透明な殺人鬼ゲーム 第3章 Mors certa, hora incerta.

Kバイン

第21話 奪うな(1)

第1章、第2章は別のページにあります。「小説」から

「透明な殺人鬼ゲーム 第1章、第2章」を選んでください。



 (彼はまだ、子供だったのに……。中学生だったのに……)

 笠原は床に正座をして水墨画をじいっと見つめていた。「ににぉろふ」を使って初日に取り出したその画は彼の自宅にあるものと全てが同じである。画の中の松の木は荒々しい岩肌から迫り出しており、その合間を縫うようにして静かに滝が流れている。


 (俺たちはなんてことをしてしまったんだ……)

 彼の脳内を占めているのは中学校の校長としての立場上、濱崎のことであった。


 (どんなにガラが悪く見えても、……実際に悪事を働いていたとしても、彼は子供だった。大人が、社会が、正しい道を歩ませることができたはずだった……)

 笠原はうつむいて視線を水墨画から逸らし、拳を床に叩きつけた。ドン、と鈍い音が返ってきて彼の拳はじわじわと痛み出した。

 当然彼は数々の未成年犯罪者が出所してからも再犯に手を染めることを知っている。しかし、それでも更正する者がいるのだから、その労力は無駄ではないと固く信じていた。


 (それに、彼女も高校生だ……)

 笠原は再び水墨画に視線を戻した。教え子の中に雰囲気の似た子が何人もいたことを思い出し、彼は奥歯を強く噛みしめた。

 関口の死は彼が予想して防ぐことのできたものではない。彼自身もそのことをはっきりと理解している。


 (どうにか、できなかったのか……)

 それでも、目の前で起こったことなのだから何かできることがあったはずだ、と笠原は強く自分を責め続ける。そうすることで間接的にせよ自分が子供を殺したという罪を償うことができるかのように。何もこのゲームだけの話ではないのに。


 彼は深く呼吸をしてスッと立ち上がるとその場から動かずにうつむいた。足元のカーペットは毛羽立ちもせず新品同様で、笠原が座っていたところだけほんの少し凹んでいる。見ているうちにそこは自然に元のように戻った。

 「俺はいつまで迷っているんだ……」


 (取捨する、したんだ! 昨日はただ、単に3人死んだだけだ! 子供であろうが仲間でなければ……なければ……敵だ!)

 笠原は強く自分に言い聞かせる。今までは決意したつもりに過ぎなかったと自分の甘さを責め立てる。

 「このままでは俺の子供たちまで殺されてしまう……」


 (この世界で、この世界だからこそ子供には平等に公平に接するべきだと俺は思っていたが……)

 彼は松の葉の一葉一葉を紐解くように見つめながらここで会った子供たちの姿を思い返していった。初日にモニターを見るときの不安げな様子、このゲームが現実と判明したときの絶望的な表情、誰かの死を見たときの戦慄した有様、自分を騙そうとする白々しい顔、すがりつくような子供たちの目線……。

 (そうだ。俺の子供たちだけを守る。他はどうなっても、いい)


 笠原はゆっくりと水墨画から目を逸らした。

 (そうだ! 正しい! だから俺の子供たちは誰も死んでいない! 全員生きている。昨日あんなことがあっても無事だった。他に望むことはない!)

 彼は奥歯を噛みしめた。壁紙の模様が妙に鮮明に見えていた。





 柘植と瑞葉のスマホが同時に振動したのは彼らが岩倉常治、つまり岩倉の父に関する資料を読んでいたときであった。柘植は目を上げるとそこに表示されていた通知をちらりと見て眉間に皺を寄せた。


 「『ににぅらぐ』の差出人がニニィだ」

 柘植がスマホを手に取り瑞葉の方を見ると、すでに彼女は自分のスマホに届いた通知を柘植に見えるように向けていた。

 「ありがとう、瑞葉。見てみよう」

 柘植にお礼を言われた瑞葉は喜びのオーラを放つと一緒に画面が見えるようにずいずいと柘植に近寄っていく。


 『ニニィです。昨日はごめんね。きちんと謝りたいので10時に広場に集まってください』

 表示されているニニィの絵は普段と異なり、掌を合わせて頭を下げている。


 「大体30分後か……。瑞葉のも……同じだね。行こう」

 (ニニィは何者だ?)

 もう何度か考えたことであるが、柘植はこの新たな手がかりを元に再度考え直してみることにした。


 「瑞葉、聞いてくれ。ニニィは一見AIのように決まったパターンで動いている風に見える。しかしあのリアクションはどうにも性格が、知性があるように思える。極めつけは昨日の件だ」

 柘植は説明しながら瑞葉の言葉にしない反応を観察し、彼女が考えていることを推量していく。


 「もうああいうことはないと思うから、安心していいだろう。それで、ニニィは自分の無知を責められて逆ギレした。私たちは強制的に各々の部屋に戻されてスマホや部屋の機能がダウンした。その後復旧したが『ににぅらぐ』で質問ができなくなっていた。……今もか」


 瑞葉はメモ帳にさらさらと自分の意見を書くと、柘植に見せた。

 『ニニィは人間だと思いますか?』


 「分からない。瑞葉も……同じか」

 柘植が正解した証拠に瑞葉が喜んでいる。柘植に当ててもらったことと柘植と意見が一致したことが嬉しいのである。昨日の今日で変なスイッチが入りっ放しになっていると柘植は思った。元々その傾向は十分すぎるくらいにあったが。

 「感情があるように思える。一個人としての性格が言動に反映されている。それも織り込み済みのAIはあってもおかしくないが、声量や声調が自然すぎるし、この謝るという行動が人間に見えて仕方がない」

 柘植は口元に手をやって眉間に皺を寄せた。考えて分かるものではないし分かってもこのゲームで有利になるとは思わないが、気になることには変わりない。


 「それでも、人間離れしたところが諸々にある。外部のシステムか何かで補助しているだろうが。これくらいだ。残りの時間、岩倉常治の資料を少しでも片付けていこう」

 柘植はそう言うと一部をぼかしたまま元の作業に戻った。瑞葉が特に気にする様子もなく作業を始めたのを横目で確認して柘植は少しほっとした。

 (人間が子供を成す具体的な方法を知らなかったのはあまりにも不自然だ。わざとやっていたのか? 全て演技で台本通りなのか?)

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