第21話 奪うな(2)

 広間にはほぼ全ての参加者が集まっていた。いつもと違う時間に集まっているせいか、ほぼ円形に並べられているブロック群の近くに全員がいないせいか、どうにもざわついている。

 話し声がそこかしこから聞こえる。話題は昨日の出来事、とりわけ自分たちが部屋に戻された後のことであり、参加者の表情にはそのパニックの跡が残っている。次第にその音は減少し、完全に静かになってから数十秒後、広間の明かりが弱まり天井近くに複数のモニターが現れた。


 「みんな、集まってくれてありがとうね」

 ニニィが現れた。昨日と比べて変わったところはない。参加者たちは口を開かない。衣擦れの音が次の言葉を待つ。ニニィが決心したように頷いた。

 「昨日は自分が間違っていたのに怒っちゃってごめんなさい。これからもよろしくね。それから、ルールなんだけどね――」

 ニニィの頬に紅潮のマークが現れる。

 「その……恥ずかしいから、キス以上はダメってことにします。ちゃんとルールブックにも反映したからね。じゃあまた後でね」

 そう言い残してニニィは映っていたモニターとともに消えた。広間が明るくなった。


 「おい! ふざけんなよ!」

 中川が拳を振り上げて大袈裟に吠えた。その声に気の弱い何人かがビクッと反応したが、それだけだ。


 「『ににぅらぐ』使わないとっす」

 畚野が自分のスマホで「ににぅらぐ」を立ち上げると、中川の前に差し出した。他の参加者も質問をぶつけるために、あるいは「ルールブック」の変更を確認するためにそれぞれのスマホを操作し出した。

 「おい! おい!」

 中川が大声で怒鳴るが、スマホの中のニニィは反応するそぶりを見せない。モニターも出現しない。


 「影山さんと関口さんに謝りやがれってんですよ……」

 妹尾が弱くかすれた声を出した。他の何人もが思っていることであったが、自分から言い出すほどのことでもないと考えていた。


 広間の明かりが弱まる。モニターが現れる。

 『影山さんと関口さんに謝らないの?』

 モニターに質問がポップアップした。


 「もう謝ったよ」

 ニニィがさらりと言った。その態度にカチンと来た時田がモニターに向かって叫んだ。

 「悪いと思ってんならよぉ! 誠意見せろよ!」

 『何か補償はないの?』


 「ないよ。みんなはあの2人に養われていたわけじゃないよね?」

 ニニィの答えはシンプルだった。ニニィは片頬に人差し指を当てると、首をかしげた。

 「それに、あの2人が死んだ方がみんなには得、だよね」


 参加者たちは言い返せなかった。事実だ。このゲームでは他人が死ぬことが、自分が生き残るために必須である。同じグループのメンバーも何も言えない。もはや誰もが知っていることでも、全員知らない振りをしている。集団でこのゲームに臨んでいると公表するようなことはできない。つまり、彼らの死で自分たちが不利益を被ったとは口に出せない。


 次に口を開いたのは仁多見だった。

 「ねえ、間違っちゃったなら、中止にしようよ」

 『このゲームは続くの?』


 「続けるよ。当たり前でしょ」

 ニニィの返事にわずかの期待を持っていた何人かが落胆の音を出した。


 「おかしいだろ!」

 「失敗したならもう終わりでいいだろ!」

 「お願い! 助けてよ!」


 「ねえ、ニニィの失敗にかこつけて関係ない要求を通そうとしても無駄だよ。そういうのさもしいと思わないのかな? 人としてどうなの? よくないよ」

 異常なシチュエーションであっても論理的に判断すればニニィの言うことは最もである。しかしそれを感情的に理解できるのか、理解できても納得できるのかは別問題であった。


 「……」

 しかし、参加者たちは押し黙ってしまった。大勢で喚けばもしかしたらニニィにも誤魔化しが効いたかもしれない。だが、リスクとリターンを抜きにしても誰も次の言葉を継げなかった。憎々しげに、不安げに、冷静に、モニターの中のニニィに目を向けている。


 「それじゃ今日のゲームが始まるまで、またね。質問があったら『ににぅらぐ』を使ってね」

 ニニィは今度こそそう言い残すとモニターとともにその姿を消した。つられるように次々と参加者たちは広間から姿を消していく。大半にとってわざわざ残り続ける理由はない。それ以外もこのまま残り続ければ不気味に思われると分かっていた。



 柘植は自分の部屋に戻ると流れるように洗面所へ向かった。

 (確かにルールは書き換えられていた。私たちが生き残るのに少しは有利になったというくらいか。私も瑞葉も色仕掛けで誰かを動かすことはできない。……そもそも不利になったのは数人か)


 考えながらも彼は半ば自動的に今まで着ていた服を脱ぎ、脱衣籠に放り込む。それからすぐそばに用意してある同じものに手を伸ばした。目を一瞬離した隙に脱衣籠の中は空になっていた。

 (盗聴器は仕掛けられていない。誰かが服に忍ばせていたらここに残っている)


 (キス以上をルール違反にした理由……。ただ人数が増えるからという理由はもはや成立していない。ニニィの言う通り恥ずかしいからというのも……にわかに信じがたい)

 柘植は着慣れたワイシャツのボタンをてきぱきと留めていく。

 (不都合……監視網に死角ができるのか? 脱出のきっかけができるのか? ゲームが成立しなくなる何かがあるのか? 考えても分からない。抜け道を探す時間があるなら真っ当にゲームを乗り切るのに使う方が適当だろう)


 ジャケットを素早く羽織り洗面所を出た彼は台所の椅子に腰を掛けた。瑞葉からの入室申請はまだ来ていない。

 (自分の失敗を覆い隠すため……ではない。先に謝っていたから。それならば、キス以上をルール違反にしたのは――)

 考えてもあまり意味がないと結論付けても気にならないわけではない。柘植は瑞葉との一話題にできるくらいには時間をかけようとそのまま続けた。

 (――見たくないから、か? それならば、何故?)

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