第26話 黙れ(4)
猪鹿倉はようやく終わったミーティングの疲れを取り除くために、ホットミルクを飲みながら睡眠前の一時を過ごしていた。リビングにある肘掛け付きの椅子に座り、コップを抱え、その優しい熱を感じると心も安らいだ。
(静か……)
このゲームの参加者に与えられた各自の部屋は高級なホテルの一室のような、マンションの一室のような造りをしている。間取り図を描けば正方形に近い長方形であることは明らかだし、壁に窓が付いてない。猪鹿倉はふと集合住宅の中にいるような錯覚を覚えた。
ただ、それなのに、天井からも壁からも、床下からも何一つ物音がすることはない。
彼女はホットミルクをゆっくりと口に運んだ。ほんのりと甘く口当たりの良いミルクが体中に熱をじんわりと伝えていく。
部屋の向こう側がどうなっているのか猪鹿倉には分からない。しかし、上下左右に参加者の誰かの部屋が配置されているようにぼんやりと思った。
(それなら、あのときみたいなことがあっても不思議じゃないけれども、そういう物音はない)
彼女は大学時代に住んでいたアパートと今、自身がいる部屋を比較した。派手さや広さも桁違いであるが、彼女が比較対象として真っ先に選んだのは静けさだった。
(あのときはうるさかった)
その部屋は1DKの学生街によくあるタイプで、近所は程よく閑静、大学にも近く、家賃もそこそこと好物件であった。問題は後から引っ越してきた上階の住人たちだった。
(結局、あの人たちは何だったのだろう?)
猪鹿倉は目を閉じて当時の記憶を辿り始めた。
(まず、あの部屋に夫婦と幼児が暮らすのは無理があったと思う。住めるところがなかったからというなら、あのアパートに適した住み方をするべきだった。それができないなら、子供が騒いでもうるさくならないようなところに住むべきだった)
子供はうるさくて当然というのはまかり通るものではない。それはその家の問題で、他人が我慢することではないのである。寛容は強いるものではないし、個人に負担させることではない。
(とにかく昼夜問わず四六時中、うるさかった。大音量というわけではなかったけれども、子供が走り回り、跳ねて床を踏み、物を叩きつけて……それが毎日毎日……)
猪鹿倉は無意識の内に眉間に皺を寄せていた。過去のことと開き直り、彼女自身も特に苛立ちを覚えたつもりはないのだが、体は覚えていて自然に反応した。
(管理会社を通してクレームを伝えてもらっても何も変わらなかった。吸音マットを敷くとか、躾けるとか、いくらでもできたと思う。うるさくしてすみませんと一言もなかった。あげく一緒に大人が走り回っていたこともあった)
結局それは彼女の常識や理解の範疇を超えた行動であった。
(バイト帰りにそこの家族が部屋に入るのを見かけた。絵にかいたような普通の一家だった。だから余計に参った。社会に出て日が浅かったから、困った)
温厚で物事の判断ができるような夫婦だったからこそ、猪鹿倉は音や振動自体のうるささだけではなく、得も言えない気味の悪さも感じずにはいられなかったのである。コップを握る力が強くなった。
(ドイツならRuhezeitがあるから、ああいうことは起こらなかったのかもしれない。法律で時間毎に行ってはならない行動を決めて、すぐに警察が注意できて、強く規制していれば)
猪鹿倉は仕事柄ドイツの事情に詳しい。自分はその方が性に合っていると知っている。
彼女は目を開けた。眩しい天井の光を浴びて、慌てて前を向き目を閉じた。知らないうちに首の力が抜けて、顔が上を向いていた。
(生活音ならまだお互い様だったし、何か訳があって一時的に音が出るのは仕方がない。ただ、不要な音をわざわざ出すのが分からなかった。おもちゃの楽器を鳴らして、夜中に掃除機をかけて……)
そして、彼女はあまりに追い込まれてつい一度、天井の音源の真下のところを箒の柄で強く叩いたことがあった。
(あれは……自分の存在を認知されていないような、無視されているような苛立ち、虚しさだった……)
一瞬だけ、音が止み、そしてすぐに……何事もなかったかのように元に戻ったのであった。
猪鹿倉は少し冷めたミルクを飲み干し、空になったコップを傍らのテーブルに置いた。
(結局何とかお金を貯めて引っ越したけれども、私の後にその部屋を借りた人がしばらくして、完全に参って……、それで、そこの一家、皆殺しにしたのよね。どちらが悪かったのか、子供に罪はあるのか、分からないけれども)
彼女はこれを知ったときに決して口外しなかったが、犯人に同情した。同時に、自分や自分の常識が狂っているわけではないと知ることができて胸のつかえがとれるのを感じていた。
(騒音は人を狂わせる。自分の存在を軽視されていると思えるようならば、特に)
猪鹿倉は椅子から立って、ついコップを流しに持って行こうと手を伸ばした。そこには何もなかった。彼女はわずかに寂しそうな顔をすると洗面所に向かっていった。
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