第22話 奪え(4)
深夜、水鳥はベッドに腰を掛けて今後の戦略を考えていた。すでに3人もメンバーが死んでしまった。2人は自業自得と思われても仕方がないところがあったが、今日犠牲になった本村に関しては話し合いの場で名指しされていなければこれと言って目立った行動も取っていなかった。
(どこの組織票だ? 事前に情報は流れてこなかった)
腕組みをする姿は絵になっているが、そうやって改めて考えても答えの出るものではない。彼は気分を切り替えるために水を飲もうとペットボトルに手を伸ばした。「7SUP」にメッセージが届いた。
(柘植?)
差出人は水鳥の見慣れない名前であった。
(8日目に死にかけた彼か)
それは水鳥にとってただ怪しいだけのものであったが、彼はそれを躊躇なく開いた。
『重要な話があります。今から1時間の間だけ部屋でお待ちしています』
水鳥はその文章の真意を読み取ろうと再び考え出した。
(具体的な内容が書かれていない。部屋に呼ぶのは2人きりで話したいからか? 何人かで待ち伏せをしているのか? 彼が誰かと組んでいると報告はないし、見たこともない。大体リスキーだ。僕に何かあったらメンバーが黙っていない。それが分からない人ではない)
8日目の話し合いを思い返す。水鳥は柘植のことをただの馬鹿だとは思えなかった。
(このメッセージを送ること自体危険だ。それを承知で送ってきた。グループに所属していない人が何故?)
(……この話にはそれだけの価値がある)
水鳥はそう判断するや否や柘植に入室申請を送った。
「お待ちしていました」
次に水鳥の前にあったのはほとんどデフォルトのままのリビングであった。声が聞こえた方には柘植が座っていた。彼は水鳥と目が合うと立ち上がり、不慣れな笑顔を作って手を差し出した。
(他には誰もいない)
水鳥は素早く部屋の中に目を走らせるとすぐに柘植の握手に応じた。
「ええ。それで、話というのは何でしょう?」
柘植は先ほど彼が座っていた位置の対面の椅子を勧めると、腰を掛けて水鳥が座るのを待った。水鳥はごく自然に友好的な表情を作ってそれに応じ、真っ直ぐ柘植を見た。
「率直に言いましょう。水鳥さん、あなたにとって必須といえる情報をお伝えします。その代わりに私と瑞葉に殺す人の票が集まらないようにしてほしい。その情報とは――」
柘植が矢継ぎ早に説明する。水鳥の表情は変わらない。合意が取れていないのに話が進んでいく。
「このゲームの参加者も、参加者の誰かの一番大事な人になり得る、ということです」
「……それは、本当ですか?」
水鳥はマイルドに驚く演技をかぶせて、ほんの一瞬だけ驚いたことを隠した。彼もそのことを考えなかったわけではないが、それをこう呼び出してまで伝えられたことで推量の度合いが断定に近くなった。そして、柘植が自分で自分の首を絞めているように水鳥には見えた。
「事実です。私が嘘をついても読み取れるでしょう?」
柘植は微笑んだままである。
「それほどでもありませんよ」
(嘘をつく訓練をした人には見えないし、僕が全く気付けないとも思えない。この話が事実なら僕が一番危険だ)
「ああ、ここでの話は3人だけの秘密でお願いします。要は、瑞葉の一番大事な人は私です。つまり、この話が事実だと知っているのは私たちの他に水鳥さんだけですね」
さらに柘植は命とりともとれる発言をする。水鳥からしたら瑞葉に票を集中させれば生き残る確率が高まるだけだ。
「何故そんなに大事なことを教えてくれるんですか? 柘植さんと瑞葉ちゃんにとって危険ですよ」
水鳥は丁寧に微笑みながら指摘する。あくまで理屈上の話で、自分がそれをするつもりなど全くないと言わんばかりである。
「単純に、信用されるためですよ。まあ、一応保険もかけてありますが。それに――」
柘植も水鳥の気遣いが杞憂であるように対応していたが、やおら空気が変わった。彼は水鳥の目をはっきりと見ると、笑顔の仮面を外した。
「水鳥さんに話さず他のグループに話していれば、そうですね、あと5日もすれば、ほぼ確実に水鳥さんは死んでいましたよね。つまり、今、私たちに借りができたわけです」
(ああ、そういうことか)
水鳥は理解した。柘植の言っていることが事実であるからであった。
「一番大事な人は、ここに来てから変わることがある」
「ええ。そういうことです」
柘植がにこやかに正解と伝えた。今までの無理に作った笑顔ではなく、自然なものであった。
「僕が、誰かに助けられたままでは気が済まない性格だと把握している」
水鳥は笑顔を崩していない。完全に演技している。
「ええ」
(なるほど)
水鳥はこの男があの日運よく生き残ったわけではないと気が付いた。同時に、彼がこの事実を伝える相手を適当に選んだわけではないとも分かった。
(彼の思った通りに話が進むのは気が乗らないけれども、レールを敷かれている気はしない。……僕が自然と考える通りに道が敷かれているからか)
水鳥はゆっくりと瞬きをすると、微笑みを絶やさずに頷いた。
「約束しましょう」
「助かりました」
柘植は立ち上がると水鳥に右手を差し出して、両者は先ほどよりも強く握手を交わした。味方でも協力関係でもないが、決して敵にはならない。お互いに得をするだけの関係である。多少なりとも心強いのだろう。何せ、彼らはある意味似た境遇である。
「それじゃ、僕はこれで」
水鳥が自分のスマホを取り出した。
「ええ」
「ところで――」
水鳥は部屋に戻る直前にある興味が湧いた。その質問を柘植は先読みして、やや苛立った様子で答えた。
「ああ、それは誰にも分からない、瑞葉自身も知りません。それから、差別をする気はありませんが、私はロリコンでも男色でもありませんから」
(嘘はついていない)
水鳥は素早く見抜いた。
(つまり彼は、打算を基に僕を選んだということだ。あの子と一緒にいるのも同じ理由だろう)
水鳥が「それでは」と軽妙に告げてからスマホをタップすると、次に彼の目に映ったのは見慣れた部屋と初日よりも数の減った多くの椅子であった。
**
呼ばれ方
実は参加者たちの持っているスマホはユーザーの呼称を変更することができる。○○さんは当然として、ご主人様、ご主人サマ、先輩、センパイ、せんぱい、お父さん、ダーリン、だーりん、お姉さま、おねえさま、先生、せんせ、センセイ、お前、お前さん、などなど。参加者たちが気付くことは絶対にないであろうお遊び機能。え? 一部同じ? そこはほら、上手に発音を変えてそれっぽくしてよ。中でも兄呼ばわりをしてほしいときの選択肢はやけに豊富で、お兄ちゃん、お兄ちゃま、あにぃ、お兄様、おにいたま、兄上様、にいさま、アニキ、兄くん、兄君さま、兄チャマ、兄や、あんちゃんと13パターンもある。製作者のこだわりが分かるね。
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