第111話 守りたかったものは

♦︎



 俺は今頬を指で掻きながら状況を見守っている。


 諏佐が怯えてから暫く。突然「小娘!何をした!」と叫びはじめた。挙動不審な姿に様子を見ていたのだが、今度は諏佐の雰囲気が一変し、「え、あ、ちょっと!」と声を挙げた。


 そして……次の瞬間、諏佐はその場に座り込みシクシクと泣き始めた。



 何が起きたのかさっぱり分からない。だが恐らく……小娘——トリセツが何かして奏子さんの意識が表に出たのだろうが……。でないとこの変貌振りはおかしい。


「あ、あの……」


 俺は泣いている奏子さんと思われる人に話し掛ける。


「なんで……ひっく……」


 泣くばかりで返事が無い。そこまでして表に出たくなかった理由が有ったのだろうか?


「……諏佐、奏子さんですよね?」


 俺がもう一度話し掛けると、奏子さんは顔を上げ、赤くなった目を合わせてくる。その表情からは俺を警戒している様子も伺える。





 そして、彼女はゆっくりと口を開く。


「……なんで、こんな事をしたんですか。私はこのまま消えたかったのに。私はお母さんが生きるのなら……それで良かった。私が生きても意味が無いのに!」


「それは……何故?」


「元々病気がちで、両親……特にお母さんには迷惑ばかりかけてきた。そんな私が迷惑をかけながら生きる位ならいっそ……っ!」


 奏子さんは勘違いをしている。俺が結子さんと話し、戦って感じたのは……何としても守ろうとする気持ちだった。そこに迷惑なんてものは存在していなかった。


「迷惑だ、なんて結子さんが言ったんですか?俺にはそんなこと感じませんでしたけど」


「直接言われては無いけど、そう思ってたに決まってる!」


「なら、結子さんはあなたを嫌々看病してたと。それを何年も何年も続けて。結果、自分が死んだから体を奪ってでも生きようとした——「それは違う!」



「なら行動と合ってないですね。あなたの事が嫌いならそもそもサポートにはならないでしょう。俺がもし死んで、自分が生き返ろうとするなら、もっと有能な能力を持った人に付きます。勿論身近で手頃だったから付いた可能性も有りますが」


「お母さんはそんな人じゃ無い!だって、私の体に移ってから何度も、何度も、私の……名前を……」


「名前を呼んでいたのは奏子さんを少しでも元気付け、立ち直って欲しかったんじゃないでしょうか。けれどそれが難しいと思い、結子さんは領域の報酬に望みをかけた」


 俺は話を続ける。


「だから、結子さんは絶望的な状況でも決して退かなかった。母は強し、ですね。やった俺が言うのはおかしいですが、どれだけ恐怖に怯えようと諦めなかったんですから。自分の為であれば絶対に折れてますね」


 奏子さんは目を伏せ、何かを考える素振りを見せる。けれど、その口は開かない。


「……」


「勿論これらは俺が推測しただけの話です。それでも俺の考えが合っているのならば——」


 俺は一呼吸おき……その口を開いた。



「今、あなたは結子さんに守られた結果生きている。それを『死』という形で逃げるのは、結子さんの行動人生を無駄にしてしまう行為なんじゃないでしょうか?」



 これで俺の伝えたい事は伝えた。後は奏子さんがどう捉えて行動するかだ。結子さんが願っていた事が有っている確証は無い。けれど子供に生きて欲しいと願うのは、親としては当たり前に思うのでは無いのか。



「……これからの行動を決めるのは、俺でも結子さんではなく、あなたです。もしその力を他の人の為に使うのであれば、俺達はあなたを許し、今後出来る限りの協力をします。明日、考えが纏ったら入り口に来てください。……それでは」


 その後菅谷を叩き起こし、寝ている他の連中を任せて俺は青堀神社を後にした。







 青堀神社を出ると、そこには仲間達が待っていた。俺はそこに近づき声を掛ける。


「青堀神社の問題もこれで終わった。皆、協力してくれてありがとう」


 俺の言葉に城悟は何故か笑いながら返す。


「おいおい、素直に感謝するなんてどういう心境の変化だ?口調も昔みてぇだな」


 城悟の言葉にそうだっただろうか、と思う。でも碧と早瀬さん親子の再会、そして奏子さんと結子さんの親子関係。それらは両親の安否が不明な俺の心に響くものがあったのだと思う。


 そして、俺には結子さんが言ったサポートの情報で思うところがあった。トリセツ……あいつは俺に何か重要な事を隠している。俺は今、何よりもそれを確かめたかった。




 サポートが実在した人間の意識。それならお前は一体誰なんだ?なあ、トリセツ。お前はもしかして——

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