第110話 青堀神社 27

 ※諏佐奏子視点


 お母さんが死んだ。私一人ではとても生きられない。無理だ、私もお母さんの後を追おう。


 そう思って包丁を手に取った——次の瞬間私の意識は真っ暗な空間にいた。そう思えば次はぼんやりと何かが見えてきた。


 これは、私が見ているもの?いや、違う。これはお母さんが私の体に入り込み、見ているものだ。

 ああでもこれで良かったんだ。私はお母さんの足枷になっていた。それにあの力が有れば、お母さんだけなら何とか生きていけるかもしれない。




 けれど、私が消える事は許されないようだ。それなら私はこの暗い空間に篭ろう。いつか意識が薄れていき、そのまま消える事を願って——。




 ——そう思ってから何十日が経っただろうか。お母さんは最初はゴブリン、そして人までも操れるようになっていた。危険な目に逢おうとも決して諦めず、そしてついに安全な場所である青堀神社を見つけた。能力を使い怪しまれずに入り込み、気がつけば食料を管理できる立場になっていた。


 やっぱりこれで良かったんだ。私なんて最初から要らなかった。


 でも……お母さんは何度も私の名前を呼ぶ。けれど、私は答えない。答えてしまったら奪ってしまうかもしれないから。




 

 それからまた暫く経つと、お母さんの行動に変化が現れ始めた。能力を持った子達を操って危険な事をやらせ始めた。

 領域の支配と言っていたものだろうか?出来たら他の人を危ない目に合わせないで欲しい……でも私はそれを止める事も出来なかった。



 それから数日後、見慣れない男性と女性が神社に訪れた。どうやら食料や武器を奪った事で怒っているようだ。この二人……特に男性の方は強く、そして操る能力が効かない。二人が去った後、その事でお母さんは焦り始めた。


 そしてついに丸山君をけしかけ、失敗。お母さんが更に焦り始める。


 もういい、お母さん、やめて……。


 その願いも言わなければ届かない。今度は厚木君と市橋君も……という所で、お母さんは危機的な状況に陥ってしまう。

 男性……灰間君が外の領域を攻略したようで、お母さん達は青堀神社に閉じ込められてしまう。悲しみ、焦り、悔しさが溢れ出す。



 お母さん、もう辞めよう?今なら謝れば命だけは助けてもらえるかもしれない。


 ——だが、交渉に来た灰間君を攻撃し始めてしまう。お母さん、何故?何でここまでするの……?


 私が考えている内に、厚木君達が倒されてお母さん一人になってしまう。私の中にも闇の中で死と隣り合わせの恐怖が流れ込んで来る。このままだと、お母さんが殺されてしまうかもしれない。


 でも、私には……どうする事も出来ない。






 ——すると、急に誰かから声を掛けられ、私は驚く。その声は明るく、若い女の子の声に聞こえた。




『ねえ、これで良いの?』


 ——お母さんが殺されるかもしれないのに良いわけが無い。


『じゃあ、なんで何もしないの?』


 ——しないんじゃなくて、出来ないの。


『あなたのお母さんが、あなたの為に頑張ってるのに?』


 ——知ってる。やり方は悪いけど……これは全部私の為。


『なら今の状況を止められるのは誰だと思う?』


 ——私。でも……。





「……あーもう!! このままだとあなたもお母さんも死んじゃうよ!?良いの!?」


 ——ヒッ……きゅ、急に何!?


『あなた!奏子さんは!どうしたいの!』


 ——お、お母さんに幸せになって欲しい……私なんて忘れて……。


『じゃあ結子さんは何の為に引かないと思うの!』


 ——そ、そんなの私の為にしてるって分かってるよ!でもどうしようも無いでしょ!


『キーッ!あなたがそんなだから、結子さんが離れられないんでしょうが!自分以外の事も考えてよ!』


 ——な、何を分かった風に!急に出て来て何!?あなた図々しくない!?随分と嫌な感じ!


『それはよく言わるけど!けど! うじうじしてるあなたよりはマシですぅ!やーいやーい!』


 ——く……っ!子供みたいに!わ、私だってやろうと思えば……!


『えー?こんな大事な時にうじうじしてるのに、いつやるのかな~?』


 見てなさい!私だって——!



 ——しまった!と思った時には遅かった。私は衝動的に表に出る事を考えてしまった。


 混合していく私とお母さんの意識。そして、完全な暗闇の空間から……視界が別な闇へと切り替わった。




『よし!任務達成!ご主人様、貸し一つ!』

「え、あ、ちょっと!」


『それじゃ!トリセツちゃんでし……』


 そこで、女の子の声は途切れた。立ち尽くす私に有ったのは、忘れかけていた懐かしい自分の体の感覚。


 私は……もう戻らないと決めた筈の、自分の体に戻ってしまったのだった。

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