第25話 黙るな(4)
(話についていけなかったけど、今日も助かったぁ……)
まず始めに高橋は自分が元いた位置にいることを確認し、胸が軽やかに広がるのを感じた。
(それで……)
次に彼女の意識が向いたのは透明なケースの中である。
(あの流れでどうして小学生の彼が選ばれたんだろう?)
高橋には笠原があっという間に青ざめていくのが見えた。さらにはその周りにいる子供たちと二瓶も青ざめていた。
(やっぱり自分とか知り合いに似ている子だと、辛いよね)
ただでさえこの後まずまずの確率でグロテスクなことが起こる。そこに入っているのが近しい誰かや自分だと想像してしまうのは無理もないことである。
(あっちの男の子たちもポカンとしてる……、向こうの女の子たちも何か泣きそう……)
高橋は再びケースに注意を向けた。
長岡は蒼白な顔をして座り込んでおり、口を大きく開けて動く気配もない。突然長岡の下半身が持ち上げると、その股座から赤黒い粘性のある液体と共にピンク色の太い紐――直腸が現れて、ゆっくり、ゆっくりと体外に引き出され、その先に現れた赤い筒に沿って周回し、痙攣し、時折腹の中で何かに引っかかってテンションがかかり、外れ、その様を長岡は焦点の定まらない瞳で見つめ、ちぎれた腸間膜のぶら下がった空腸が出てきて、ひときわ強く張ったと思うと長岡の体がビク、と動き、十二指腸までが筒に巻き取られてクルクルと数度回った。
モニターの中でニニィが顔を前に突き出し、上目遣いとなった。
「Pouvez-vous me les donner? S'il vous plait. À plus!」
そして、最後に何かを告げて姿を消した。
長岡の死体が入ったケースが床に沈み切り、参加者の体に自由が戻ると、途端にそこら中で嘔吐が始まった。同時に参加者たちは次々に姿を消していく。
(気持ち悪かった……)
高橋は未だ立ち上がれずに胸を抑えてゆっくりと息を吸った。
二瓶は隣で吐いている渡辺の背中をさすりながら、自分も吐きそうになるのを手で口を押えて我慢しようとしている。しかし指の隙間から吐物が漏れて、床にポタポタと垂れている。田辺が胸を抑えて四つん這いになっており、その背中を見かねた鰐部が撫で擦っている。
(早く部屋に戻ってアニメの続き、見ないと……)
高橋は分かっていた。たとえ彼らに手を差し伸べたところで、自分が生き残る確率が上がるわけではない。つまり、自分に得はない。明日死ぬかもしれないのだから、野口の言うように限られた時間は自分のために使わなくてはならない、と。
(あ……、別に座りながらでも『カードキー』使えばいいんだ……)
彼女はスマホをポケットから取り出し、何度か触った。彼女が自分の部屋に戻る前の一瞬、そのひと際臭う集団の中でべたりと座り込み、天井を虚ろな視線を向けている笠原の姿が見えた。
**
今日の犠牲者 長岡陸
一番大事な人 母
業間休み中に何となく席を立てず教科書の先を読んでいたところをニニィにアブられる。将来の夢はホームレス。自分の生まれ育ちと才能では千載一遇の機会がない限りどうあっても上級国民になれないことを自覚しており、だったら元の取れない年金を払う必要もなく、介護奴隷になることもない道を、とすでに考えていた(軽犯罪法違反)。幸いなことに彼は賢くかつ健康であったが、何かあってホームレスになれなかったら自殺する予定だった。よもまつ。
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