第92話 青堀神社 9

 日が登り周囲が完全に明るくなった頃、荻菜さんと碧が目を覚ました。


「うーん、良い朝ね」


 荻菜さんはそう言いながら目を擦りながら体を伸ばす。


 俺は全く寝れてないから最悪な朝なんだがな。


「ふぁああ……まだ寝足りない……」


 碧は起きたものの、ボーッとしている。お前、俺達が来る前も寝てただろうが。どれだけ寝るんだよ。


「……二人ともおはよう」


 俺はそう言って恨みがましい目を向ける。荻菜さんが目を合わせないのは、分かって寝たのか。


「え、灰間さん寝なかったんですか?……酷い顔ですよ?」


「あのな……安全とは言えない場所なんだから見張りは必要だ。まあ今回は良い。だが、今日の夜から交代制にしてくれ……」


 そして持ってきた食糧で朝食を終え、俺達は倉庫の外へと出る。空は憎いほどに晴れており、徹夜の目には少しキツい。


「さて……荻菜さんは別行動か?それなら、碧は俺と一緒に行動だな」


「ええ、別で頼むわ。昼前にまたここで会いましょう」


 荻菜さんを一人にするのは危険だが、本人はそれを全く気にした素振りを見せない。その理由は俺は荻菜さんが何かしら『ホープ』を持っているのだと確信しているが、本人が隠しているせいでその詳細は不明なままだ。

 俺を完全に信用していないのか、それともどこかで出し抜くつもりかは分からないが……。


 そして荻菜さんはどこかに歩いていき、俺と碧は菅谷を待って合流した。


「勝手に別行動されると、監視の俺が困るんだけど……」


 菅谷は荻菜さんがいない事にブツブツと文句を言っている。


「まあ良いじゃないか。その分俺が何でもするから。銃弾の補充して欲しいんだろ?」


「……今日だけだからな」


 利益が有ると分かったからか、俺への態度が軟化している気がする。まあ、安心して良いわけではないが。

 そして俺達は本殿脇に有る建物に入り、鍵のかけられた一室へと案内された。中には俺達から盗んだ魔石銃を含めた銃や刃物。どうやらここを武器庫扱いしているようだ。

 そんな所へ俺を案内するのは不用心だと思うのだが、あえて何も言わなかった。


「てっきり銃砲店から銃を取ったのはお前達だと思ってたんだが、それにしては銃が少ないな」


 ライフル、ショットガンは幾つか有るが、銃砲店から全て奪ったにしては数が少ない。


「俺達も思いついてから行ったんだが、その頃には既に荒らされた後だったんだよ。運良く銃は何個かは見つけたけど、弾がほとんど残っていなかった」


「なら、周辺の生き残りの人達が持っていったのか。どこかに落ちてるかもしれないが、それだと探すのは難儀だな」


 あわよくば触れるかと思ったが、そう上手くはいかないようだ。


「|武器修復ウェポンリペア


 俺は魔石を手に持ちながら全ての銃の弾を補充した。ライフル等は出来れば俺の作成したものとすり替えておきたかったが、菅谷が見ている前では難しそうだった。


「これで終わりだ。それで、出来ればこの領域に居る『ホープ』持ちと話したいんだが……挨拶位しておきたいんだ」


 菅谷は警戒した様子を見せる。


「……まあ構わないが、一人は今外に出ていて無理だ。残りの二人なら会わせてやっても良い」


「ああ、それで構わない」


 俺達は武器庫を後にし、『ホープ』持ちの二人と面会する為に移動した。






 その一人目。どこかおどおどとした地味めな高校生位の男、市橋 克也いちはし かつや


「お、おい、忍。こいつらを連れてくるなんて話聞いてないぞ……」


 市橋は明らかに怯えた様子で、俺の方を見ている。それに対し返答する。


「何かするつもりは無いから安心して欲しい。ただ『ホープ』持ち同士、挨拶をしようと思っただけなんだ。俺は灰間って言うんだ、よろしくな」


「あ、ああ。よろしく……でも、僕はお前が怖い。正直言って早くここから去って欲しい」


 ……人の仲間を連れ去っておいて良く言えるもんだな。言い出したのは別の奴でも、一緒に居たんだろ?


「随分と正直に言うんだな……けれど、領域でお隣さんなんだ。ここに居る限り、これから嫌でも顔を合わせると思うが……」


「そういうのは忍や称矢に任せる。……もういいだろ、僕に構わないでくれ」


 市橋はそう言うと、俺に背中を向ける。


「分かった。……あ、悪い。最後に聞きたいんだが、サポートってのに聞き覚えはないか?」


 市橋はこちらへ振り返り、首を傾げる。


「……サポート?さあ?僕には何のことだか分からない。俺は『ホープ』持ちとは言っても、地味で弱い能力だからな……」


「……そうか」


 



 そして二人目。小太りで眼鏡をかけた……年齢不詳の男、丸山 丸男まるやま まるお。見た目は年齢不詳だが、菅谷によると二十歳らしい。

 そして丸山は俺の姿が見えると、自ら近づいて来て声をかけてきた。


「おやおや、話題の武器屋さんではないですか」


「……武器屋?俺は灰間と言います。暫く厄介になるので挨拶に」


「それはご丁寧にどうも。わたくし、丸山と申します。で、知りたいのは『ホープ』の詳細でしょうかねえ?」


「い、いや別にそう言うわけじゃ……」


 正直知っておきたいが、今回は特にそこまで考えていなかった。


「わたくしは身を守る結界を作る事が出来るんですよ。だから、命を狙おうとも無駄ですからねぇ?」


 ニタニタと笑う丸山。いや、本当にそういうつもりは無いんだが……。


「あ、ああ……肝に銘じておきます。それと別に危害を加えるつもりは無いので……」


「ああ、そういうのは良いんですよ。早瀬さんを連れ去った事で、わたくし達が憎いのは分かっているので。いやあ、怖い怖い」


 丸山はそう言いながら碧を舐め回すように見つめる。それに気付いた碧は、俺の後ろへと隠れる。


「でも、羨ましいですなあ。早瀬さんに、連れてきた荻菜さんの美人二人。あなたがリーダーなら遊び放題では無いですか。……少しくらい分けて欲しいもんですなあ」


 ……こいつ、わざと俺を煽ってきてるのか?……落ち着け、敵対行動は避けろ。


「いえ、俺はどちらともそういう関係では無いですよ。それに、そういった強制はしません」


「おや、それは勿体無い。いつ死ぬかも分からない世界ですし、欲望のまま動けば良いではないですか。わたくしとしては残念な事に、今回は早瀬さんは無事でしたが……」


 こいつ……!


 完全に頭に血が上り俺が殴り掛かる寸前の所で、俺の服が引っ張られ、我に返る。

 振り返ると服を引っ張っていたのは碧だった。俺はそれを見て、深呼吸し気持ちを落ち着かせる。


 そしてその様子に丸山はつまらなそうな表情をする。


「……ふん。つまらない。これで手を出せば返り討ちにしてやったんですがねぇ……」


 そこで菅谷が慌てて間に割り込んでくる。


「おい丸男!勝手な行動は止めろとあれだけ……!」


「いやいや、少し試しただけですよ。ハクシン様には言わないで下さいね」


 そう言うと、丸山は立ち去っていく。そして菅谷が俺に頭を下げてくる。


「……灰間さん、早瀬さん、すまなかった」


「……何故謝る」


「ハクシン様の方針は灰間さん達と友好的にしろという話だったんだ。少なくとも俺と、もう一人の称矢は敵対するつもりは無いんだ。信じてくれ」


 ……こいつらも、ハクシンを中心に纏っている訳では無い、か。これじゃ、警察署のように今の状況がいつ崩れてもおかしくないな。


 俺は菅谷に返事をしないまま、背後の碧に話しかける。


「碧、大丈夫か?」


「……だ、大丈夫。だけど、あの人は怖い……」


「もし、危なそうなら全力で逃げろよ」


「ええ……そこは、俺が絶対に守ってやる。って言うべきじゃ……?」


「……可能な限り守るが、な」



 まさかここまであからさまに敵対されるとは思わなかった。……俺が甘く考えすぎていたのだろうか。


 丸山は能力に自信があるようだし、返り討ちにすると言っていた事から、それは自身を守るだけでは無いのだろう。荻菜さんの情報次第じゃ、ここをすぐに立ち去る事も視野に入れるべきだ。

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