第24話 呪え(2)
ガヤガヤと大音量で野太い声が飛び交い、煙草の煙が照明から差す光を濁らせている時田の部屋の中で、高邑はビールを飲みながらぼんやりとステージ上を眺めていた。そこでは連日連夜の飲み会が開かれていた。
高邑の近くに座っている田名網と加藤も焦点の定まらない視線でステージ上と、時々手元のグラスを見ているだけであった。3人とも口が上手いわけでもないから会話が弾むこともない。後方から時田の野太い声がした。
「おい野口、お前すげぇな! お前の作戦通りじゃねえかよぉ」
(まただ……)
仕事柄通りの良い時田の声は高邑に聞くつもりがなくとも勝手に聞こえてきた。一度意識が向いてしまえば大して声量のない野口が「いや大したことないっすよ!」と返事をしたのも自然と耳に入った。
(酒が入る前からもう何度同じ話をしているんだ……)
高邑はグラスの泡が少しずつ消えていくのが目に入った。隣の田名網が箸で酒盗をつついている。
「お前が言ったように今日、坪根が犠牲になったじゃねえか。これで俺らまた有利になっただろ?」
「そっすね」
背後から届く声のボリュームと煙草の臭いは比例している。高邑は不意に時田が一度に何本も煙草を咥えている姿を想像してしまった。
「あれ、どうやったん?」
「あれっすよ。俺ら以外にも坪根を狙っていた、……っていうか嫌っていた人が結構いた気がしたんですよ」
この質問も宴会の前に時田がしていたが、野口は答えをはぐらかしていた。それなら酒が入って機嫌がよくなれば口を割るかもしれない、ということはない。野口は未成年である。時田にとって、自分が酔えば当然そのとき相手も酔っているということは当然のこととなっている。
(……よく当てられたよな。野口君)
高邑は不思議に思っている。彼らは翌日の投票先を全員ですり合わせるが、野口の提案したものは中々の確率で上手くいっている。宴会に参加しているメンバー全員で同じ人に票を入れれば当然の結果のように思えるが、それでも他の投票者と被っていなければ簡単に入らない。
(話し合いのときに坪根さん……の名前出ていなかったのに)
「で、明日は別宮が狙い目なんだろ? 普通に可愛いだけなのに、あれ、女に嫌われているんだ?」
「やっぱそんな感じじゃないっすかね。そろそろ嫉妬が溜まっているみたいっす」
「そういうのどうやって分かるんだ? 俺は勉強していないからなぁ。高卒だし、高校の頃も遊んでばっかりで……」
そうは言っても時田の声は彼が懐かしさを覚えており、無学を誇りに思っていると分かるものであった。素面の野口には容易に理解できた。
「いや、学校の勉強なんてあれっすよ、社会に出てから役に立たないし。それより、俺の提案を聞いてくれる時田さんたちの懐の広さっす。……あ、火、要ります?」
「おう、気が利くな!」
高邑はますますヤニ臭くなった背後から意識を逸らそうとビールを飲み干した。
(俺たちは人を殺す算段をしている。そうしなければ生きられない。でも……、相手や死に対して敬意は払うべきだ、と思う。みんなを明るくすることと、ふざけてこのゲームに参加することは全くの別物じゃないか?)
グラスの底に泡が薄く溜まっていく。彼は「ににぉろふ」を起動した。
「生中、あっ」
田名網と加藤のグラスも空に近くなっている。高邑が彼らに目で「どうします」と尋ねると「あ、お願いします」と返ってきた。
「3つね」
いつの間にか台上には小嶋が上がっていて、ちょうど芸を始めるところであった。
「次ぃ、あるあるモノマネやりまーす!」
嶋が片手を挙げると観衆は野次を飛ばした。
「はい、『ずっと雨で外に行けなかった犬が久しぶりの晴れの日に散歩に連れて行ってもらいハイテンション……だが、いつもと散歩のコースが違っていて、だんだん動物病院に向かっていることに気づくときのやつ』」
「タイトルで全部説明しているじゃないかよ!」
中川が即座に大声で突っ込みを入れると笑いが起こる。その笑いが静まるのを待って、小嶋は始めた。
「あ、今日は晴れだ。久しぶりに散歩に連れて行ってもらえるぞー」
若干棒読みの台詞はカクついた動きと妙にマッチしている。
「リードも付けたし、ガチャン、玄関が開いた」
しかし、台詞は犬のはずなのに小嶋が玄関のドアを開ける仕草をするものだから、飼い主の役なのか犬の役なのか分からない。
「わーいわーい、あれ、この道こっちに曲がるんだっけ? まあいいか。久しぶりで忘れているんだな。わーい。あ、今度はこっちっすか。あ、こっち?」
次に彼は指を左右に向けて隣にいる誰かと会話をするそぶりを見せた。犬の立場なのに仕草が人間のものだからぐちゃぐちゃである。
「あれ、さっきから何か思い出し……って、って!」
大声とともに小嶋は目と口を大きく開き、決め顔をステージ下に見せた。
「行かない! 踏ん張る! 行かない!」
引きつ引かれつのパントマイムを何度か行った最後に彼は「うあぁぁー」と間延びした声を上げムーンウォークをして舞台端に捌けていった。と思わせて、止まらず、台から落ちそうになって――。
「ハイッ!」
器械体操の決めポーズで今度こそ芸を終わらせると時田の部屋に大きな拍手が起こった。
(小嶋君はいつも面白いなあ)
高邑はこれに満足していた。
「かーらーのー?」
濃い焼酎の入った中川が突然声に出す。
「えっ」
「かーらーのー?」
小嶋はうつむくと強く眉間に皺を寄せ、両のこめかみを片手で挟み考え込んだ。しかし、悠長にしている余裕はない。数秒後、顔を上げた。
「からの、……どーぶつびょーいん! ……びょいーん」
彼の出した答えは台詞に合わせて跳ねる、だった。誰もリアクションを取らない。いたたまれなくなった小嶋は叫んだ。
「って何すかこれぇ!」
皆、爆笑した。何だかんだウケを取ることができていた。
(よく分からないけれども、面白いなあ)
高邑は目尻に浮かんだ涙を指先で拭った。
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