第112話 人知れず選んだ道

 仲間達に簡単な説明を終え、俺は区役所内のソファで横になった。ただ寝不足のせいか聞いた情報の整理がつかない。


 トリセツも結子さんも、サポートは付く人を選べるという点に関しては一致していた。ただ結子さんによればそのサポートが実在していた人の意識だという。それが本当なら見知らぬ人に付く理由は無い。なら——トリセツはどうなんだろう。


 あいつは敢えて隠していたように思える。でも隠す理由は何故だ?


 いくら考えても分からない。だったら本人に直接聞くしかない。


 俺は考えるのを止め、ゆっくりと瞼を閉じた。





♦︎




 俺の意識の中と思われる、真っ白な空間。俺がここにいるという事は、まもなくトリセツが現れるという事だろう。


 居るのはまだ俺一人だけ。そこでふと思い出し、呟く。


「奏子さんはずっとここに一人でいたんだろうか……」


 そう呟いた後、ふと背後から女の子の声が聞こえた。


「奏子さんの意識は真っ暗でしたよ?もしかしたら、精神的なものが影響するんですかね?」

 

 振り返るとそこには……何故か振袖を着たトリセツの姿。毎度毎度格好が違うのは何の意図が——と、今はそれはどうでも良いんだった。


「サポートが人の意識を行き来するのはどうなんだ?マスターとやらは許可してるのか?」


 トリセツはニッと笑う。


「明確に駄目とはなってないですが、グレーですねー。バレたら消されちゃうかも……!?ご主人様黙ってて下さいねー」


「随分危ない橋を渡ってるな?なあ、トリセツ。そこまでしてあの二人に干渉する必要は有ったのか?」


 トリセツは首を傾げる。


「……あれえ?ならバラして消してやろう、って言われると思ったのに。調子狂いますねーお疲れですか?あ、なら私が癒やしてあげましょうか!あんな事や、こんな事を——」

「誤魔化すなよ。俺が考えてた事は分かってるんだろ?トリセツ、お前は一体——」

「あ!そうだ!ご主人様、勢力の名前決めてくださいよ!堅持さんが幾つか支配してる領域、勢力の名前がないと統合出来ないんですよ!」


「おい、だから——」


「統合すれば日本で五位ですよ!世界でも三百位内にはなりますね!ここまで整えば、後は伸びるだけです!世界一位なんてすぐですよ!ひゃっほーっ!」


 トリセツは俺と目を合わせずひたすら喋り続ける。あからさま過ぎて、ため息しか出ない。順位なんて今はどうでもいい。


 そんな俺の様子を見て、トリセツは挙動不審になる。目が泳ぎ、手が踊っているようになっている。


「……トリセツ、命令だ。今すぐお前のサポートになる前の名前を教えろ」


 トリセツは顎に手を当て、悩む素振りをする。ただ、素振りだけで全く考えていなさそうだ。


「そうですねー……」


「死んでしまった人がサポートになるんだろ?なら——」

「ふっ、それに答えるのは断ります!サポートにもプライバシーが有るので!乙女のひ・み・つ!」


「何言ってるんだ。もし知り合いなら優しくするぞ?それに今迄の態度についても謝ろう、だから……頼む、教えてくれないか?」


「うぇっ、ご主人の態度変わり過ぎて気持ち悪いですよ!こうも変わると吐きそう!げろげーろ、うへぇ……」





 こ、こいつ……俺が下手に出たら好き勝手言いやがって!


「お前、前に優しくしろって言ってただろうが!」

「あ、それナシで!やっぱり気持ち悪いんで前の塩対応が良いですぅー」

「くそッ!塩でも砂糖でも何でも良い!お前誰なんだよ!教えろよ!」

「うーん。対応が良いと砂糖対応って言うんですかねー?それと私の名前は謎の美少女サポート、トリセツちゃんですよー」

「今はだろうが!サポートになる前の名前だよ!」

「あらやだ、美少女は否定しないんですか!?わたしその気になっちゃいますよ!?」

「そこはどうでも良いんだよ!それに最初から俺を揶揄うような態度からして知り合いとしか思えん!一体誰なんだよ!」

「いやーもし知り合いなら、あんな事やこんな事見られちゃってますねーププッ」


 そういえば……!いや、今はどうでもいい!家族でも無ければ……待てよ?このやり取りどこかで……。


 俺が考え始めると、トリセツが急に慌て始める。


「あ、そろそろ朝だ!ご主人様、叩き起こしますね!」


「あ、おい、待て!もう少しで何か……!」


 俺はトリセツを掴もうと手を伸ばすが——そこで視界が暗転する。


 ——暗転する前に見たトリセツの顔は……何故か優しい表情で微笑んでいた。





♦︎




 暁門が消えた白い空間。そこで一人佇むトリセツ。彼女はその場にぺたりと座り込み、一人で呟く。


「はぁ……危なかった。危険だから早めに諏佐奏子と会わせてたけど……まさかあんな余計な事を言うなんて。失敗だったかなあ……」


 トリセツは右手を広げて上に掲げる。


「でも……拠点は出来たし、ここまで来たらもう大丈夫。もう少し……もう少しで、私の役目も終わる……でも、それまでは消えたくない、な」


 トリセツは立ち上がり、着ていた振袖を払う。すると、着ていた振袖が高校の制服へと変化した。


「あの夢を見せたのは完全にアウトだったなぁ……でも能力の発展にはイメージが大事だよね……それに、『全弾解放フルバースト』が無ければ、駐車場で死んでただろうし」


 トリセツはため息を吐いて、呟く。


「消えた後に泣かれるくらいなら、知られない方が良いと思ったけど……今思うとそれも悲しいかも……。でも……お父さん、お母さん……私達頑張ってるからね」







 ——私に残された時間は残り少ない。危険な行動をした事に悔いが無いと言えば嘘になってしまう。


 でも、それが私が選んだ……お兄ちゃんを助ける為の道。


 世界一位の報酬、そしてその次に繋がると信じて。

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