第109話 青堀神社 26

♦︎

 ※諏佐結子視点


 今、私は灰間暁門と対峙し、二度目の死の恐怖に体を震わせている。

 何故、こうなってしまったんだ……あの時、奏子を守ると決めたのに——





 突如、緑色のゴブリンと呼ばれる怪物達が現れ、私と奏子は家に怯えながら隠れていた。電気も消え、薄暗い家の中で身を寄せ合い、ただただ助けを待つ。


「奏子、大丈夫よ。すぐに警察や自衛隊が助けに来てくれるから」


 奏子は元々病弱だったせいか、物静かで自分を出さない。この事態が起きる前も引き篭もりがちの生活を送っている子だった。


「お母さん……もう、私無理……どうせ助けなんて来ない……こんな事なら死にたい……」

「何言ってるの!あなたはまだ若いの、絶対に生きなきゃ駄目よ!諦めないで!」


 数日が経ち既に食料は無くなりかけていた。そして奏子には聞かせないようにはしたが、政府は地方を見捨てる方針らしく、助けは期待出来ない……絶望的な状況だった。

 生き延びる為には外に出るしか無い。幸いゴブリンは勝てない相手では無いようで、武器になる物さえあれば女でも勝てるらしい。


 それでも怖いものは怖い。私がこうして正常にいられるのは、ただ奏子を守ろうとしているからだ。もし奏子が居なければ……私は全てを諦めてしまうだろう。



「奏子。お母さん少し外に出てみようと思うの。ほんの少し、様子を見るだけ」


 奏子は必死に首を振る。


「いや、お母さん、怖いの。一人にしないで……」

「大丈夫よ。危なかったらすぐに戻るから。ほら、これでも食べてて」


 奏子に最後の食料であるお菓子を渡し宥めた。そして私は台所から包丁を二つ持ち、様子を伺いながら玄関の外へ。


 大丈夫。隣の家に行くだけだから……ほんの数メートル。


 けれど……私はその数メートルの距離を無事に戻る事が出来なかった。私はお隣の玄関近くでゴブリンと遭遇した。そして運が悪い事に、その手には包丁が握られていた。


 私は出会い頭に包丁で横腹を深く刺されるも、何とか応戦し……ゴブリンを倒した。そしてそのまま体を引き摺り、何も得られずに自宅に戻った。


 私に気付くと駆け寄る奏子。


「お母さん!血が……一杯……!」

「あはは……ダメ、だったみたい……奏子お願い……私の分まで生きて……」

「いや、嫌だ!死なないで!お願い、お母さん!」


 手足に力が入らなくなってくるのが分かる。私はこのまま死ぬのだろう。私が死ぬのは怖くはない……けれど、奏子を一人残すのが……。


「ごめん、ね……」


 あなたをもっと、強い体で産んであげられたら……。


「おかあさん!」


 そうして、奏子の顔を見ながら——私は意識が途絶えた。





 私は気が付けば真っ白な空間に居た。けれど体は動かせない。その理由が体が無いからだと何故かすぐに理解した。

 そして、目の前にはぼやけた人影が居て、その人影が話しかけてきた。


「こんにちは」


 こ、こんにちは? あなたは……?


「マスターって呼ばれてるかな?」


 そう……マスターさんは何故私を呼んだの?


「サポートになってみない?」


 サポート?それは何?


「生き残った人の手助けをする人の事」


 ……!その手助けをするのは、娘の奏子でも良いの!?


「諏佐奏子……適性有りだね。大丈夫」


 ならお願い!奏子を助けられるなら何でもする!


「なら決まり。でも、僕の指示は守ってね。じゃないと消えちゃうから。それじゃ、頼んだよ」







 ——そうして視界が切り替わると、何故か私は奏子を見下ろしていた。


 奏子は私の亡骸を抱え、ただひたすら泣きながら何かを呟いていた。


 それを暫く眺めていると、奏子は私が持っていた包丁を手に——。


「おかあさん、私も……そっちにいくね……」


 いけない!


 そう思って私は咄嗟に奏子の体に飛び込んだ。そして気が付けば……私は奏子の体に入り込んでいた。


 奏子!


 頭の中で必死に叫ぶも返事は無い。何度繰り返してもそれは変わらなかった。




 けれど、一つだけ分かった事が有る。それはサポートの知識で得た領域の順位による報酬。

 もしそれで私が生き返れば……奏子はまた元気な姿を見せてくれるだろうか?そうすれば、また……一緒に暮らせるだろうか?


 そこに僅かな望みが有るのなら、私は奏子の力を使って必ず成し遂げてみせる。だから奏子……暫く休んでいて。




 お母さんが、あなたの分まで頑張るから——。


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