第24話 呪え(3)

 『優ぅ! 開け! 開けぇぇ!』

 明るい部屋の中に流れるその音はややくぐもっており、机に備え付けられたいくつものタブレットの1つから発せられたものであった。画面に映されたオーディオスペクトラムは音に合わせて上下している。それらを眺めているのは――松葉だ。


 『出せ! 出せ!』

 画面から悲痛な叫び声に混ざって重く硬いものが勢いよく壁にぶつかる音が流れている。

 『誰か! 出してぇ!』

 松葉は薄っぺらい笑みを顔に貼り付けたままそれ――10日目に錯乱した長堂の有様を聞いていた。彼女の部屋には盗聴器が仕掛けられていた。


 『優! 優! 優ぅ!』

 長堂が弟を想う慟哭を松葉は表情を変えることなく聞いていたが、やがて目を逸らすと棚からノートを取り出しパラパラとめくり、あるページで手を止めた。

 そこには癖があるも楷書に近い手書きの文字で、彼から見た今日の話し合いの子細が記録されていた。松葉の目がその上をなぞるように動いていく。


 「うん、彼女は処分決定。20日目が妥当ですね」

 松葉は独り、言葉を口から出した。


 すぐ、他の画面の波形にも動きがあった。

 松葉は指を伸ばしこれまで聞いていた音声を停止すると、動きのあったタブレットの音量を上げた。

 『でもさ、今日はウチらのグループから犠牲者が出なくて良かったよね』

 『う、うん、そうだね、紅梨夢ちゃん』

 『明莉ちゃん、明日どんな恰好していく?』

 『私? えっと、おしゃれとかはよく分からないからどうしようかな、って』


 中津と丸橋の会話は不自然に途切れた。松葉は画面に目だけを向けている。


 『あ、紅梨夢ちゃん……髪型少し変えた?』

 『あ、分かる? そうなの。明日、これで行くから』


 理由はこれだった。夜、わざわざ中津が丸橋の部屋を訪れたのはこのためだった。そうでなければ「7SUP」でメッセージのやり取りをすれば済む話である。


 『それで、明日何時くらいに広間に行く?』

 『えっと、さっき究君が言ったみたいに朝ごはんの少し後がいいかな? この間、早く行ったらおじいさん……佐野さんと2人きりになって気まずかったんだ』


 タブレットに反射する松葉の顔は何も変化していない。画像が貼りつけられているように映っている。


 『じゃあ、8時くらい……適当に8時12分でいい?』

 『うん、大丈夫だよ』


 2人の会話に松葉がこれと言った反応をしないまま時間が過ぎていく。

 しばらくして、また別のタブレットに波形が表示された。彼は素早く操作して音の出所を変えた。


 『あの、私……何して……、ここはどこ?』

 流れてきたのは谷本のしわがれた当惑気味の声だった。松葉の眉がわずかに上がった。

 『ねえ、お父さん、どこにいるの? ここ、どこ? あれ?』

 それきり音はしない。しかし、松葉はその画面から目を逸らさず、じっと見ている。


 『……そうだったわ』

 少ししてから流れた悲痛な声を確認すると、松葉はつけている腕時計を一瞥し、手元のノートに何かを書きこんだ。

 『どうして……? 私、どうしてここにいるの? ねえど――』

 松葉はその声に作り笑いを浮かべたままその音を切り、別のタブレットの音量を上げた。


 『やー今日の宴会もダルかったぁー。なあ?』

 『マジね。ダルかった、カルカッタ……って、ヤバいヤバい完全に宴会モード抜けてない!』

 『隼クンお疲れ?』

 『かも。祐司クン、これオフレコにしてくれね? このまま高校に戻ったら恥ずかしすぎるし』

 酒気にあてられた橋爪と小嶋の会話は筒抜けとなっている。松葉は他のモニターに目を向けていながらも、まだ手を動かしていない。


 『するに決まってるっしょ! で、これからどうする? 二次会する?』

 『あー……。今日、もしかしたらちょい疲れたかも』

 『あ、俺も。じゃ今日はなしで』

 『うん、じゃ、お疲れ』

 『お疲れー』

 彼らのやりとりが途切れると雑音が始まり、すぐに静かになった。


 『明日、何色にするよ?』

 小嶋の自問の後に答えはなかった。代わりに足音がどんどんと小さくなっていった。



 松葉が参加者の部屋に仕掛けた盗聴器は彼に様々な情報をもたらしている。その汚染の範囲は、仮に松葉の動きを警戒していたとしても、知ることは難しい。彼だけが設置したわけではない。


 恐ろしいのは例え当人がどんなに目を光らせていても、同じグループのメンバーに隙があれば無駄になってしまうことである。いくら注意を促しても全員がその通りにするとは限らない。余計なアレンジや油断、そしてそれをひた隠しにされれば盗聴器は自分の存在を隠し通すことができてしまう。


 このゲームの参加者と顔なじみ同士なら、性格や長所短所を考慮して危険因子を排除することもできた。しかし、相手の人となりが分かるまで待っていたらメンバーを集めることができなかった。頭数を揃えるために、リーダーたちは獅子身中の虫を覚悟でやらなければならなかった。

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