第22話 奪え(1)

 野口の部屋には似た年恰好のメンバーが集まって床に座っており、それぞれが好き勝手に「ににぉろふ」で取り出した夕飯を食べていた。近年のヒットソングが重低音を強調させながらスピーカーからやかましく流れており、その振動ですぐ近くのポスターが細かく揺れていた。

 彼らは空腹を満たすためにこれと言った話をすることもなく食事に集中していたが、何曲目かが終わったタイミングで野口が再生を止めるとメンバーは箸を動かさなくなった。そして静かになった原因を探そうと顔を持ち上げ、すぐに全員の視線が野口に集まった。


 「いやマジ完璧だったって!」

 野口は笑みをこぼすと割り箸を高く持ち上げてクイッと動かした。

 「今日、俺ら輝いていた。話し合いも思った通りに行ったし……」

 どこか余韻を持たせると彼は頬を緩め大きく息を吸い、その空気を吐いた。フウ―、と音が聞こえる他に何も起こらない。時間が流れる。


 「颯真クンの狙い通り本村、だっけ?」

 沈黙に我慢できず橋爪が今日の成果を付け加えた。

 「スナイプ成功したし、やっぱ颯真クン天才じゃね?」


 「いや、俺フツーだって。運が良かっただけよ」

 口でそうは言っても野口のテンションはやけに高い。何せこのゲームが始まる前にはやりたくてもやれなかったことである。

 「それにさ、やっぱ人生、エンジョイしないとだし」


 野口が左にいる三石に視線を向けると、彼はバスケットボールを転がす片手を止めて顔を上げた。

 「そうだよな。マジで明日あの虎王クンみたいになることもワンチャンあるし……。まあ虎王クンは目立ち過ぎていたってのもあるから、やっぱ少しくらい自粛? しつつもじゃね?」

 三石は言い終わると丼の中身をかき込み出した。特段これという反応を求めることも賛同を求めることもなく、会話は途切れる。最も誰も反対しないのは、彼らが濱崎は死んでも仕方がないと内心思っていることを裏付けていた。


 「あの虎王クンと言えばさ、大希クン、大丈夫?」

 竹崎が森本に話を振った。全員の視線が集まる。森本は素早く瞬きをした。

「あ、大丈夫っす。逆にちょっと怖かったですし」

 怖かったとマイルドな言葉で誤魔化されていたが、本当のところ森本が濱崎をそれ以上に疎ましく思っていたことは確かである。その証拠に彼の手元にある丼はすでに空となっていた。いつもと変わらない量をいつもより早く食べ終えていた。


 (結構フォローしてもらっていたと思うけど……)

 竹崎は森本の笑顔にうすら寒いものを感じ、思わず視線を逸らした。

 (何とも思っていなかったのか)


 「で、話戻すけどさ」

 野口が再度注目を集めるとメンバーの意識は一気に濱崎から離れた。

 「残りの生活をエンジョイするにはさ、現状青春が足りないと思うわけよ。そこら辺、これからイベントとかで上手くやっていこうと思うんだけど」

 野口は勿体ぶって紙パックの紅茶に口をつけると、それをゆっくりと床に戻した。

 「水鳥クン、1人だけ女子に囲まれてズルくね? で、俺らに自慢して見せびらかしてさ、的な?」

 その冗談めいた言葉は一同の笑いを誘った。誰もがまともに受け取らず口々にしょうもない陰口を叩いていく。

 しかし、そこにいるほとんどは心の底で水鳥を妬ましく疎ましく思っている。自分自身は気が付いていないが彼らの目の奥は笑っていない。何しろ自分にない物をいくつも持っている同世代が自分と同じスタートラインに立っていたと思ったらあっという間に置いていかれたと思い込んでいるのである。


 (いや女とかどうでもいいだろ! やっぱ硬く引き締まった……)

 もちろん違う事を考えている人もいる。


 第一、四六時中カメラの前で演技をしている水鳥と勝負しようとするのが無謀な話である。それは単にルックスの問題ではなく人間としての魅力の話であって、彼らがそれを高める努力をしたのかということであり、そもそもの話、彼らはグループを作るときに自分から異性に声をかけていない。それら全ての事実を見ないことにして都合のよい事柄だけを勘定に入れているだけである。


 やがて陰口が尽きると竹崎はなるべく野口と視線を合わせないようにしつつぼそりと呟いた。

 「でもさ、なんかフツーに女の子死なせたのカワイソじゃね? 別に本村、だっけ? が、悪いわけじゃないし」

 しかしその声は彼の思っていた以上に響いた。

 「あと、ほら、どっちかって言うと有り寄りのあれ、だったような……」

 竹崎は途端に勢いのない声で言葉を濁した。見た目がどちらかと言えばかわいい方だった、と明確に口にしなかったのは自分の美的センスを疑われるのを恐れたのか、化粧の下が想定外だった時の保険なのか、ともかくそれらしい理由を取ってつけていた。


 「あー……」

 野口が天井に目を向けた。何か考えていようなその仕草を竹崎たちが見守る。

 「確かに湊斗クンの説もワンチャンある、的な?」


 「まあ、ほら、結局あれじゃん? あれ」

 竹崎は自分の焦りを突かれないように漠然とした言葉を上を向いたままの野口に返す。幸いにも他のメンバーの視線も野口の方へ向いている。


 (これ、俺、完全に主人公だよな! 突然巻き込まれたデスゲームに地頭で勝利していく、年齢や立場も関係ない実力勝負の世界! 味方に頼られまくり! おっさんは手伝ってくれているし、あとはヒロインがいれば正解の択っしょ! てことで……)

 「じゃさぁー……」

 そう言うと野口は前に向き直った。得意げな笑顔であった。

 「明日は、水鳥ハーレムの中で一番エグい顔面しているあいつにしない?」

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