後悔 2

 それから六年。

 その間儂は飲み歩くのを辞め、再び剣へ熱意を注ぎはじめた。とは言っても以前の勘を取り戻す為のリハビリのようなもので、それを誰かに押し付けるような真似は決してしなかった。

ことはなかった。


 息子夫婦との関係は良好で、赤子であった愛佳も小学生となったが相変わらず訪ねてきてくれている。

 ただし義尚の時のような失敗はしまいと思い、愛佳には余り剣を振る姿を見せないようにしていた。


「おじいちゃん!きたよ!」


「ん、愛佳か。突然どうしたんじゃ?」


 儂が庭で木刀を振っていると突然息子の嫁と愛佳が訪れた。稀にこういった時もあったが、珍しくもあり儂は顔を綻ばせる。

 木刀を下げ愛佳へと視線を合わせると、愛佳がニコニコと笑っていた。


「あのね、わたし剣道をやってみたいの!」


 愛佳の言葉に儂は硬直してしまう。思い起こされるのは息子の時の失敗。それも義尚の時と年齢も被る。……何故だ?義尚は決してそんな事は許さないのでは……?


 儂が返事に困り果てていると、息子の嫁が話し始める。


「お義父さん突然すみません。愛佳ったらお義父さんに剣道を教えてもらうって言って聞かなくって……」


「いや……それについて息子は何と?」


「お父さんには良いって言われたよ!やるからにはおじいちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞって」


「……義尚がそんな事を」


「私も昔の経緯は聞いています。それでももしお義父さんがよろしければ、と」


 儂は胸の奥が熱くなるのを感じた。息子は儂を許してくれたのか。それとも儂が変わった事を試されているのだろうか?


 だが、そんな事はどうでも良かった。今はただ……その事が嬉しく感じた。


 儂が愛佳に向き直ると、愛佳は不安そうな顔をしていた。


「……おじいちゃん、だめ?」


 儂はふっと笑い、愛佳に返答する。


「いいや、儂は愛佳が興味を持ってくれて嬉しいんじゃよ。もちろん良いとも。ただし、愛佳は無理をしないようにすること。分かったかのう?」


「うん!」


 儂の言葉に対し愛佳は満面の笑みを浮かべる。それを見て微笑む儂と息子の嫁。


 冬が近づき木々が赤みを帯び始めた季節。儂は家族というものを始めて感じた。そして儂はその時、この幸せな日々が一日でも長く続く事を願った。




♦︎




 ——それから数ヶ月後、四月一日。


 儂が庭で木刀を振っていると、何やら周囲が騒がしい。家の門から道へと出ると、そこには倒れ込む血塗れの人と、緑の肌の小さな人のような何か。


 その何かは儂を見つけるとすぐさま儂に襲いかかって来た。最初は目を疑い状況を飲み込めなかったが、本能が危険だと告げていた。

 一瞬戸惑ったが儂は気持ちを切り替え、木刀で緑の何かの手を叩きつける。それと同時に鈍い音がし、ソレは「ギャァッ」と叫ぶと右手を左手で押さえ痛がる素振りを見せる。


 流石にこれで退くか?と様子を伺うも、緑の何かは手を押さえるのをやめ、儂を睨みながら飛び付こうと跳躍した。


「……すまぬ」


 儂はそう呟き、後ろへ下がり飛びかかりを回避する。そしてそのまま木刀を頭部へ——。

 事切れたのか動かなくなり、その姿は何故か消えていった。


「……消えたじゃと?」


 儂は思いもよらない事が立て続けに起こり呆然とする。だが、意識も聞こえた叫び声により戻される。そして少し冷静となった儂の脳裏に過ったのは……愛佳の顔。


「……愛佳の元に行かねば」


 儂は家に戻り趣味で買った真剣の刀を手に取った。そして老体に鞭を打ちながら、必死に息子夫婦の家へと走った。その道中も緑の何かは居たが一太刀で屠っていく。その時でも、頭の中には愛佳と息子夫婦の事しか無かった。


「愛佳……ッ!」


 そして息を切らしながら走る事十分程。息子夫婦の家が見え始めるが、そこに見えたのは——。


 ここから先は思い出したくはない。ただ、全てを失い空白となった儂は無心に緑の何かを刀で斬り続けた。




 やっと取り戻せたもの——それをこのような形で失った。

 これは義尚や妻を蔑ろにした罰だろうか。でもそれならば何故儂ではなく息子家族なのか。何故愛佳なのか。

 何故、何故、何故——ッ!




 考える程に全てが怒りへと変わった。そんな怒りに身を任せていた儂が正気を取り戻したのは、二つ隣の市にある訪れた事もないスーパー。ここには緑の何かが数え切れない程存在していた。更にはスーパーの建物内からは異様な気配を感じる。


 この気配の主であれば、儂を殺せるのだろうか。


 そう思った儂は気が付けばスーパーの建物に向かって歩き始めていた。


 次々と襲いかかる緑の何か、だがコレが幾らこようが儂は死ねない。そんな事を考えながら周囲を屠り終えると、いつの間にか側に一人の青年がおり儂に近づいてきた。


 青年は感心したかのように周囲を見渡しながら、まるで警戒する素振りもなく儂に話し掛けた。


「爺さん凄いな。あれだけのゴブリンを一人で倒し切るなんて」


 この青年の目付き、コレは何度も修羅場を潜ってきた目だ。アレに怯えるだけの者達とは違い、死が見える状況を乗り越えて来たのだと思う。


 だがこの青年は儂とは違う。こやつの目は先を——未来を見据えている。


 気が付けば怒りは消え青年への興味へと切り替わっていた。そして興味を持った儂が驚かされたのはあやつが突然言った言葉。



「なあ爺さん。俺に刀の扱い方を教えてくれないか?」



 そう言った青年の姿に、儂は義尚や愛佳の姿を重ねてしまった。


 ……儂が守ろうとしたものはもう何も無い。だが、今からでも形のない何かを残す事は許されるのか。儂が人生の大半を捧げてしまったものを。


 その後青年は儂の刀まで修復した。これではまた死ぬのが遠くなってしまうではないか。

 これでは仕方がない。こやつに少しだけ付き合ってやるとするか。



「……柳 道唯じゃ。灰間の小僧明日から覚悟しておけ。儂の指導は泣くほどに厳しいぞ」



 儂の人生であった剣と家族の事。それはきっと未来を見据えているこやつの中で生き続けていく。



♦︎

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