第23話 呪うな(1)

 「うん。殺そう」

 日高は天啓を得たように感じた。なぜ今まで気が付かなかったのかと思わず声を出して笑いたくなるくらいだった。朝食を食べに二瓶の部屋に行く前のことであった。


 「僕は、このゲームを生き延びます。それから、父親と母親を殺します」

 他に誰もいない部屋で日高は自分に向かって宣誓した。声に出すことで、彼は体の芯から温かいものが溢れてくるのを感じた。自然と笑顔になる。


 (そうだよ。人生は一度きり。どうして僕が、大人になるまで、ううん、大人になってからもずっと、あいつらの思うままになって生きなければならないんだ?)

 日高は無意味に椅子を傾けては戻した。馬鹿なことをやっていると自分で思いながらも、今だけはそうしていてもいいと自分に許可を出していた。


 彼の両親は毒親である。例を挙げれば枚挙に暇がないが、思い通りにならなければ全否定、暴力とヒステリー、ポジティブな感情を彼に向けることはなく、全て日高が悪いことになる。そういう類の生物である。


 (後悔しないように生きる。それが人間だ。生き残るために他の犠牲は当然だ。やらなければやられる。ここで学んだんだ)

 日高はアルコールが入っているわけでもないのに、うっとりと目を閉じて頭を左右に揺らし始めた。この12日の間、毎日強烈な刺激を浴び続けたことで、日高の洗脳は解けていた。

 (どうやって殺そう? ニニィがやっているみたいなのは無理だし、安全なのは、寝込みを襲うことだよねー。一撃で仕留めて、片方を殺しているときにもう片方が起きたら、死ぬ。だから)

 彼の頬は勝手に笑みを漏らしていく。どこにでもいる子供が、幸せそうに、安心して。

 (調べよう。家にある人を殺せる道具と人間の急所)


 (それから、殺した後は、隠すのは無理だよねー。いつバレるか分からないままでいるのも、僕には無理だ)

 日高は冷静に自分の性格を分析していた。面白いくらいに勢いよく頭に血が流れていく。

 (うん、少年法がある。捕まっても名前が知られることもない。世間から保護される。それで、きちんとした食事と、勉強と、寝床付き。出所するときも名前を変えて、新しい人生を歩める。本当に様様だよ)

 彼は満足して頷いた。子猫がじゃれているのを見るような優しい表情であった。


 (あれ、もしかして……少年法って、子供がああいう親を殺してやり直すために作られているんじゃない? あいつらみたいなのを法律で規制できないからさ、その抜け道的な感じで)

 (それに、殺す前よりも、殺した後の方が色々な……人権派の人たちが助けてくれる。殺す前は助けてくれないのに。不思議。ふふっ)

 日高はようやく目を開けると、テーブルの唯一置かれている目立つ物――スマホに向かって笑いかけた。


 「貯金も遺産もー期待できないー」

 日高は軽快な節を付けて歌い始めた。普段歌を口ずさむことなど全くと言っていいほどないのに、心の中からメロディーが自然に湧き出てきた。

 「家のことはー家のことー、何をされてもー助けてくれないー。介護―扶養―大人になる前に殺そー、しょうねんほー、しょうねんほー」


 (僕、人を2人殺したら、罪の意識とかそういうの、どれくらい感じるかな? ああいうのでも、一応人間だし、僕、そういうの思い始めたら長くなるからなー)

 彼は腕を組んで上を向いた。クリスマスプレゼントに何が欲しいか迷っているような楽しさを全身で表している。最も、日高はクリスマスも誕生日も祝ったことはないが。


 (うーん……。宗教、なのかな? ずっと昔から殺人はあるし、その罪悪感とか悩みとかを解決してくれるのは。今もどこかで誰かが飢えて、虐殺されているけれど、僕、罪悪感ないし。間接的だから? そうかも。この間掃除当番忘れたときは申し訳なかったし。あれの何倍もクるなら、耐えられるかな?)

 自分のメンタルを心配しているようで、その実待ち遠しくてたまらないようにしか見えない。ただ冷静に自分が生き辛くなる少しの可能性について検討しているだけである。


 (でも、僕が生きるにはそうする以外ない。僕を助けられるのは僕しかいない。少年院は、仕方ない。何だっけ? えーっと、近所のタケ兄ちゃんがやった……あ、ロンダリングだ。うん。そうだよ、これは僕の人生ロンダリングだ)

 日高はその言葉にこれからの全てが詰まっていると確信した。彼はやがて訪れる晴れやかな春の門出に心を躍らせると先までの和やかな様子から一転して、大人びた落ち着きを見せた。


 (そのためには、まず、このゲームで死なないことだよね。生きる。僕を助けられるのは僕しかいない。笠原先生も二瓶……先生も、いい人だけど、ギリギリのときになったら、自分を優先するよね。だから、僕も切り札を隠しておかないと)

 彼は自分の持つ武器は何だろうかと考える。なければ作るのもいい。全てを前向きに感じる。犠牲者の末路もそんなに怖くない。

 (ああ、生きているって素晴らしい。僕はずっと、死んでいた。殺されていたんだ)

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