西区にて

 ——俺が西区の連中こと皆市達の下についてから五日が経過した。


 俺は皆市の指示により、西区を中心とした未攻略の領域を一人で攻略していた。その数は二十箇所を超え、それは遠巻きに使い潰すと言われているようだった。


 とはいえ区役所レベルの施設は攻略済みであまり難易度の高い施設は無く、俺は適当に時間を潰しながら皆市の指示をこなしていただけだったが。


 その日の夕方、皆市の命令ノルマを終え拠点に戻ると、俺を出迎えたのは柳の爺さんだった。爺さんは俺を見つけるとまるで何もなかったかのように顎髭を触りながら俺に近づく。


「ほっほっほ、西の連中は儂らに対して冷たいのお。居心地が悪いの何の」


「まあやり合っては無かったが、協力要請を無視してたのはこっちだしそんなもんだろ」


 実際、西区の連中は何度か協力や物資の融通に対する打診は来ていた。それを俺は今までイエスとも、ノーとも答えずに放置。その結果が今回の西区の連中の強硬策に繋がっていた。


「堅持の小僧達たいぶ怒っとったぞ?で、儂がこちらに来ると言ったら伝言をたのまれてのう」


「へえ、どんな伝言なんだ?」


「もうお前の事なんて知らん、じゃあな。とな」


「……そうか。まあ仕方ないな。で、爺さんはどうするんだ?俺は暫く使いパシリと武器提供の奴隷生活だが」


「そうじゃのう……県庁攻略に行くのならついて行きたいところなんじゃが」


「それなら皆市に打診してみよう。どうせボス攻略にはついて来いって言われてるし、爺さんなら戦力的に許可が出るだろ」


「まあ取り敢えずはそれで頼むわい」


 爺さんはそう言うと片手をあげながら俺の元を去っていく。俺はその背中を見送った。



 一週間前に爺さんが少し暇をもらう、あとバイクを貸してくれ、とだけ言い残し居なくなっていた爺さんだが、俺はどこに行っていたか検討がついていた。


 十中八九家に戻っていたのだろうと思う。その理由や何を思ったかまでは、俺は知る由もないが。





 その日の夜、西区拠点の睡眠スペース。俺は寝転がりつつ、目を瞑っていた。


 で、休む俺を呼ぶいつもの男の声。


「おい灰間!皆市さんが呼んでるから今すぐに来い!早くしろ!」


 体を起こし目を向ければ、ガタイのいい四十過ぎの大男。こいつは皆市の犬……もとい西区勢力の自称ナンバーツーの岩倉だ。更に言えば俺を目の敵にしている連中の中心人物で、俺に対して強い口調で指示を出し立場的に上だと強く主張してくるやつだ。


 もっとも俺としては皆市以外に従う義理もなく、岩倉の嫌味は適当にあしらっているのだが、奴はこの態度が気に入らないらしい。俺も岩倉が好きではないのでお互い様だろうが。


 俺は岩倉に一度目を向けるとため息を吐き、その場から立ち去ろうとする。


「おい……貴様なんだ私に対するその態度はッ!」


「……何度も言ってるが、宣誓した以上皆市の指示には従う。だが、お前の下についた覚えはない」


「私は大人に対する態度の事を言っている!貴様のようなまだ二十にもなってない小僧が……!」


「へえ、確か皆市は二十五歳だったか?一回りも下にごま擦りしてる奴が良く言えたもんだ」


「くっ……貴様ァッ!」


 と、まあ岩倉とはこんなやりとりをこの数日行なっている。元々警察官らしいが、正直同じ警察官の村田さんとは雲泥の差だ。大人として敬意を払う所が無い以上、俺は態度を変えるつもりはない。


 俺は喚く岩倉をそのまま無視し、皆市の部屋へと向かった。





 皆市が使用している部屋の扉をノックし、声をかける。


「灰間だ。入るぞ」


「……どうぞ」


 部屋に入ると気の強そうな青髪ロングの女性——皆市が椅子に座っており、部屋に入った俺を見据えていた。


「呼ばれたから来たんだが……何の用だ?領域の攻略は順調だぞ」


「領域攻略のことは既に報告を受けている。今回は別な話だが……その態度が君の素か?宣誓の時とは大違いじゃないか」


「内情を見て取り繕う必要もないと思った……それだけだ」


 西区勢力は言ってしまえば皆市のワンマンチームだった。『ホープ』の詳しい能力までは分からなかったものの、自身を強化するというところなのは何となく分かっていた。


 そして西区勢力が今まで支配した領域なのだが、それらは皆市が攻略し支配者となっていたのだ。そして俺の考えに確信を得たのは、自称ナンバーツーの岩倉の存在。周囲に比べれば多少強いものの、言ってしまえば碧と殴り合ってボコボコにされるくらいには弱い。更に、あの沸点の低さから頭脳面での起用も考えにくい。


 確かに幹部と呼ばれる連中は県庁攻略に出向いているものの、恐らくは皆市ほぼ一人での攻略なのだろう。


(あまりに攻略速度が遅過ぎるしな)


 俺がそのように考えを巡らせていると、皆市はふう、と短く息を吐き話を始めた。


「県庁のボスと思われる魔物を発見した。私は灰間、君にボスの攻略に参加して貰いたいと考えている」


 俺は予想通りの打診に無表情のまま答える。


「何故俺まで参加する必要が有るんだ?俺が提供した武器で幹部連中と攻略してくればいいだろ?」


「……あいつらでは役に立たない。それは区役所を攻略した君なら分かるだろう?戦うにはあまりにも基礎能力が低過ぎる」


「そう思うのなら領域を使って能力の底上げをするべきだ。それを怠って来たツケが回ってきただけだろう。俺達は毎日のように魔物狩りをしてたぞ?」


「時間が惜しい。私は何としてでも世界ランク一位にならなければならない」


 それなら尚更勢力の底上げが必要だろう、と言いかけた所で口を噤んだ。


 皆市は話を続ける。


「現状に満足している者達を強制的に動かしても無駄だ。その意味が君になら分かるだろう?」


「まあ、それは痛いほどに分かる。だが——」


 皆市は俺の言葉に首を振るり答える。


「それ以上は言わないでくれ。私には君のように割り切り、切り捨てて行動するだけの強さが無かった。その結果が今のこの状況で、君に頼るという愚行に繋がっている事も分かっている」


 俺は皆市の言葉に何も返さず、一つ溜息を吐く。


「分かってるのなら何も言うことはない。で、ボス攻略に参加するのはお前の命令か?」


 皆市は少し間を置いてこう答えた。



「……灰間暁門。県庁のボス攻略に参加しろ。これは命令だ」


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