第28話 考えろ(3)
(ああいう奴らはここで殺しておいた方が世間のためになるんじゃないか?)
飲み会が終わり、自分の部屋に戻った水野はソファに座ってウイスキーを飲んでいた。ストレートでちびちびとあおることで、彼は死の恐怖から逃れようとしていた。背中を丸め、目を大きく見開いて遠くに見ながら、負の感情を負の感情で塗り潰そうとしていた。
水野の思う奴らとは仁多見と北舛のことであった。広間にいるとき以外は全く関わることがない人たちであったが、十数日間、話し合いの場でその言動を見ることで、その性質は明らかになった。今まで彼が出会った人たちと重ねれば、その2人が、自身の所属する組織で周りにどういう影響を与えているのか手に取るように分かった。
(ああいうのは、他人に迷惑をかける……)
眉を吊り上げて睨む先には彼の職場の某の影があった。
(ああいうのは温室育ちで、何か都合が悪いと喚いて、拗ねて、不貞腐れて、まともな人に迷惑をかけるんだ)
彼もまたその手の人に手酷い目に合わせられたうちの一人であった。
(あいつらの謝罪は鳴き声と同じだ。その音を出せば事が終わると思って出しているだけだ。何も反省、改善というのはない)
琥珀色の液体を彼は掴むと少量、口の中に入れた。
(で、タチが悪いことに大体こういうのを無責任に可愛がるのがいて、それで……)
鼻から息を吐くと、ピート香と酒精の爽やかさがスーッと抜けていく。
(俺たちが潰されるんだ)
水野は思い出した。数限りないトラブルの中でまず真っ先に思い出すのはいつもそれだった。
(俺は『評定に繋がるからするように』と言った。)
しかし、某が定時で帰った後、彼はいきなり険しい顔の課長から呼び出された。そして、「某ちゃんから『評価しないんだから、やりたくない』と相談された」と睨み付けられたのであった。
(意味が分からなかった。何故言ったことを真逆に受け取るんだ?)
(そして、その始末は、『やりたくないって言っているんならやらせなくていいんじゃない?』だった。誰が代わりにやるのかと言ったら黙り込んで、そして――)
酔いもあって、彼は、思わずテーブルを拳で叩いていた。
(人に言葉を伝えるのは難しいよね、と言われた。そして、会議で決まったその仕事を「なかったこと」にすることで決着した。今までの努力が全て消えた)
ヒリつく痛みをあるいは恥ずかしさを誤魔化すように彼はウイスキーをついゴクリと飲んだ。
(翌日、何事もなかったように来て、課長も聞き損じについて何も注意していなかった。似たようなこと小さくても繰り返し繰り返し……それでただただこちらが不快になる)
(ああ、甘やかす方が楽だもんな。ガキの躾……、いや……犬猫の躾と同じだ……。自分が嫌われるよりも、人に迷惑をかけても笑っている方が楽だ)
水野は腹の内が熱くなるのを感じた。それはアルコールの効果ではなく、某のせいであると彼はよく分かっていた。
(そういうことが続くと、いつの間にか、本当は俺が間違っているみたいなことを言われだす。嘘も十回重ねれば真実になると、テレビの何かで聞いたような……。邪悪……、邪悪極まりない言葉だ)
目を閉じてそこに手のひらをかぶせると、アルコールで増大した感情のせいでうずく眼球の熱がじわじわと引いていくのが分かった。
(だから、ここで殺しておけば、奴らの職場の、かつての俺と同じ立場で苦しんでいる誰かを助けることができる。社会全体をクリーンに、より良くできる)
水野は決してミソジニストではない。特段マキュリストでもない。彼はむしろ男女平等主義者である。
彼が嫌悪しているのはつまり、職場で、ホニャララという性質、仮に例えば女性であるというだけで甘やかす輩や、そのぬるま湯に浸かったままで自分の能力不足を責められると先の理由に転嫁する某が嫌いなのである。
しかし、それを表でも裏でも口にできない。差別主義者だとレッテルを貼って総叩きに合うのが目に見えているからである。
(現実では、人殺しなんかできない。でも、ここならできる。ああいうのが何人か減れば、俺たちの誰かが幸せに生きることができる。それは社会に対する貢献じゃないか? 言ってもやらない変わらないなら、始末した方が俺のようなまともな誰かのためもになるし、このゲームの参加者にとっても得になる。そうに違いない)
彼は立ち上がるとコップを残してリビングを去った。
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