第21話 奪うな(4)

 小野は部活で鍛えた足腰の力が抜けてさぁっと血の気が引くのを感じた。

 (これ、もし自分が投票先になっていても……分からなかった……)


 彼は自分が同年代の野口に何となく乗せられていたと気が付いた。

 (反論もできずに……死んでいた……)

 ケース越しに野口たちが隠し切れないにやつきを浮かべているのを目にしながら、小野は胸の中に苦く燃えるものを見つけた。彼らのやり方が真っ向から騙すのではなく遠回しに、善意の振りをして害をなすように思えたからであった。


 (でも僕には事前に知ることも、大勢をまとめることも、できない……。目を付けられたら殺される)

 小野は透明なケースに入っている本村の姿が一瞬自分自身のように見えてしまった。大きな背中全体に冷気が広がり頭の毛が持ち上がる。

 (違う。あれは僕じゃない)


 「it’s time to execute her!」

 ニニィの流暢な英語が広間に通った。

 本村は蒼白な顔に驚きを浮かべてケース中央に棒立ちしていたが、その場にペタンと座り込んだ。表情は変わらず、その左腕は体の横に投げ出されており、右腕が腹の上で小さく上下していたが、その右腕が持ち上がって、口を開けて、その中に潜りだして、左腕がそれを取り出そうと弱々しい力を振り絞って、右腕がどんどん奥へ進んで、右肩が外れて、口唇が青紫色になって、両脚が2度踏ん張りを利かせたかと思うとだらんと脱力し、左腕が胸の上に落ちて、ふうっと首が後ろに傾いた。


 「See you all tomorrow!」

 ニニィがシルクハットを脱いでお辞儀をすると透明なケースが床に沈み始める。いつの間にかモニターも消えていた。


 参加者たちは自分の部屋に戻っていく。小野には目の端に映る誰もが心なしか浮足立っているように見えた。

 (今日野口くんが選ばれなかったってことは、賛成の人が多かったってことだ)




**



今日の犠牲者 本村雅美

一番大事な人 母


 ニニィにアブられる前は3直明けで、朝日を浴びながら家に帰って寝るところであった。お金を貯めるだけ貯めて、その都度男性アイドルのコンサートを見に行くのが生き甲斐。特定のアイドルに肩入れするわけでもなく、基本的には流行に乗っかって応援するアイドルをどんどんと変えるタイプで、自宅のアパートには歴代のアイドルのグッズが所狭しと飾られている。「完全に忘れ去るわけではないのでただのミーハーとは違う」というのが本人の弁。思い出の詰まった数々の(燃えやすい)グッズのために積極的に火の用心の夜回りに参加していた。火をナメていると本当に大惨事になりかねないよ。

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