づいて緊張し、勉強をしていると落ち着かないからと模型の続きに移る。何事もなければそうなると予想していた。

 しかし、何故か彼は今回こそは大丈夫だと思っていた。過去にそう考えて上手くいった試しはないが、この今回こそは大丈夫だと思った。




**



 リンチ


 勝ち戦に乗るのはある意味正解なのかもしれないし、弱ったところを総叩きにするのは戦いの場では正攻法だろう。でも、(その人たちにとって)ポジティブな理由で攻撃してもよい(というレッテルを貼られた)ものに対してどこからともなく湧いて出て、群がって血祭りにして、骨の髄まで齧り尽くして、おまけに文字通り死体蹴りにするのは、野生の肉食動物が弱い動物を食べるために狙うことよりもよっぽど畜生ムーブだと思う。便乗して自分をアピールすれば儲かるし、それで憂さ晴らしすれば楽しいのかもしれないけれど。

 メディアを介したこれは、何と言うか、相手も生身の人間であることを忘れているような残虐性を帯びている。それなら1人で相手に面と向かって言えるのかというと、全くそんなことはないところが心底陰湿極まりないとニニィは思うし、それでいて自分がひ弱で良心的な振りをするのがまたおぞましい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る