第23話 呪うな(4)

 「あー、三角が一番多い感じ?」

 野口が無意識の内に呟いた。その顔には不満よりも当惑が現れている。他の多くの参加者にとっても予想外であった。


 (長堂が優勢に見えたが……、トリックを使ったのか? それとも……)

 柘植はその他大勢に混ざりながら観察する。野口がようやく悔しがりだし、長堂がチラチラとどこかに目をやり、松葉や吉野は特に何かがあったという顔はしておらず、時田と中川は目の前を睨んでいる。


 水鳥は咳払いをすると「これで決まりましたね」と言った。

 「広間の半分は誰かが一定時間占有できて、その予約はここに置かれたホワイトボードに記入する。せっかくですから今使った物をそのまま使いましょう」


 「……まあ、決まったならみんなそうした方がいいな。じゃあ、次はどうする?」

 野口が引きつった笑いを浮かべた。ようやく彼に仕切り役が戻った。


 しかし、時が来ればモニターが現れる。ニニィはバスケットから色とりどりの毛皮を取り出すと、ばさりと払った。

 「Es ist Zeit zu wählen!」


 その毛皮に包み込まれたような暗い世界の中でそれぞれが、先の投票のような杜撰さのない匿名で、自分の意思に従ってスマホを操作し、やがて毛皮が取り払われると参加者の視線は円の中央にある透明なケースに向けられていた。その中には坪根恵美がいた。

 「Sie ist das Opfer von heute.」





 (ああ、今日はあの人なの)

 岩倉は退屈なニュースを見るようにただ思った。それでも傍から悲しく怯えて見えるよう、彼女は目を伏して体を縮めていた。黒いジャンパースカートがその印象を一層強くしている。


 (初日に面白い格好をしていた……坪根さん、だっけ? 今まで会った中でもダントツだったなぁ)

 岩倉の印象はそれだけである。道に生えていた雑草と同じで無理に覚える必要もなければあってもなくてもどちらでも良い存在である。坪根から内心どんなに憎まれていても、岩倉にとっては嫌悪や恐怖の対象ではなかった。


 ニニィがバスケットからガラスの靴を取り出すと足元に落とした。

 ケースの中の坪根は恨みがましい目で水鳥のいる辺りを見ながら何かを叫んでいるようであるが、音は聞こえない。坪根の目が大きく開くと同時に顎と喉元が不規則に動き始め、座り込み、腹をさすって、体内で何かが起きているらしくもケースの外からは何もわからず、倒れ込み、芋虫のように体を蠕動して、四肢が不自然に脈動しながら貧乏くさい服から覗く汚い皮膚が白く、赤黒く行進し、最後に口と鼻から赤黒いドロドロをわずかに覗かせながら何度か痙攣して、止まった。


 「Ich frage mich, welche Sprache ich morgen sprechen soll. Tschüss.」

 最後にニニィは何かを言い残して姿を消した。明かりが戻ると気の弱い参加者が耐え切れずに床に吐き始めた。多少青白い顔をしながら参加者は自分の部屋に戻っていった。


 岩倉の脳内で坪根に関する情報はすでに「不要」のフォルダに仕舞われていた。




**



今日の犠牲者 坪根恵美

一番大事な人 従叔母


 醜さは吉野と並ぶくらい。吉野が生で見る腐乱死体だったら、彼女は2Kで見る腐乱死体って感じ。坪根が何でもひがむのは努力が足りないと言ってしまえばそれまでだけど、子供の頃から小さなことで成功体験を積むことが許された人と一色単にしてはいけないと思う。同じことをしても顔次第で褒められ具合やけなされ具合が違うのだから。しかし、傍からすればそれは自由な話である。RPGで能力も成長率も低いキャラをパーティーから外すのと同じ。外されれば経験値が入らないから尚更成長しないという悪循環。そこら辺を無償でフォローするのはやはり保護者だろう。やっぱり育ちって大事。

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