意外な生存者

 バイクを引きながら領域に入った俺を出迎えたのは安田さん達、見た事の有る面々だった。


 安田さんは俺がここを離れた時に領域を管理する権限を渡した人物だ。この人は元消防士で奥さんと子供で俺の元を訪ねてきた。

 かなり年下で有る俺の指示にも嫌な顔をせずに従い、正直言えば中央区にも連れて行きたかった程の人だった。


 俺はそんな安田さんが生存していたことで安堵する。権限を譲渡したせいでトラブルが起きて死なれでもしたら、俺は無理矢理にでも連れて行くべきだった、と後悔する事になっていた。



「安田さん久しぶりです。無事な姿を見て安心しました」


 そんな俺の言葉に安田さんは微笑む。


「私も灰間君の顔を見れて安心したよ。中央区の方の情報なんて入って来ないし、心配していたんだ」


「因みにここを離れた全員が無事です。それと、中央区の方の領域はかなり安定してきました。中央区役所周辺全て支配領域になってるんで、今度見に来て下さい」


 安田さん目を見開いて驚いた顔をする。


「これは驚いた。まさかあの区役所を支配してたのか。私達も何かあると思って行ってはみたんだが……最初に遭遇した魔物から危険を感じてすぐに引き返す羽目になったよ」


 どうやら安田さん達なりに領域を広げようと試みたらしい。でも流石に俺の渡した魔石銃だけでは無謀だ。引き返したのは正解だっただろう。


「はは……でも区役所を支配するよりはスーパーを狙った方が安全ですよ。魔物の強さが桁違いですし」


「そうしたいのは山々なんだが……この辺りの主要なスーパーは既に別な勢力のものでね」


「それは……もしかして外にいた連中ですか?」


 俺が先程戦った連中、まさか複数の領域を?


「彼らは違うよ。彼らの支配している、いや、していた領域は区役所よりも向こう側だ」


 そう言われて、俺は一つの大型スーパーが思い浮かぶ。


「あそこですか。ああ、それと……彼らの埋葬、後で手伝だってもらえますか」


「……ああ、戦いの様子は見ていた。危害を加えられそうになってたとは言え、弔ってやる位はしても良いと思う。私達に任せてくれ」


 俺は首を縦に振る。


「ああ、それと灰間君の知り合いが避難してきたんだ」


「……知り合い?」


 地元だし知り合いに一人位生存していてもおかしくは無いが……。


「中に居るから会ってあげてくれ。随分と君に感謝していたようだったから」


 俺に感謝?という事は騒動の後、という事になるが。


 俺は疑問を抱えたまま、スーパーの中へと向かった。




♦︎




 スーパーの中へと入り、その知り合いとやらを探す。俺が居た頃の人の姿が有り声をかけてきてくれたが、皆目的の人物ではなかった。


 だが、そこである三人組が近づいてきた事で俺は目を見開く。


「灰間君!」


 その三人組の中央にいる人物。その人は——。


「村田さん!生きていたんですか!」


 その人物とは、警察署で加藤署長亡き後に避難民のリーダーとなった村田さんだった。


 ただ村田さんはリーダーとなってすぐ、警察署の占領を目論んだ黒薙の策略により殺されたと思われていた。俺も実際そう思っていたし、俺が牢屋に捕まっていた間もその姿を見せる事は無かったのだ。


 俺が驚いたのを見て村田さんは苦笑いする。


「ああ、悪運が強く生き残ってしまった。けど黒薙達が警察署の実権を握っている以上、警察署に戻る事も出来なくてね。少し離れた民家で身を隠していたんだ」


 黒薙達の目的を知ったのなら、村田さんが警察署に戻っても殺されるだけだ。身を隠したのは正解だったと思う。

 

「それで一週間ほど経った頃かな。偵察に警察署を遠目で見たら避難民達が混乱していた様子が見えてね。黒薙派の姿も見えないしそこで意を決して近づいた。そこで部下から聞いたよ。灰間君の行動と、黒薙達の結末を……」


 村田さんは顔を俯かせる。


「……灰間君。本来ならあいつらにケリをつけるのは私の役目だった。本当にすまない。私達警察が不甲斐ないせいで……君の手を汚させてしまった」


 俺は横に首を振り、フッと笑う。


「今はもう気にしていません。どちらにせよ、生き残るためにいずれ経験する事でした。むしろ、そこで吹っ切れた事で今の俺が有りますし」


「すまない……それとありがとう。部下の仇をとってくれて」


 恐らく村田さんの補佐をしていた人の事を言っているのだろう。村田さんの横にいる二人も、村田さん同様に頭を下げていた。


 俺はその二人の顔も覚えている。加藤さんを看病していた女性警察官と、もう一人は俺が怪我していた頃によく話していた若い男性警察官だ。そのまま警察署を見捨てた俺だが、二人が生きていた事も嬉しく感じた。


 だが、一つ疑問が残る。村田さん達がこの領域に居るという事は、俺が指示したら安田さんの方針に従ったという事。その方針はとても全員を救うようなものでは無く、村田さんや加藤署長の全員を救うという方針とは大きく異なっていた。


「それでも、何故村田さん達はここに?俺の方針については安田さんから聞いたと思うんですが……」


「暫くは警察署の避難所を立て直そうと努力していた。黒薙派に属した連中を追い出し、避難民達にも協力を仰いだ。でも……元々この状況を生き抜くのであれば、皆が協力し合わなければ無理だったんだ。日々悪くなっていく状況に私も諦め、警察署を捨ててこの二人だけを連れここを訪れたんだ」


 村田さんも見限った、か。となればあれだけの事があったにも関わらず、警察署の状況は大きく変わらなかったのだろう。でもそれなら俺は村田さんを素直に歓迎出来る。


「村田さん、またよろしくお願いします。今度は立場が逆になっちゃいましたけど」


 俺は苦笑いをしながら右手を差し出す。


「……灰間君、私達を受け入れてくれてありがとう。私達はここの為に出来る限りの事をする。よろしく頼む」




 そうして互いの生存を喜び合いながら、俺達は握手を交わした。

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