死者への哀悼

枝垂柳

 柳の花言葉。


 『自由』、『悲哀』



 そして——枝垂柳の花言葉は『死者への哀悼』




……

…………

……………………



 世界に魔物が現れてから三ヶ月が経った。


 地球は世界の状況を気にも止めず、普段通りに四季が巡り……気温の上昇と共に夏が近づく。


 それは生存者達にも感じられるが、気温の上昇は今の状況を過酷にするものでしかなく、今年の夏の訪れに喜ぶ者は少ないだろう。




♦︎

 

 


 梅雨が終わったと思えば、次は一気に気温が上がり夏が近づく。快適な環境には程遠く、地球の気まぐれにはため息しか出ない。


 けれどそれでも俺達は本格的な夏を前に環境を整える事ができ、世界中の中でもかなり恵まれた環境だと思う。


 デパートの中は魔石稼動の発電機が稼働しクーラーが稼働しており、雨水や魔石を利用した浄水機も作ったので幾らでも冷たい水が飲める。


 外に出なければ現代的な快適さ。それを可能にしたのは俺の兵器作成ウェポンクリエイトの能力だった。


 俺の能力は発展し続け、今では施設の改造まで行えるようになった。特性付与エフェクトグラントにより壁を強固にしたりも可能で、やろうと思えば銃を合成して反撃させる事も出来る。


 まあ、現状攻めてくる相手も居らず、『断熱』程度しか付与していないのが現状なのだが。





 俺達の現状としては、最初に支配したデパートを中心に、近場の領域を支配せずに残したまま魔石の確保。そして支配領域に関しては100を超えた。


 これでも、俺達『アカツキ』のランキングは日本で三位だが、自衛隊組織と、大阪を中心にしていると思われる『浪速』というグループが未だに上に居る。


 領域の支配に関しては、どう考えても発展した都市の方が有利だ。商業施設が密集し、領域間の距離が狭く多い。


 俺もランキング一位を取る事を目標にする以上、東京や大阪、愛知と言った都市は避けて通れないだろう。





 他に変わった点と言えば……碧が役に立つようになった事と、アカツキの所属メンバーが三百を超えた事くらいだろうか。


 メンバーは生き残りから俺なりの条件で選び、それ以外の人達には領域外へと出てもらった。この期に及んでまだ政府や自衛隊が助けてくれると考えている奴が居るのには驚いたが、危機感を持った人は俺の要望を受け入れ、しっかりと各々の仕事を全うしている。


 で、もう一つの碧の能力の件だ。

 彼女の希望の力ホープ、『成長促進グロウプロモーション』は、ありとあらゆるものの成長を促進させる能力だ。


 元々それは分かってはいたが、あまりにも効果が微々たるものなせいで、有効活用出来ずにいた。


 だが、今は区役所を支配した事で安全な農地も手に入れた。碧の能力は存分に生かされ、農地を休む間もなく走り回っている。


 発展した今なら三倍促進と言った所だろうか。夏野菜であれば既に収穫を迎え、能力を使う頻度をずらす事で収穫の時期も調整出来ている。食料面は任せ切りにはなっているが、今のメインは秋野菜と米だろうか?特に米はそろそろ収穫が近いと聞いている。


 ……と言うわけで課題であった食糧面が大きく解決し、余裕が出てきた俺達は次の計画に向けて動き始めていた。区役所を支配し次の目標となれば、市役所、そして県庁だ。





 で、その計画を前に、俺は一人能力を付与した魔力バイクに乗って道路を走っていた。邪魔な車は『兵器操作ウェポンコントロール』でどかしてしまえば、バイクで通れる快適な道に早変わりする。

 道中ゴブリンや犬、鳥などの魔物が襲っては来るが、ドローンの自動攻撃で全て片付く。よって俺はツーリングを楽しむだけだ。


 そんな俺が目指すのは、地元にあるスーパー。正直言っていつでも戻れたのだが、タイミングが合わずに結局立ち去ってから二ヶ月も空いてしまった。


「安田さん達なら大丈夫だとは思うんだが……」


 スーパーにある魔石によるオブジェクト解除で得られる食料は、大所帯でなければ二ヶ月は余裕で足りる量だ。安田さんは堅実な考えをする方で、流石に無計画に人数を増やしたりはしていないだろう。


 そして中央区の拠点から30分ほどで、見慣れた地元の風景が目に入る。遠目からでもスーパーの領域が確認でき、俺はその事に少し安堵した。俺はそのまま少し先へと向かう。






 だが、スーパーに近づいた俺を出迎えたのは見慣れない集団。その中には俺が見知った人は誰一人おらず、更には叫びながら領域に武器を叩きつけている。


 その様子を見て、俺は集団が敵対している集団だと理解する。何故なら、この光景は中央区でも数多く見てきたものだったからだ。


 俺はバイクから降りて引いたまま、集団へと近づき声を掛ける。


「すいません、あのー……この領域の関係者の方々でしょうか?」


 急に現れた俺に対してすぐに集団は武器を構えたが、バイク以外は普段着で武器も持たないのが分かると警戒を緩める。


 そして、その中でも体格の良いボサボサの頭の男が一歩前へと進み出る。


「ああ?てめぇは誰だよ。ここらじゃ見ねえ顔だが」


「ああ、俺はこのバイクで旅をしてまして。たまたま近くを通りがかったら人の声がしたので」


「なるほどな」


 次の瞬間、ボサボサ頭の男が顎で周りに指示を出し、すぐに俺は集団に取り囲まれてしまう。


 敵対され、警戒しているのは言うまでもない。俺は何か受け答えを間違っただろうか?


「てめえ、『ホープ』持ちだな?バイク一つで武器も持たずに旅だと?そんな事あり得ねえ。それにその格好、怪しいなんてもんじゃねえよ」


 確かに今の俺の格好は、無地の白Tシャツにグレーのハーフパンツ、それに素足にクロックスだ。良く考えれば今の崩壊した世の中には似つかないような格好で、魔物を嘗めてるなんてもんじゃない。


「それにもう一つ。何でただ旅してる奴が領域について知ってやがる?」


「あーそれはたまたま領域に入れて貰えて、知る機会が有りまして」


 ボサボサ頭の男の眉がピクリと動く。


「俺の考えが正しければ、てめえのその格好から見るに服を手に入れるだけの余裕と、魔物なんて相手にならねえ程の実力を持ってるって事になる。それを警戒すんなって方が無理だよな?」


 ……そう考えるのも当然か。この男は無駄に三ヶ月も生き延びている訳ではなさそうだ。どうせバレてるのなら隠す必要も無い。


「確かに俺はホープ持ちだ。で、もう一つ言えば、お前達が襲おうとしてるこの領域を支配している」


 俺の言葉にボサボサ頭の男は口角を上げる。


「へぇ、こいつは都合が良い。なあ、幾らお前が強かろうが、武器も持たずにこれだけの数に囲まれて勝てねえのは分かるだろ?」


「ま、そうかもしれん。だとしたらどうする?」


「領域を寄越して俺達に従うと宣誓しろ。そうすれば命までは取らねえ」


 こいつの自信から見て『ホープ』持ちで有るのは確定だろう。そして、もしかしたら集団の中にも数人は混ざっているかもしれない。けれど、動きを見ている限りでは……こいつらではアカグロクラスの相手に勝てるとは思えない。


 にも関わらず、領域にも詳しく制約についても理解している。実力が伴わないのに領域を持っている、と言うことは恐らく。


「なあ、今持ってる領域も誰かを殺して奪ったのか?」


 俺の言葉にボサボサ頭の男はニヤニヤと笑う。


「ああ、その通りだよ。俺達を何の疑いも無く受け入れた馬鹿がいて、そいつは領域についてもベラベラ喋ったんだ。で、それを聞いた俺は思ったんだ……もしこいつを殺せば、領域は誰の物になるんだ?ってなあ」


 男は話を続ける。


「で、そいつの寝込みを襲って首を掻っ切ってやったら、俺の思惑通りに領域は俺の物になった。ほんと、笑いが止まらなかったぜ」


 領域を支配している者を殺せば、その領域は殺した者の支配下となる。本来なら領域を支配した時点で得られる情報で、それを聞いた話だけで思い付くのは中々難しいだろう。コイツはこう見えて意外と頭が切れるのかもしれない。


「てめえは使えそうだし、下につくのなら生かしてやる。早く俺に従うと宣誓しろ」


 アカグロを殺すよりも人を殺す方が容易い、か。まあ確かに普通に生き残ってる連中からしたらそうなんだろう。もし俺なら爺さんとやり合うよりは、アカグロや狼どもと戦う方を選ぶけどな。



 それと、宣誓とは新たに追加されたルールの一つだ。例えば領域を持つものが俺に従うと誓えば、その領域の支配数は俺の勢力である『アカツキ』にカウントされるようになる。


 また宣誓をした者は上に対して危害を加える事は出来なくなり、上のやつは安全も保証されるというルール。


 まあ、宣誓を破棄する方法も有るし、直接危害を与えなければルール違反とはならないという割と穴だらけのルールなのだが。


 どちらにせよ、世界一位を目指している俺がこんな奴の下に付くはずもない。



「悪いが交渉は決裂だ。残念ながら俺はお前達に従う程暇じゃない」


「あぁ?」


「悪巧みはそこそこみたいだが、相手は選ぶべきだ」


 俺がそう言って前に一歩踏み出すと、ボサボサ頭は俺の行動にすぐに反応した。


「おい!今すぐ殺せ!」


 その言葉の直後、斧やお手製の槍を持った奴らが数人俺へと襲い掛かる、が。


「……『兵器操作ウェポンコントロール』」


 俺はすぐに屈んで兵器操作でバイクを操り、円状に囲んでいた集団をそのまま薙ぎ倒し始める。


「うわぁぁぁあ!」

「ガァ……ッ」


 俺の乗っていたバイクは『特性』山盛りの特別製だ。


 恐らく『頑丈スターディ』が付与されている金属というだけでも、コイツらの武器では傷一つ付けることは出来ないだろう。


「くそッ!何してやがる!」


 ボサボサ頭の男はそう叫び逃げようとする。だが動くのが遅かった。既に集団で立つ者はもう居らず、奴が逃げ始めた頃には一人だけとなっていた。


「……大人しく領域の食料で細々と生きてれば良かったものを」


 俺はそのまま容赦なくバイクを、逃げるボサボサ頭の背中へと向けた。





 ——俺は周囲の惨状を見て顔を顰める。勿論俺自身がやった事だし後悔も無い。それに加えて中央区では何度も見た光景だった。


 領域を奪い合う勢力同士が話し合いで解決するケースは稀で、大体は抗争となりそれはどちらかが屈するまで続く。


 中には宣誓により縛られ、全員が死ぬまで続くというケースも有った。その時の惨状は目に焼き付いて離れない。


 それでもこれが俺の選んだ道だった。そうでもしなければ、領域支配一位など到達出来るわけが無いからだ。


「……けど、やっぱり慣れないな」


 俺はそう呟き、バイクを引きながら領域の中へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る