第7話 試練Another Side~蒼河~
神官の唱える
目の前は白く煙っている。
これは、霧……?
こんなにも深い霧を今まで見たことが無い。ひんやりとした空気がまとわりつく。
「ヒスイ! 柴!」
声をかけてみるが、返事はない。
目を凝らしてみても霧が深すぎて何も見えない。あたり一面の白。
すうっと大きな深呼吸をし、蒼河は感覚を研ぎ澄ます。目をつむり
自分を中心にソナーのように魔法が展開し、辺りの様子を伺う。
ヒスイと柴は、先ほどの祝福の
そして、自分を含める三人以外に敵意のある何かがうごめいていること。
この気配が何なのかまでは分からない。ただ感じるのは、自分たちを囲むように周りに何かいることと、それらに敵意があること。
敵が何なのか分からないうえに、霧が深い。
蒼河はいつ飛び掛かられても大丈夫なように、
これでしばらくは大丈夫なはずだ。
防御魔法をかけて数分、霧が徐々に晴れてくる。ヒスイと柴が自分のすぐ横で、呪いを受けた時の跪いた形のまま動いていないのが見て取れた。声をかけてみるが反応はやはりない。
徐々に霧が晴れ、敵意の正体が判明する。
蛇だ。
無数の蛇が魔法で作った防御壁の向こうでザワザワとうごめいている。
蛇は水で出来ているようで、透明な身体に光が反射し動くたびにキラキラと光る。
蒼河は魔法に精通していた。
天空族は腕力が弱いかわりに魔道を極めている一族である。その中でも蒼河は幼少より魔力が強く、自身も勤勉でのめり込み気質のため魔術を覚えるのが楽しくて仕方がなく、あれよあれよと言う間に天空族一の使い手となっていた。
しかし、そんな蒼河でも水の蛇など文献ですら読んだことがない。
もし防御壁が破られたら、動かない二人を守りながらこの数を相手に戦えるか?
何が効くか分からないが、展開している防御壁にも
今までに実験的に五種類までの魔法を同時に発動させたことはあるが、流石に魔力がすぐに尽きてしまうので、実戦には向いていない。
どうなるか分からない今は、魔力の消費を抑えておきたいところだ。また、敵の出方を見ておきたいというのもあり、攻撃力がある中で魔力の消費が少ないものを選び展開する。
水の蛇は上手く凍り、地面からせりあがった尖った土の槍で粉々に砕け散る。
「なんとか、うまく行ったか」
ホッとしたのも束の間、続々と水の蛇が湧いてくる。
何度か氷魔法と土槍魔法を展開するも、このままではジリ貧になるのは目に見えている。間もなく防御壁も消える頃だ。
蒼河は
その瞬間、パキン!と最初に築いた防御壁がはじけ、地面以外のすべての方位から水の蛇が一斉に三人に襲い掛かってきた。
持っている魔法力の半分を一気に失う極大魔法は、一瞬で見える範囲のすべてを焼き尽くした。
一掃できたか?
二人には傷ひとつ付けずパラスに帰すのが自分の役割だとばかりに、動かない二人を守るように蒼河は注意深くあたりを見回した。
まばたきをした覚えはない。
ほんの一瞬。
蒼河の目の前に先ほどの蛇の群れが全部ひとつになったのではないかと思えるほどの、巨大な水の蛇が出現した。
この大きさは、流石にひとりで凌げるか?
蒼河はもう一度極大魔法を放つために身構える。
「お前は何を求めるか」
「!!?」
「お前は何を求めるか」
どうやら、目の前の大蛇から声が響いている。音と言うよりも脳内に直接響くような声。まさか、これが聞いていた試練というものなのだろうか。
答えあぐねていると、再び声が響いた。
「お前は何を求めるか」
「私は、ここにいるヒスイの
警戒しながら、返事をしてみる。
「呪いを解いてどうする」
この大蛇がトークの森の主という答えを期待したが、その質問には答えてくれないようだ。先ほどまであった殺気は感じられない。
蒼河は警戒を少し解く。
「呪いを解いてどうするかは、ヒスイの選ぶことだ。私は安全にこの二人をパラスまで戻すことが使命。己がどうなろうと、ただ全力で護るのみ」
「なるほど」
大蛇の口元がニヤリと笑ったように見えた。
刹那、大蛇の口から舌がものすごい勢いで放たれ、蒼河の頬をかすめヒスイの防御壁に当たる。
その攻撃は何とか防ぐことができたものの、ヒスイの防御壁はその意味を失った。
次の攻撃が来る。
防御魔法を発動する時間はない。蒼河は身を挺してヒスイを守る。
「痛っ!」
蒼河の右肩に舌が貫通したが、何とかヒスイまで届かずに済んだ。自分が不甲斐ないせいで、守るべき対象を危険に晒してしまったことに腹が立つ。
この敵を排除しなければ。
蒼河のスイッチが入ってしまった。蒼河は自身の胸のあたりで一気に魔力を集め、大蛇に放つ。
「
先ほどのように広範囲に展開するのではなく、圧縮した魔力を目の前の敵に圧縮してぶつける。
ジュワっという音と共に、蛇は蒸発するがすぐに元に戻ってしまった。サイズは先ほどより一回り小ぶりになったような気もする。
「
続けて、自身の従えている獣魔を呼び出す。
この場所がどこなのか分からないが、使役している獣魔は時空の裂け目からどこからでも蒼河の元に呼びだされてくる。
「キュルキュルキュル」
黒い毛並みの、ひとつ目の一角獣が姿を現す。
この獣魔は雷属性で魔力を保存する能力があるため、普段は蒼河の肩に乗せることで魔力を貯めておく保管庫となっている。
獣魔が傷ついた蒼河の肩に乗り、その傷を癒すと同時に貯めていた魔力を
研ぎ澄まされた魔術は発動も早い。
防御壁を張りつつ、同時に極大魔法の展開をはじめる。
「私と
覚悟を決め、三回目の極大魔法を放つ。
先ほどと同じように、蛇は蒸発したがすぐに元に戻ってしまう。
獣魔を召喚したことで魔力が尽きるまでにはまだ余裕はあるが、いつまでこれを繰り返すことになるのか。
再度、魔力を込めたところで声が響く。
「お前の覚悟は良く分かった。私の元へ来るがよい」
その声が響いたと思った瞬間に、蒼河の足元から水柱が噴出した。
包み込まれるように上がった水柱が消滅すると、何もないただ真っ白な空間に蒼河は立っていた。
ヒスイと柴は見当たらない。
肩の獣魔がキュルキュルと甘えるように、自身の角をこすりつけている。
目の前には、取って付けたような階段と少し開きかけた扉があった。
入ってこいと言っているように。
蒼河はそうするのが正しいのだろうと思い、扉をくぐった。
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