第113話 幕間 遺したもの、残された者

♦︎


 ——埼玉県の東京都との境近く。そこには百を超える魔物や人の集団が集まり、ゆっくりと進んでいた。その殆どは目に生気が無く、呻き声を上げながらただ立ち尽くしている。

 そして、その中心に居る……狼型の魔物に乗った一人の女性と男の子。それは……集団の主である夜見川沙生と、その弟である純であったモノ。


 集団は沙生の目覚めた力である『死者行進デッドマーチ』により配下となった魔物や人。沙生は襲ってくる魔物を殺し、能力により従えた。

 沙生が移動する内に、何度も集団を危険視した人々が襲い掛かかった。だが——その結果、返り討ちに遭い命を散らした。その悪循環により、『ホープ』を持つ有能な死者も配下に加わる事となる。


 更に集団には赤黒いゴブリンや、獣人といった領域のボスも存在していた。それらも沙生の配下におかれた事で生前より能力が強化さている。


 その結果、集団の強さは日本でも一番、二番の規模で、道中目についた領域を支配しながら進んだ事で、沙生の支配ランキングは日本で三位にまで上がっていた。



「沙生お姉ちゃん。もうすぐ東京だね!楽しみだナァ、着いたらどこに行って遊ぼうかナ?」


 そう楽しそうに話すのは、沙生の隣に居る純の死体。それは血色が悪いものの、まるで生きているかのように振る舞っていた。

 そしてその様子を見る沙生は、純であったものを虚な目で見つめ、無表情で微笑む。


「ふふっ、純ったらはしゃいじゃって……。無理するとまた熱が出るわ……」

「大丈夫だよ、今の僕は沙生お姉ちゃんのお陰でこんなに元気なんだかラ!」


 純であったものは狼型の魔物の背に立ち、そのまま飛び跳ねる。


 その中身は沙生のサポートとなった……純。彼は精神的に弱った沙生を言葉巧みに操り、戦力の増強や領域の支配を行わせていた。更に自身が死んだせいか生存者を恨み、沙生の知らない所で配下に指示を出し、多くの者を死に追いやっていたのだ。


 沙生の能力『死者行進』は、非常に強力な能力だが代わりに代償があった。



 それは——能力を使う度に精神を蝕み、感情を欠落させていくというもの。


 だが、沙生の能力が発展するにつれ、その影響は少なくなっている。それでも沙生の感情が戻らないのは、純がそれ以上に能力を使わせているためだった。そうして沙生は純の完全な傀儡にされ、空っぽの状態で利用されるだけ。




 ——夜見川純は全ての生者を恨む。


 それが誰であろうが関係は無い。


 たとえ、実の姉であろうとも。




♦︎




 ——青堀神社の一件が終わった翌日。


「……まさん!」


 ——誰かが体を揺すっている。


「ほら……起きてく……!」


 ……誰だ。俺は……眠い。


「……ほら!灰間さん朝……というかもう昼ですよ!」


 この声は……碧か。


「無理、ねむ、い……」


「諏佐さん達がずっと待ってますよ!お願いだから、起きてー!!」


 うん……?そういえば……。


 更に碧のいる方向から、別な声が聞こえてくる。


「……暁門くんまだ起きないの?」

「何しても起きないんですよう!」


「へぇ……何しても、ね?」

「あ……っ!荻菜さん何を……」


 近寄る足音の後、俺の二の腕に柔らかい感触。


「ほらあなた、起きて、朝よ……」


 耳元でそう囁かれ……その直後、耳にフッと息が吹きかけられる。


「……っ!?」


 ゾクっと身体中に鳥肌が立ち、俺は目を開いて慌てて体を起こす——すると、頭に何かがぶつかり痛みが走る。


「きゃ……いったぁ……」

「いっ……てぇ……」


 目を向けると、そこには頭を押さえ涙目の荻菜さんと、苦笑いしながら「うわぁ……」と呟く碧の姿。

 どうやら頭同士がぶつかった事に気付き一先ず謝る。


「わ、悪い……」

「金槌で殴られたかと思ったわ……気を付けてよ」


「いや、元は荻菜さんが変な事するから……!」

「揺すって起きないみたいだから、違った方法にしてみようかな、って。……それとも、お目覚めのキスが良かった?」


 荻菜さんが口に人差し指を当て、笑みを浮かべる。


 ……これは完全に揶揄われてるな。


「……すまなかった。けど、もうやらないでくれ……」


「なら、ちゃんと起きてね」


 そう言って荻菜さんが立ち上がると、また別な人物の叫び声が上がる。


「な、な、な!あんたらそんな関係だったのか!」


 ……そう叫んだのは椿だ。


 俺はため息を吐いて、誤解を解こうとしたが……その前にニヤニヤした荻菜さんが話し始めた。その顔はまるでオモチャを見つけた子供のようだった。


「あら、私達と暁門君は一夜を共にした仲よ?ね、碧ちゃん?」

「えぇ……!?た、確かにあの夜は一緒に……でも……」


「おいお前ら、その言い方は——」

「い、いやあぁあ!!」


 俺が言い切る前に、椿が叫び声を上げながら走り去っていく。……『行動迅速』まで使って。


「……流石に揶揄いすぎだろ」


「……予想通りの反応すぎて面白いわね。それと誤解は解かないから。これは私の能力をバラした、お返し」


「うっ、それは仕方なかったんだって」


 そこで碧が前に出て、その口を開く。


「それよりも!灰間さん、もう昼ですよ!ずっと諏佐さん達が待ってます!」


 ……ああ。そういえば明日待ってるとは言ったが、時間の指定はしてなかった。というか碧は誤解されたままで良いのか?


「ああ、今行く……で、なんで起こしに来たのが碧と荻菜さんなんだ?」


「それは……」

「はぁ……あなたの悪友達の悪知恵よ。ほら、それはいいから行きましょう」


 悪知恵?あいつら何をさせたかったんだ?


 俺は椿の誤解をどう解くか悩みながら、重い体を無理やり動かし青堀神社へと向かった。




 青堀神社に着くと、そこには奏子さんや菅谷達が待っていた。菅谷以外は表情が固くどこか緊張した様子だ。


 俺は少し申し訳なさそうにしながら、城悟と孝の脇に立った。


「……待たせて悪かった。それと、次から余計な事はするんじゃない」


 それに孝と城悟が返す。


「ほら、暁門には逆効果だって言っただろう?」

「俺は喜ぶと思ったんだがなぁ……」


「はあ……まあ、それは後で文句を言うとして……」


 俺は奏子さん達に近づき声をかける。


「さて、待たせて済まなかった。俺の考えとしては、俺の下に付き協力してくれるのなら今回の件は全て水に流そうと思う。……碧もそれで構わないか?」


 俺の言葉に碧は頷く。


「……うん。怖かったけど、何かされた訳じゃないし……」


 俺は碧に頷き返す。


「という事だ。そこで、お前達がどうするかを聞きたい」


 最初に話し始めたのは、俺の予想通り菅谷だった。


「俺と称矢は灰間さんに従います。今回の件の恩は、協力という形で返させてください」


 それに厚木称矢も続く。


「忍から話は聞きました。操られていたとはいえ、攻撃してしまいすみませんでした。……それと助けて頂き、本当にありがとうございました。俺も役に立てるのなら、全力で協力します」


「元々は菅谷達を助けたかった訳じゃ無いんだが……」


「それでも結果的に、灰間さんは俺達と青堀神社を守ってくれたんです。感謝しきれません」


 厚木の父は……領域のボスと相討ちになり命を落としたんだったな。それなら青堀神社に対する想いは相応に深いものだろう。


「分かった。菅谷忍、厚木称矢の二名を、領域へ入る事を許可する」






 菅谷達の領域侵入許可を出した所で……諏佐奏子さんが地面に膝をついて頭を下げ、土下座の形になる。


「……まず、謝罪をさせて下さい。私の母……いえ、私達が人を操り、あなた達に手をかけようとした事。本当にすみませんでした」


 奏子さんはそのままの態勢で話を続ける。


「私が母の死を受け入れ、前に進めていれば……こんな事にはなりませんでした。全て私の心の弱さから起こった事です……」


 魔物が溢れて絶望的な状況で、更に家族の死。それで自暴自棄になる気持ちも俺には分かる。何故なら……俺も死を受け入れる事が頭に過ったのだから。

 俺は奏子さんに対して恨み等の感情は全く無くなっていた。それは自分を重ねて見ていたからかもしれない。


 奏子さんは顔を上げ、話を再開する。


「……昨日の夜、夢を見ました。そこで、母が寂しそうに……一言、ごめんねって言ったんです。……それで思ったんです。もし今の私が、ここまでしてくれた母に返せるのは何だろうって。……生前、母が望んでいた事は私が自立して生きる事でした。もし許されるのであれば、私は母に恩返しをしたい。私を産み、ここまで生かしてくれた母に、前を向いて生きる姿を見せたいんです」


 弱かった奏子さんは、前を向き生きる事を決めた。そうさせたのは、結子さんが考える時間を与え、奏子さんを必死に呼び掛けたからだと俺は思う。……結子さんがサポートとなった事は、決して無駄では無かったのだ。


 なら俺はその気持ちを汲み、出来る範囲で彼女のサポートをしよう。

 

「先程言った通り、その力を皆のために使うのであれば全て無かった事にします。ですが、信用されるかどうかはあなたのこれからの行動次第です」


 俺の言葉に奏子さんは頷く。その表情は昨日のような弱々しさは無く力強さを感じる程だった。これなら大丈夫だろう、そう俺は思った。


「諏佐奏子さん。あなたが領域に入る事を許可します——」




 (ヒュウ——)



 ——その言葉と共に、奏子さんの方向から少し強めの風が吹く。


 その風はまるで誰かに包み込まれるような……そんな暖かさが有った。


『ありがとう』


 風が止む瞬間……俺の耳元でそう聞こえた気がした。その声は奏子さんに話し方の似た、優しさのある女性の声。


 俺は風が過ぎ去った方向へと顔を向けるが、勿論そこには何も存在しない。けれど俺は嬉しくなり笑みを浮かべた。




「……暁門、何で笑ってんだ?お前やっぱりどこか変なんじゃ……」

「暁門、急に笑うのは気持ち悪いぞ?」


 そう言ったのは城悟と孝。


 こいつら、折角の良い気分を……。


「さて、お前ら領域の攻略してたんだよな?この俺がどれだけ強くなったか見てやる。さあ……全力で生き延びてみろ」


「お、おい刀を抜くんじゃねぇ!孝、お前が気持ち悪いなんて言うから!」

「な……城悟が暁門の事を変な奴とか言うからだろう!やばい!目が本気だ!逃げるぞ!」




♦︎



 ——逃げる城悟と孝を追う暁門。そしてそれを呆れながら見ている仲間達。世界は今も人類にとって危機的な状況が続いている。

 だが、今この場所のこの瞬間だけは平和だった。



 

 母親の死を乗り越え、父親と再会した早瀬碧。


 父親が命を代償に守った、青堀神社を守ろうとした厚木称矢。


 母親が娘の為に繋いだ命。そして、その想いを汲み生きる道を選んだ諏佐奏子。




 それぞれが何かを失い、それを乗り越え、前を向いて歩き始めた。


 命をかけて遺したもの。


 残された者はその胸に抱きながら進んでいく——





■『兵器創造の領域支配者』

 青堀神社編完

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