第28話 考えろ(2)
「ねえ! 言われた通りにしていれば大丈夫って言ったじゃない!」
徳田が顔をまだらにして金切り声を上げた。
そこは吉野の部屋であった。ミーティング前から顔をしかめて吉野のことを睨んでいた徳田は、全員が集まるや否や流れを無視して突っかかった。2人以外のメンバーは様子を戦々恐々と窺いながらも、気持ちは徳田の方に傾いていた。
(そうよね。徳田さんの言う通りだわ)
御法川は眼鏡越しに彼女と、冷たく目を細める吉野を見た。言う通りにしていれば死ぬこともなく、2000万円を与えるというのが吉野の触れ込みだったと彼女は思い出していた。
対する吉野は、たっぷりと間を空けた後で醜い顔を歪ませて「へぇ?」と返した。それは彼女の思惑通り徳田のヒスに油を注いだ。
「どうして谷本さんが死んじゃったのよぉ!」
ただ、それは同じ立場の自分の身を案じただけであり、谷本のことを悼んでいるわけではない。さらに言えば、自分の思った通りにいかなかったストレスと、単に他人のミスを責めたい陰険さから発せられたことは明らかである。
「ごく簡単な話じゃないか」
吉野はようやく答えを返した。その声は普段と変わらず自信に満ちている。
部屋の中が静まり返る。誰もが説明を聞こうと集中している。その中で鼻息を荒くする徳田の音だけが大きく聞こえる。
「いずれこうなることは分かっていただろう?」
「え?」
徳田は口をポカンと開けた。そしてすぐに青筋を立てて口角を持ち上げた。
「約束と違うじゃない! アタシたち、守っていたでしょ! 吉野さんを!」
「じゃあ聞くけどね、あんた、ここにいるのといないのとで、どっちが生き残り易いと思う? ここにいなかったら当に死んでいたと思わないのかい?」
吉野が顎を上げて冷たく言い放った。
それはifの話なのだから、正しいのか間違っているのか分からない。徳田がこのグループに所属しなかったことで、このゲームにおいて何が起こるのかなど、誰も計算できない。ただ、今徳田が生きているというのは事実であり、吉野の言葉には、自分のグループにいなければ生き残ることができなかったと思わせるような力があった。
「アタシだって万能じゃない。その中でやっているじゃないか。100%助かる保証なんて誰にもない」
いとも簡単に徳田を黙らせた吉野は続けた。
「それにねぇ、このまま時田たちから圧をかけられていたんじゃ、丸ごと潰れていてもおかしくなかっただろう? 谷本サンには悪いけれども、結果としてあたしたちは助かった」
徳田は何も返すことができなかった。自分も死ぬ可能性があったとなれば話は別であった。引きつった笑いを浮かべるも、突っかかっていた手前引くに引けない。
「この中の全員が、自分じゃなくてよかったと思っているだろう?」
吉野の目が細くなり、口元が歪む。全員の答えは一致した。徳田は何もできずそのままの表情で椅子に座ることしかできなかった。
(お年寄りでも、ためらいなく票を入れるのね。昨日……の犠牲者は小学生だったもの。もう、弱い人を狙うくらい……)
御法川はセンチに浸ったが、すぐに吉野の話に耳を傾けた。聞き逃したら死、である。
「もういいだろう? それじゃ、明日の投票先は――」
このゲームにおいて参加者間に強い弱いの差はない。公平である。誰の1票でも1票で、倍率はランダムなのだから、同じ重みを持っている。老若男女を問わず、等しく脅威である。あとは実力をどれだけうまく使いこなすか、つまり知恵の問題である。
(河本サンは、あれ、自分から大騒ぎしたから、吉野さんも助けられなかった。でも、谷本サンは何も悪いことをしていなかった。本当に知らなかったの?)
御法川は何か引っかかるものを感じた。
吉野はルール十について言及していない。どんなに運よくメンバーが死なないことが続いても、どこかで自分たちの方から誰かを切り離す必要がある。
*
ようやく独りになった水鳥は木の椅子に腰を掛けてため息をついた。冷たい水を飲むと疲れた脳が少しだけリラックスする。わずかな間目を閉じて休憩すると、彼はすぐに頭の整理を始めた。
(まず今日の話し合いだ。流れは悪くなかった。野口を黙らせながら彼の作り出そうとする風潮に釘を刺すことができた。あれが最も厄介だ)
水鳥は静かに呼吸をした。室内には砂糖菓子のようなにおいが未だに漂っている。
(あの提案……、『投票で亡くなった方に誰が何故投票したのかを話し合いの場で持ち出さない』)
彼は仕事で鍛えた記憶力で淀みなく思い出した。
(あれは笠原を黙らせつつ、野口に話をさせないためだろう。これ自体に対して意味はない。泥仕合の予定が無くなった分、話し合いの速度は増すが……)
次に、水鳥は両肩を交互に持ち上げ、首を左右に伸ばしていった。普通ならば気味の悪いはずの動きは彼が行うとなぜか格好良く見えてくる。
(有利にも不利にもなった。メンバーの誰かが犠牲になっても話し合いの場で言及する必要がなくなった代わりに、誰かのせいにしてプレッシャーをかけることもできなくなった。悼む必要は当然あるが……)
彼はゆっくりと立ち上がると台所へ向かい、椅子に腰を下ろした。明かりが勝手に灯った。
(話し合いの前に広間で起こったこと……。野口たちがバスケットボールをしていた。時田たち喫煙者が苛立っていて吉野たちの陰口を聞こえるように叩いていた。対する吉野は全く気にしていなかったようだ)
それぞれのグループに何の気なしに接触して聞き取った情報は、断片的ながらも蓄積すれば役に立つものである。
(それから、君島たちの松葉に対する不信感は強まっている。それでも話し合いのときに演技ができていた。僕にはかなわないが)
水鳥は深呼吸をした。新鮮な空気が肺いっぱいに満ちて、ガス交換が行われる。
(谷本の死は時田たちの吉野に対する報復、あるいは身内切りと考えられる。まだメンバーの数は飽和していないが、早めに手を打ったのだろう)
(それにしては彼女たちの反応は自然すぎた。メンバーが身内に票を入れて、ということはなさそうだ。そうなると吉野が陰で行った可能性が高い。時田たちが票を集めるのに合わせて、裏で手を組んでいるどこかにも票を集めるように依頼した。そんなところだろう)
考えなければ死ぬと水鳥は強く自分に言い聞かせた。自分も、自分の一番大事な人も、メンバーの誰かも、死ぬ。同じグループにいる以上、自分にできることを行わなければならない。
彼は本村のことを一瞬思い出し、胸にズキリと痛みが走った。
(僕たちのグループに……裏切り者はすでに潜り込んでいるだろうか?)
眉根を寄せて彼女たちの顔を思い浮かべる。信用できないのは仕事を全うしないメンバーだ。
(まだ裏切っていなくても、探す素振りを続けていれば、抑制できる)
(僕たちは、生き残るために全員で協力をしている。その手を抜くのは、僕たち全員に対する攻撃でしかない。そのときは始末をつけるしかない)
水鳥は目を開けて正面の冷蔵庫を悲しそうに睨んだ。それは優雅でサマになっていた。彼はそこでそうやって頭を動かし続けた。
水鳥のスマホが震えた。彼は何度か操作すると、立ち上がってリビングの中央に行った。そして、訪れた来訪者に柔らかい微笑みを向けた。
「こんばんは。夜も遅いのに、ありがとう」
「は、はいっ」
「それじゃあ、明日、君のグループはどこに票を集める予定なのか教えてくれるかな?」
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