後悔 1
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儂は、ずっと後悔している。
息子夫婦を守れなかった事、孫娘を守れなかった事。
もっと前に遡るのなら、息子に剣道を辞めさせてしまった事。
——結婚するのも遅く、息子の
息子がまだ小学校に入る前位の頃だっただろうか。儂から剣道を習い始め幼いながらも真剣に取り組む姿を見て、儂は息子も剣を好きなのだと思い込んだ。
だから儂は息子として接するわけではなく師弟として接し、息子を厳しく鍛えた。儂の期待に応えようとしているのか、トレーニングも嫌がらずただひたすら竹刀を振るう息子。儂はその姿を見て接し方に間違いがあるなどとは全く思っておらんかった。
……それが、父親に振り向いてもらおうとしている子供のだと知ったのは数年経った後だった。
「……僕、もう道場いかない」
息子の言葉に儂は目を見開いた。儂には分からなかった。竹刀を振る姿も板につき始め、反射神経や運動神経も悪くない。息子はまだまだ伸びる可能性があった。
「義尚!何故だ!お前には剣の才能が有る!それにこれからが伸びる所だここで辞めるのは勿体ない!」
「そんなの、どうでも良いんだ」
「……は?」
剣がどうでもいい?なら何故この数年必至に頑張っていたんだ?
「お父さんは道場にいてばっかりで、いつも剣や門下生の事ばかり。ねえ、僕やお母さんの事なんてどうでもいいんでしょ?」
その言葉に儂は狼狽えた。
「義尚、何を言って……」
「もし僕が剣道強くなったら、お父さんが振り向いてくれると思ってたんだ。でもどんどん厳しくなってくし、話せば剣のことばっか。僕は……普通に話したかっただけなのに」
儂はここでやっと己の勘違いに気付く事になった。義尚が父親の愛を求めていただけと言う事に何故気付けなかったのか、己の行動に激しく後悔した。
だが——それに気付くのは遅すぎた。義尚が話す前に気付くべきだった。そこから後悔の日々が始まる事となった。
義尚は儂を避けるようになり、話す事があってもとても家族の会話とは思えない事務的な会話しかしなくなった。そこから儂は剣への熱意が消え失せ、家を避けるかのように飲み歩く事も多くなっていった。
そしてそのまま中学、高校、と大きくなる義尚。その間何度謝ろう思ったかは分からない。だが儂は行動を起こせず、結局謝罪が出来たのは妻が病気で亡くなった後、義尚が結婚してから子供が産まれると事務的に告げてきた時だった。
「義尚……今まで本当にすまなかった。妻にもお前にも家族としてまともに接することが出来ず儂は父親失格だ。……どれだけ詫びようがもう遅いのは分かっているが……お前は儂のようにならないでくれ。どうか幸せな家庭を築いて欲しいと願っている」
儂は義尚に頭を下げ、不器用ながらも必死に謝罪した。そして頭を下げたまま沈黙が続いた後、義尚が言った言葉は意外な言葉だった。
「……産まれてくるのが息子か娘かは分からないけど、その子にはちゃんと家族の事で寂しい思いをしてほしく無いだ。父親と遊んで、母親に優しくされて、皆で笑い合いながら話すような家庭。それで俺はそこにじいちゃんが居ても良いと思ってる。父親、母親、じいちゃん……家族を感じるのなら、多いに越した事はないだろ?」
その言葉に体が震えた。儂がここまでの仕打ちをしたにも関わらず、義尚はそれを許そうというのか。いや、いつか産まれてくる子の為だとしても、そこに……儂が居て良いのか……?
——気が付けば、目から涙が溢れていた。
「……すまない。本当にすまなかった……っ!」
「俺には謝らなくても良い。けど、もし悪いと心から思っているのなら……産まれてくる子供に愛情を注いでくれ。それが、不器用でも良いから」
——それから数ヶ月後、孫娘の
「あ、あいかーお、おじいちゃんだよー」
まだ赤子の愛佳に引き攣りながらも笑いかけ、小指を愛佳の手に添える。すると愛佳は儂の小指を握り僅かに微笑んだ気がした。
「義尚!今笑ったぞ!」
喜ぶ儂に対して、呆れながら返す義尚。
「はあ……あのなあ親父、赤ちゃんの笑いは生理的なもので——」
どこにでも有りそうな家族の日常。
その日常を感じる事で、儂の後悔の日々は終わった——とその時は思っていた。
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