第22話 奪え(2)

 君島の部屋にはデフォルトの家具の他に急ごしらえで配置した事務机やホワイトボードが置かれており、何人かの男女がどこか暗い影を顔に落として椅子に座っていた。皆、身体的には健康である。昨日までに何かがあったとしても寝て起きれば体は治っている。だが、精神的なダメージは完全に癒えていない。

 影山の亡き後、次のリーダーとなったのは君島である。彼の部屋が影山の部屋よりも閑散としているのはそこにいる人数が減ったことも勿論、参加者の資料やネームラベル付きのチェスの駒など今まで使っていた物が不足しているためでもあった。影山の部屋に保管してあったそれらは彼の死と同時に回収することができなくなった。死人の部屋に入ることはできない。


 「しかし、野口さんの提案は厄介です」

 君島は深く考え込むような目で全員を見渡した。影山が欠けた影響はこのミーティングにも現れている。口数が少なくなっている。今まで影山と君島の2人で上手く話を回していたがもはやそれは不可能である。


 代わりに言葉を受けたのは松葉であった。

 「君島さんの言う通りです」

 彼は今までと変わらず薄い笑いを浮かべながら話を前に進めた。

 「明るく振る舞うだけでも心理的抵抗が大きいはずなのに、その振る舞い方も彼らの都合で決められてしまうでしょう。さらにできなければノリが悪い、空気が読めないとそう……ルサンチマンでレッテルを貼られます」


 部屋の中で最も暗い顔をした長堂が分かり易く目を泳がせた。それを見た藤田が得意気に口を開いた。

 「ルサンチマンというのは、弱者の持つ強者に対する鬱屈した負の感情のことです。憎悪、怨恨、嫉妬、憤怒などですね」

 彼の解説に長堂は「ああ、あれのことか」と心の中で呟いた。同様に、別宮や若林もほっと息をついた。彼らもまたその単語の意味を分かっていなかった。

 「つまり、私たちは中流階級以上で仕事も学校もそれなりのランクですから、その下の人たちにとって妬みの対象となるわけですね」


 藤田の言葉はその部屋にいた全員に大なり小なり心当たりがあるものであった。自分が実力で成果を出すと途端に足を引っ張る某が、いったい今までどこにいたのかと不思議になるくらいにいつの間にか出現する。恐ろしいことにその攻撃は一方的で、何故か周囲からは正当化されるものであり、さらには思い込みであっても許されてしまう。狂気である。

 さらにその理由が某らにとって実利を得るためならまだしも、単に心の平穏を保つためのみの場合も大いにある。つまり弱者が一時の快のために強者に害を与えるのは当然の権利であるとそこかしこで不文律となっているのである。


 「同じように振る舞わないのは僕たちを馬鹿にしているからだ、とでも言えば容易に操作できますね」

 藤田が言い終わると部屋の中に冷気がつつーっと流れた。室温はコントロールされているはずなのに、これから過去の努力や成長が理不尽にも自分の首を絞めることになる、つまり死ぬことになる。そう思うと別宮はどこかから狙われているような恐怖を覚えずにはいられなかった。


 「要するにこれからのことですが」

 君島が静かに会話を戻した。

 「私たちは必要以上に目立たないようにするべきです。ただそれでは無抵抗のまま殺されるだけですから――」

 全員の視線が君島に集まる。ここでのミーティングもまた投票前の話し合いのように自分の生死を左右する。話し合いの場でこのグループが主導権を握れるようにするのと同じく、ここでは自分が生存できる確率を極力高くするための行動が求められる。何せ表向きはここで決めた方針に従って立ち回る必要がある。ましてこのグループは一枚岩ではないためにそれが一層複雑になる。

 「松葉さん、今まで通り私と松葉さんが表に出るというのはいかがでしょう? あの享楽主義の流れを上手く逸らしていき、以前の風潮に戻していくのが有利でしょう」


 「待って下さい」

 松葉が片手を低く挙げた。メンバーの視線は否応なしに彼の方に向けられる。

 「むしろその流れのまま積極的に主導権を握りに行くべきでしょう?」


 真っ先に反応したのは猪鹿倉だった。刺すように「あまり複雑な提案をすれば余計に反感を買います」と言い放った。

 彼女がそうしたのはそう思っていたからというよりも、松葉の好きにさせれば自分たちは碌な目に遭わないと分かっているからであり、かつ影山に代わって松葉の抑制役として機能しようとするためであった。


 「ええ。ですからどのレベルでも受け入れ易いことと言えば――」

 しかし、松葉には何の効果もなかった。彼はすでに想定していた。無機質な視線が彼の味方の一人に向けられた。

 「長堂さん、あなたが適任ではないでしょうか」

 長堂は大きく目を見開いたが、すぐに唇をぎゅっと結ぶと松葉の両眼をしっかりと見つめた。

 「何を……すればいいの?」


 君島たちと松葉たち、それから藤田たちの3チーム間のバランスは初日とは違う。外崎が死んだことで2人だけとなった藤田と仁木、影山と関口の死で発言力や影響力を大きく削がれた君島たち、人数こそ変わらずとも個々人はメンタルに傷を抱えている松葉たち……。何がきっかけで彼らのパワーバランスが変わるのか、それによって何が起こるのか、つまり誰が死ぬことになるのか、その答えを導くためにそれぞれが必死で動いている。

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