第2話 最果ての街パラス
ピィィィィィィィーーーー
合図が鳴った。
この音は、天空族が緊急を告げる時に出す音だ。
柴は走った。
皇牙族の自分ですら砂で埋もれたこの地はとても走りにくい。自分の街から半径百キロを天と地からパトロールするのは街の者の日課である。
しかし、緊急の音を聞くことはまれで、百年に一度あるかないかくらいの事だった。
音の聞こえた方へ走っていくと、パトロール範囲内ギリギリの空に浮かび遠くを見つめる友人の姿を見つけた。
「蒼河ーーー!!」
名前を呼ぶと、蒼河はそのままの姿勢で答える。
「柴、向こうの方に何かないか? かすかなんだがいつもと景色が違う」
「そうか?」
そんなことでわざわざ緊急の合図を出したのか……。そう思いながらも自分もその方向を見てみる。そう言われてみれば、五日前に自分たちの番でこの辺りを見たときと景色が違う。
砂ばかりで、景色が変わらないはずのこの地。砂の動きも熟知している。しかし、いつもと何かが違う。なるほど、緊急事態だと納得する。
「見に行くのか?」
柴はためらいながら聞いた。
街の者に許されている外出範囲は半径百キロだけだった。勿論例外もあるのだが、長老の許しが必要なのだ。
「報告義務があるわけだし、確認しないわけにはいかないだろう?
緊急時は必ずパートナーと行動を共にすること、それが掟だからな。行くぞ」
そう言うと、蒼河は目標に向かって飛び立った。
まあ、そうなんだけどさ……。
心の中でぼそっとつぶやいて、柴は蒼河の後を追った。
「うそだろ?」
そう言うしかなかった。
そこにはどう見ても人間の、しかも子どもの姿があったからだ。柴は信じられないと言う顔でその場に突っ立ったまま動けない。
「こんな所に、どうして……?」
そう言いながら、蒼河はその人間の子どもに触れてみる。かすかだが呼吸があった。
この地で、人間の…しかも子どもが生きているなんて、あり得ない。
信じられないが、今の現状を受け入れて最前の方法を導くのは年長者である自分の務めだ。
どうする?人間を街に入れて良いのだろうか?
考えはぐるぐると巡るが、たどり着く答えはひとつしかない。
「街に連れて帰る。」
「ええ!!? 正気か、お前!人間を連れ帰るなんて。大体よそ者を街に入れるってことは、掟だと……。」
「柴! この子はまだ生きているんだぞ? このまま放っておけるのか?」
言いかけた柴の言葉を遮るように、蒼河は力強く言い放つとその子どもをおぶり街に向かって歩き出した。空を飛んでいきたいが、腕力の弱い天空族の自分ではこの子を抱え空を飛んで運んで落としたら元も子もない。生きているのだから。
かといって、乗り気でない柴に頼むわけにもいかない。
癒し魔法をかけながら進めば、なんとかなるはずだ。あとは自分との体力勝負である。
「無茶だよ、そのままじゃ街に着く前にその子もお前も死んじまう。俺が運ぶから。
お前が決めたことにいつも間違いがないのは一番俺が知ってる」
「街一番の俊足がそう言ってくれるなら、頼むしかないな。しかし、分かってるな?柴。
この子を見つけたのは私だ。お前は責任を持つ必要はないからな?」
「わかってるさ。」
そう言いながら、柴は軽々と子どもを背負い猛スピードで自分たちの街に向かって走り去った。
蒼河も大きな羽を広げその後を追った。
----------------------------------------------------
「どうしてそんなことをしたのだ!!」
どこかで誰かが話す声が聞こえてくる。
ぼんやりとした頭の中で記憶を探る。
──────そうだ、私はデクトに入ったんだっけ…。
怒られて当たり前だ、無茶をしたのだから。
・・・誰に・・・?
だんだんと頭がハッキリとしてくる。
そう、自分が誰に怒られているのか見当がつかない。自分をしかってくれる人なんてこの世にはいないはずである。
「自分の立場を考えて行動すべきではないのか!!」
大きな声が辺りに響き渡り、ヒスイははっと目を覚ました。
どうやら自分が怒られているのではなかったようだ。
辺りを見回してみるとそこは柔らかなベッドの中で、最後に自分の記憶にあった熱く乾いた砂の上とは天と地ほどの差があった。
もしかして、自分はあの砂漠には行かなかったのだろうか?それともここは、死んだ後にあるという世界なのか。訳が分からないまま、ベッドから降りてみる。
どうやら死んではいないようだ。
誰かが自分を見つけてどこかの街へ運んでくれたのだろうと思ったが、あの禁断の地から誰が見つけてくれるというのか。
分からない事が多すぎる。
「とにかく、誰かに聞いてみれば分かる、か」
声のする方へ歩いていき、そっと様子を探る。ドアの向こうから聞こえてくるのは、相変わらず怒鳴り声だけだ。
「どうして人間など連れて帰ってくるのだ? 人間など無駄な殺戮を好む野蛮で低俗な種族だ。連れ帰る前に報告をすべきではないか!」
「しかし父上。そのようなことをしていればあの子は死んでいたでしょう。種族に限らず命は尊ぶべきです。そう教えてくれたのは父上ではありませんか!」
「確かに命は誰の上にも平等であるべきだ。……しかし、人間は別なのだ」
明らかに自分のことで行われている口論のようだ。居ても立っても居られず、ヒスイはその場に飛び込んだ。
「ごめんなさい、私はすぐにこの町から出ていきますから!お願いですから、争わないでください」
顔を上げて、はじめて目の前の人物が明らかに自分と異なることに気付いた。
大きく突き出した獣のような耳、尾がある者や羽を生やした者もいる。見たことのない異形の姿を目の当たりにし、ヒスイはそれ以上言葉を続けられなくなってしまった。
やっぱり自分は死後の世界という所に来てしまったのだろうか……?いや、もしかするとまだ夢を見ているのかも知れない。
訳が分からなくて頭が真っ白になり、手足が勝手に震えてくる。
「目が覚めたのかい?」
その中の一人が声をかけて近づいてくる。声から察するにどうやら先ほど口論していたうちのひとりのようだ。
その男の風貌は人と余り変わらないが、耳が馬のようにとんがっている。更に肩の上には目が一つで黒くて毛むくじゃらの気味の悪い一角獣が乗っている。
男は恐怖に震えるヒスイを気遣うように、優しい声で問いかける。
「気分はどう? まだ、顔が青いようだけど……名前とか、分かる?」
そこには先ほど口論していたときのような激しさはなく、とても優しく暖かな声の響きがあった。
少し恐怖感は無くなったものの、気は許せない。
こわばった声でヒスイは続けた。
「助けてくれて有り難うございます。あの・・・、私のせいで争いになったみたいで・・・。
ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。・・・私・・・すぐにここから出ていきますから。
助けてくださったこと、本当に感謝しています。・・・それで、あのー・・・」
「聞いたか、蒼河! やはり人間という種族はこういう輩なのだ。恩義を感じているふりをして現実に理解できないことから逃げようとする!
その娘の顔を見てみろ! 見たことのない化け物とは関わりたくないとでも言わんばかりだ!」
語尾を遮るように、白い大きな羽根を生やした人物がまるでヒスイの心を見透かしたとでも言うように力強く言い放つ。
違います、と言いかけて、ヒスイは言葉を飲んだ。本当にそうではないと言い切れない。言いかけた言葉を飲み込んで、うつむく。
「父上、そんな言い方、この子が困ってしまうではありませんか。誰だって知らない種族を見たら畏縮してしまうものです。
ねえ? キミもまだ体力が回復していないんだから、すぐに街の外へ出すわけにはいかないんだ。
キミを助けた責任上、いいかげんなことは出来ないしさせる訳にもいかない。分かるね?」
先ほどの男──────蒼河と言ったか──────が話しかけてくる。
父上と呼んでいるのを聞く限り、親子なのだろう。あまり顔が似ているようには思えないが二人とも白く大きな羽が生えている。
すると、今までやりとりを黙って聞いていた大きな耳の少年がうつむいたままのヒスイを見て口をはさんでくる。
「俺らみたいなのとは、口も聞きたくねーってか? お嬢ちゃん?
蒼河は街の掟を分かっていて、それでも助けるべきだと思って助けたんだぞ? 自分の立場だって危ういってのに。なのにだんまり決め込むってのはどうかと思うぜ」
「柴! 子どもに向かってその口の利き方はないだろう?」
蒼河が喧嘩腰で話す少年──────柴に向かって一喝する。
「だってその子ども、黙りっぱなしだし、蒼河の気持ち分かってねーし」
ちょっとむくれて柴が言う。そのやりとりを見て、ヒスイの緊張がほぐれた。違う種族でも、人間と変わらない……そう思うと自然に笑みがこぼれる。
クスっと笑ったヒスイを見て柴は面白くねえ、とばかりに口をとがらす。
「ごめんなさい。私、なんであなた達を怖がっていたのかと思うとおかしくて…。
だって、あなたたち人間と変わらないじゃない。理不尽な事に腹を立てて怒ったり、拗ねてみたり。その上プライドが高くて思いこみが激しくて、古い風習に妙にこだわってみたり……違う?」
場にいた全員があまりにも大胆すぎる発言に絶句した。今この場にいる全員、特に蒼河の父親は、人間と同じ扱いをされることが大嫌いだ。
しかも、最後の一言、プライドが高くて思いこみが激しいとは、正に蒼河の父親にピッタリの言葉である。雷が落ちるのは必至だと蒼河と柴は身をすくめた。
しかし、意外にもその場に響いたのは大きな笑い声だった。
「ははは、面白い! 人間のしかも小娘がそんなことを言うとは思わなかった。人間にも色々いると言うことか。なるほど、大物だ。蒼河、お前の目は相当肥えているようだな。
娘よ、好きなだけここにいるが良い。儂はお前が気に入った!!」
思いもよらないその言葉に、蒼河と柴の二人はお互い目を見合わせるしかなかった。そんな中、大胆発言の張本人であるヒスイは真面目な顔で話し出した。
「あの……。そう言っていただけるのは嬉しいのですが、そう長居もできないんです。
実は、デクトを越えた先にある場所へ行きたいんです。
本当にあるかどうかも分からないけど、どうしても行かなくちゃならないんです!」
場に居た一同は揃って顔を見合わせる。真剣な顔のヒスイを見て、たまらず柴が吹き出した。
「真面目に話しているんです! そりゃ、こんな突拍子もない話を聞いたら私も笑っちゃうかも知れないけど…………」
「そうではないのだ、娘よ。この街がその場所なのだ。分かるか?」
蒼河の父親は少し笑いながらそう答えると、言葉の意味を理解できず首をかしげるヒスイの頭をぽんとやさしくたたいた。
「・・・ってことは、私はデクトを超えた地にいるってこと……?」
そう思えば目の前の人物達が自分と違う形態をしていることに少なからず納得がいく気がする。何故気がつかなかったのだろうか。
こんなにあっさりと願いが叶ってしまうなんて。
呆然と立ちつくすヒスイを見て、蒼河が手を差し出した。
「ようこそ、私達の街へ。ここは君たちの世界と私達の世界のちょうど境にあるパラスという街だ。私の名前は蒼河、この一角獣は雷獣のパル。よろしく」
パルと呼ばれた雷獣もキュルキュルと挨拶のように鳴き、蒼河の肩から顔を出す。差し出された手をおずおずと握り、握手を交わすと自分も自己紹介をする。
「私の名前はヒスイ。改めて、助けてくれてありがとう」
思わず二人の間に笑みがもれる。その場に取り残されてたまるものかと、柴が二人の間に割り込むようにして自己紹介をする。
「俺は柴。皇牙族の柴だ。よろしくな、えーと……ヒスイ」
ちょっとテレながら手を差し出す。そんな柴をみてクスリと笑うとヒスイはヨロシクと握手をかわした。
互いの自己紹介が終わったところで、蒼河の父親が声をかける。
「娘…いや、ヒスイと言ったか。どうしてこの街へ来たかったのだ?」
いきなり話を戻されて、和みムードに入りつつあったヒスイは気を引き締めるためにすうっとひとつ大きな深呼吸をした。
----------------------------------------------------
自分の過去は人にあまり知られたくない。実際人に話せる過去でもなかった。
ヒスイには記憶がない。ずっと自分一人で生きてきた。
勿論手をさしのべてくれる人もいたが、自分の素性を知ると恐れ次々と離れていった。
……忌まわしき呪いのせいで……。
何度も言うが、自分を見つけてくれた木こり夫婦や西国の魔女のような人は、本当に稀なのだ。
しかし、ようやく辿り着いたこの地であれば何とかなるはずである。
覚悟を決めてデクトに入ったのだから…せっかくのチャンスをみすみす逃すことは出来ない。
ヒスイはもう一度深呼吸をすると、手短に身の上を話し始めた。
「私は・・・私は、気がついた時からずっと一人で……記憶があるのは、森の中の洞窟で目が覚めたと言う所からです。それ以来、かれこれ二百年以上、この姿のままで生きてきたんです。
呪われた子と追われ、街や町を転々としているときに出逢った占い師の最期の占いで…」
そこまで話して、ヒスイは少しためらった。命を懸けてこの地へ来た理由が占いのお告げだったと言えば、また笑われるかもしれない。
笑われなかったとしても、そんな方法がここで見つかるとも限らない。急に不安にかられる。
しかし、ここまで来てはもう後戻りが出来ない、と覚悟を決める。
「そう、ただの占いだけど…デクトを超えた先に私の呪いを解く鍵があると出たんです。藁にもすがる思いでここまで来たんです。私の身体を正常にもどす方法を……呪いを解く方法を教えて欲しいんです!!」
興奮で声が高くなったせいか、ヒスイはハアハアと少し呼吸を乱した。場にいる一人ひとりの顔を見比べる。全員少し考えた表情で黙ったままである。
しんとした場の空気に耐えられなくなって、たまらずヒスイは自分で答えを出してしまう。
「やっぱり解らないですよね、こんな変な身体を治す答えなんて……せっかくここまで来たのにヒントすら見つからないなんて……」
情けなくなって、最後は吐き出すようなつぶやきになっていく。こんな事、やはり知り合って間もない人に話すことでは無かったのだと後悔する。勝手に涙が頬を伝う。
そんな様子を見て蒼河の父親が口を開いた。
「そう言うわけではないのだ、ヒスイ。
この世界の住人達は魔法や呪術などを使う素質を持ってはいるが、自在に操れる者はそういない。せいぜい生活の一部に役立てる程度だ。
ましてや人間でそのような呪いを成功させるほどの術者などあり得ないのだ」
どういうことなのか、ヒスイには全く理解が出来ない。困惑しているヒスイに向かって蒼河が補足説明をした。
「
私たちの一族は気の遠くなるような時間を生きるが、人間はせいぜい七十年、相当生きても百年だ。 そんなに長い時間
だから呪いかどうかは解らない。
あとは、ヒスイが私達の一族と同じ血を引いている可能性も考えられるが……」
「それはないと思うぜ」
俺にもしゃべらせろよ、と言わんばかりに柴が横から口を挟み、所々確かめながら、自分たちの生体をヒスイに話す。
「確かに俺達神獣の血を引く一族は蒼河が言ったように長く時を生きるけど、俺達は一番若くて生命力が溢れている時期を長く生きるはずだろ?子どもでいる時間は短いから、百年以上も子どもであり続けることは絶対にありえないよな?
だから、ヒスイは俺達と同じ一族であるとは考えにくいと思うぜ。第一、特徴がないしな」
「特徴……?」
つぶやいたヒスイの言葉を聞き逃さなかった柴は、更に補足説明をしてくれる。
「そう、特徴。例えば俺のこの耳とか、蒼河や親父さんの翼。俺達は種族ごとに何らかの特徴があるんだ。その特徴に合った能力も持ってる。
ヒスイにはそれが無いだろ?人間と変わらない」
彼らの言うところの特徴とは、どうやら個々の持つ形態やそれを生かした能力のことを言うらしい。確かに、自分には空を飛べる翼も、遠くの変化に気づけそうな耳も持ち合わせていない。その上能力と呼べるような物は何一つ持っていない。あると言えば恐ろしく強い生命力と歳をとらない身体だけだ。
「結局……私の求めている答えはここに無いと言うこと……?」
諦めの言葉が溜息と共に洩れる。そんなヒスイの問いには誰からも答えが返ってこない。全員どうしたものかと考え込んでいる。
そんな空白の時間にヒスイが耐えられなくなった頃、蒼河の父親がぼそりとつぶやいた。
「トークの森の主ならあるいは……」
「そうか! あそこの主はここら一体では有数の魔力を持った獣皇の末裔。
呪術や魔法にも長けていると聞きます。何か分かるかもしれませんね、父上!」
にわかにその場が明るくなる。少しでも希望があるならそれに賭けてみたい。そこに行けば、何か分かるかもしれない。
「場所、その場所を教えてください!」
ヒスイは今すぐにでも飛んでいくとばかりに身を乗り出した。
「少し、落ち着けよ。」
柴がヒスイの肩に手をのせてそれを制すと蒼河の父親に目で合図を送った。それを見てうなずくと、蒼河の父親が口を開く。
「トークの森は広大で、しかも大きな力を持った獣やもののけが出る。そのうえ、獣皇の末裔の住んでいる場所は結界がある。
あの森に入るには相当能力に長けた者でないと生命に関わるだろう。しかも結界があるため、場所もハッキリとは言えん。危険な場所なのだ。そんな森へ行くと言うのか?」
確かめるようにもう一度ヒスイを見る。
「構いません。もう、この街に来る前から危険への覚悟は充分しています。どんなに年月が経ったって私の身体は簡単に歳をとらせてくれないし、簡単に死なせてくれません。
獣やもののけなんてものは恐怖でもなんでもないわ。
むしろこのまま……ずっとこの身体のまま、何人もの人の生き死にを見ていくことになるのが……そっちの方がもっと怖いもの。」
そんな未来を想像してヒスイは身震いする。
「お願いです、今すぐ場所を教えてください」
ヒスイの覚悟を決めた真剣な眼差しは、真っ直ぐ蒼河の父親へ向けられている。
この娘の気性を見るにそう言うであろうと思ってはいたが、躊躇一つしないとは。この森の恐ろしさを知らないからか、それとも死を怖がっていないからなのか。いや、そのどちらともか。
この娘を止めることなど誰にも出来ないのだ。
「そこまで言うのであれば、トークの森を教えよう。ただし、蒼河を連れて行くことが条件だ。
それを呑めないようであれば森の場所を教えることもこの街から出ていくことも許すことはできない。」
条件付きとは……自分の為に蒼河を危険な目に遭わせてしまうかもしれない。
それはヒスイにとって嬉しい反面、迷惑なことでもあった。
これ以上人に迷惑をかけるわけにはいかない、というよりも。むしろこれ以上関わり合いになりたくないというのが本音だった。自分の体質のせいで、一カ所に長く滞在できなかった今までの生活。仲良くなればなるほどに辛い別れが待っていることを誰よりも分かっていたからだ。
黙ってしまったヒスイに向かって柴が口を開く。
「お前なあ、また迷惑かけちまうとか考えてるだろ?ここまで関わらせておいて、それは無いんじゃあねえか?もう迷惑かけちまってんだよ、お前。蒼河にも蒼河の親父さんにも。
だったら迷惑かけついでに一緒に旅すりゃあ、良いことじゃねぇか。俺はそういうネガティブな発想を持ってるヤツは嫌いなんだよ、うじうじと考えたってしょうがないだろう?
だったら協力して貰って嬉しいくらい言ったらどうなんだ?」
「え……?」
あまりにも早口でまくし立てられた為、返す言葉が見つからない。何故そこまで言われなくてはいけないのか?腹が立ってくる。
「私だって文句言えるような立場じゃ無い事くらい分かりすぎるほど分かってる!!だけど、危険な森だと聞いて、自分のわがままで人を危険な目にあわせられないって思うから悩んでるんじゃない!!迷惑ついでに更に迷惑かけていいなんてそんな上等な図太い神経、あいにくと持ち合わせてないのよ!」
言い切って、はっと我に返る。命の恩人に向かってこの言いぐさはないだろうと思い返す。
「あ・・・ご、ごめんなさい」
素直に謝る。勢いで言い過ぎるのはヒスイの悪い癖だった。
「良いんだよ、君がそう言う気持ちは分かるから……。柴も悪気があって言ったんじゃないってことも君は分かってると思う。
君の迷惑なのは分かっているけれど、危険な目に遭うことが分かっていて、我々としても君一人を街の外の世界に出すことは出来ないんだ。
それとも、私たちを信じられないかい? 危険な目に遭ったとしても女の子一人守れないほどヤワじゃあないつもりだよ。」
もう、ヒスイにはこれ以上拒むことは許されなかった。
拒んだところで、きっとお互いに一歩も退かないまま何日も経ってしまうであろうことも容易に想像できた。
「そこまで言ってくれるのなら……。一緒に行って下さい。私を助けてください。お願いします。
あの……、ありがとう」
ちょっと照れくさくて、うつむいたまま話したためか、語尾のありがとうは少し聞き取りずらかったかもしれないと思いつつ、上目遣いで様子を伺うと、笑顔の蒼河とふてくされながらも満足した様な柴の顔が見えた。
「そうと決まれば、旅立ちに良き日を占い、準備にかからねばな。ヒスイ、ゆっくりとしていなさい。旅が始まると大変だろうから……」
優しい口調で蒼河の父はそう言うと、忙しくなるとばかりに急ぎ足で部屋を出ていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます