第8話 試練Another Side~柴~

 皇牙族の柴は、とにかく耳が良い。

 直系ではないものの、血は濃い方なので他の同族よりも音を拾う。先ほどまで聞いていたまじないの声が小さくなり、聞こえなくなった。


 儀式というものはあまり受けたことがなく、どうしていいかわからない。

 しばらくすると、自分以外の二人が立ち上がる気配がしたので自分もと身体を動かそうとしたが、身体が動かない。

 まるで石になっているかのようだ。

 意識を気配に向けると、目は開いていないし首もあげられないのに不思議と周りの様子が映像として脳内に流れ込んでくる。


 蒼河とヒスイが自分をのぞき込み、慌てている様子が見て取れる。


俺は大丈夫だ!


 と言いたいのだが、残念ながら声は出ない。

 何とかこの呪縛から逃れたいが、術が分からない。


 辺りは真っ白に霧で覆われているようだ。

 石のような体は周りの温度を感じ取ることができないが、ヒスイの様子を見るに霧で少し寒いのだろうか。


 何とか動かそうともがくこと数分。


 柴は、後方から殺気を感じ取った。有難いことに、振り向けないが意識を向けると後方の様子も見ることが出来るようだ。

 蒼河とヒスイは……まだこの殺気に気づいていない。


 二人に危険を知らせないと!何で俺、こんなところで固まってるんだよ!


 とにかく気合いで何とか呪縛を解こうとするが、全く動かない。

 蒼河とヒスイに何とか気付いてもらえるように念を飛ばしてみる。


「危ない!!!」


 長年腐れ縁の蒼河には気持ちが届いたようで、蒼河は振り向くと同時に土属性の防御魔法で一帯に防御壁バリアを展開する。

 柴は、蒼河の魔法展開の速さに感心しながらも、今すぐの脅威に対応できたことにホッとため息をついた。


 霧が晴れ視界がはっきりするにつれ、周辺の様子が分かってきた。どうやら、ここは森の中のようだ。昨夜、神官から聞いたトークの森に似ているように思う。

 暗い森の奥からは、何かがうごめいているのが見える。殺気は相変わらず感じるが、今は後方からだけでなく全方位から感じる。ぐるりと取り囲まれているようだ。


ちくしょう、一体どれだけの数いやがるんだ?


 動けない柴は心の中で毒づく。どうすれば現状を打破できるのかを考えるが思い浮ばない。

 長考するのは苦手だ。しかし、支援をと思っても何も出来ない。


何なんだよ、この「おあずけ」感は!!!


 今すぐにでも飛び出して、謎の殺気の正体を探りに行きたいのに動けない。行動派の自分が動けない状況など今まで考えたことがなかった。何とか動けないか試行錯誤はするものの、今のところ無駄な努力だ。

 そうこうしている間に、殺意の正体が判明する。

 森の中から、無数の狼が姿を現した。透明な水で形どられた狼たちが、蒼河の作った防御癖の外から今にも襲い掛かろうとしている。

 キラキラと光に照らされ輝きを放つその群れは、数えられないほどになっている。


 パチン!

 防御癖は時間制限リミットを迎え、はじけ飛ぶ。

 待っていましたとばかりに、水狼は一気に蒼河とヒスイに襲い掛かる。


 蒼河はヒスイを守りながら、何とか魔法を駆使して戦っているが数が多すぎる。柴はなぜ自分は動けないのかと憤るが、どう頑張っても動くことはできない。


危ない!


 そう思った時、蒼河の片腕が持って行かれる。

 ちぎれ飛んだように見えたがそこは蒼河、何とか紙一重でかわせたようだ。だが、えぐれた腕はみるみる鮮血に染まり、それを見たヒスイが悲鳴を上げる。

 柴は、そろそろ体力も魔力も限界が近そうな蒼河をただ見ているだけの自分に腹が立った。


こんな時に何もできないなんて、俺は何をしているんだ!

クソッ!魔法でも何でも発動しやがれ!


 半ばヤケクソで、柴は唯一操れる風属性の魔法の中から風魔法ブラストを無意識で発動した。

 魔法が展開し、近い範囲の敵がはじけ飛ぶ。


これなら、何とかいける!


 柴自身はどちらかといえば体力重視型で、魔法力も多くないため魔法を使って戦ったことがほとんどない。

 まさか生きている間にこんなピンチが襲ってくるとは思っていなかったが、念のためと魔法狂いの蒼河に言われてひとつでも属性魔法を覚えておいて良かったと思う。


 風回復魔法ウインドヒールを続けて展開し、蒼河の血を止める。


 回復魔法ももっとしっかりと覚えておけばよかったと後悔するが、血止め程度でも出来ないよりはマシである。

 魔法力が少ない自分には、出来ることが限られている。魔法が使えるのはあと二回が限度だ。

 まずは、蒼河とヒスイを小範囲の防御魔法である風防御壁ストームシールドでガードし、敵の攻撃から守る。

  続いて自分が出来る中でも攻撃力の高い竜巻魔法トルネードを展開、周囲の水狼を散らす。思ったよりも効果があったようで、広範囲にわたり水狼がはじけ飛ぶ。


 少しでも時間稼ぎが出来れば、蒼河は自力で回復できる。問題はヒスイだ。

 彼女が戦えるとは到底思えない。


魔法力は尽きた、どうする?


 考える時間が欲しかったが、敵はすぐに狼を形どり襲い掛かってくる。今度はヒスイに向かって一斉に飛び掛かってきた。

 回復魔法を発動させたばかりの蒼河の動きが一瞬遅れた。


二人がやられる!それは絶対嫌だ!


 柴は全身の神経を集中させると、夢中でヒスイと蒼河の前に立ちはだかった。

 その姿は、真っ白な獣の姿をしている。

 柴は自分が転変したことに気づいていない。そもそも、獣の姿になれると知らなかった。太古の一族は転変できたと聞いたことはあるが、自分にその能力があるとは思わなかった。

 とにかく動けた。

 二人を守ることに集中し、襲ってくる水狼を次々と倒していく。


 ふと二人を見ると、今度は蒼河とヒスイが石のように固まっているように見えた。自分の呪縛が二人に移ったのだろうか?

 とにかく二人を守る!とばかりに柴が咆哮をあげると、いきなり水狼の群れがひとつとなり巨大な水狼へと変貌した。


 どんな敵でも構わないと、立ち向かおうとした瞬間。


「お前は何を求めるか」


 巨大な水狼が言葉を発する。

 頭の中に直接響いてくるようだ。


「お前は何を求めるか」


 柴はどうしたものかと、一瞬迷う。


まさか、これが聞いていた試練だったのか?


 そう思えば何となく納得はできなくはない。攻撃が止んだことを考えると、もう試練は終わったのか。


「俺は、ヒスイのまじないを解きに来た」


「呪いを解いて、どうする」


「どうするかはヒスイが決める事だ。俺は蒼河とヒスイを守りパラスへ無事に帰すことが使命なんだよ。俺はどうなってもいいから、二人を見逃してくれ」


 返事はない。柴が攻撃態勢を解除すると元の人型に戻る。そのままその場にひれ伏す。


「頼む、二人は見逃してください」


 転変の影響もあり体力は相当削られている。この先攻撃されたら二人を確実に守れるかどうか。

 これが試練なら、自分以外の二人には助かってもらいたい。そう思っての行動だった。


「その覚悟、見届けた」


 そう言ったのを聞いた瞬間、柴の周りから水が噴き出した。

 攻撃されたと思い身構えたが、気付けば真っ白な空間に転移させられている。

 蒼河とヒスイの姿はない。


ここは何だ?


 目の前には、取って付けたような階段と少し開きかけた扉があった。

 入ってこいと言っているように。


 どうしたものかと思案するが、考えるのは苦手である。

 柴はごくっと唾を飲み込み、覚悟を決めて扉をくぐった。

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