第90話 青堀神社 7

 足音のする方向を見据えていると、そこから姿を表したのは神主の格好で奇妙な面をした人物と、巫女の格好をした女性。

 二人はそのまま綺麗な所作で俺達の前に正座で座る。それを見ていただけで、俺には本物の神主と巫女のように思えた。


 俺は胡座から正座に座り直して、俺達は軽く会釈をする。この神主いや、二人からは何か威圧感のような物を感じる。だが、崇拝するような神々しさとは何かが違う。


 そして、巫女の方が口を開く。


「灰間様と荻菜様ですね。このお方がハクシン様です」


 どうやら神主の方がハクシンらしい。だが、ハクシンには喋る気が無いようだ。


「ハクシン様は理由が有って直接喋れません。巫女である私、諏佐が代弁致しますのでご了承を」


 喋れない、ね。何か理由が有るのか?


「分かりました。それでいきなりですが、質問良いですか?」


 諏佐さんの眉がピクリと動く。だが、ハクシンは微動だにしない。


「……どうぞ」


 諏佐さんが答える。


「サポートというものに聞き覚えは有りますか?」


 俺の質問に、諏佐さんは首を傾げる。そして、ハクシンの口元に耳を寄せて何かを聞き取るような様子を見せる。


 ……ハクシンは普通に喋れるんじゃ無いのか?なら、やりづらいから普通に話し欲しいんだが。


「ハクシン様も私も、質問が理解出来ません。サポートというのは支援や補助する、という意味のサポートでしょうか?」


 ハクシンの表情は読めないが、諏佐さんはほんとに知らないように見える。勿論、知らないフリをしてるだけの可能性も有るが。

 ただ、これだけじゃハクシンがサポート付きかどうかは分からない。


「なら大丈夫です、今の質問は忘れて下さい。えーと、ハクシンさんはこの領域を今後どうするつもりですか?」


 諏佐さんは不快な表情を隠しもせず、俺を睨み付けながらに答える。


「ハクシン様は神から授かった御力で、この状況から人々を救いたいと考えています」


「なら、その力で近くの領域を支配しなかったのは何故ですか?安全な場所が増えれば、それだけ人も救えるでしょう」


「ハクシン様はまだ動く時期ではない、と仰っておられます」


「それは、いつ動くんでしょうか?……既に新潟駅周辺なんて酷いものです。至る所に死体や人骨が有り、何人死んだかも分からない。このままでは更に被害は増える一方です」


 諏佐さんは無表情になる。


「……それはお答えしかねます」


「俺としては、生き残った仲間としてハクシンさん達に協力すべきかどうかを判断したいんです。良ければ、何か『ホープ』でやってみてくれませんか?」


 俺は敢えて『ホープ』と言った。ハクシンにもし何かしらの力があるのなら、それは間違いなく『ホープ』だ。神の力なんて有るわけがない。


「な……っ!あなた、ハクシン様に向かって無礼な……!」


 諏佐さんが俺を睨み付ける。それにより、少し威圧感が強くなった気がした。一方、ハクシンには全く動きが無い。


 そこで、突然ハクシンが動き……手を前に出す。

 すると——俺と荻菜さんの目の前に、突然湯呑みに入ったお茶が現れた。

 更にハクシンは人差し指を立てる。するとその指先には小さな火が現れ、大きさを保ったまま揺らめき続ける。


 こいつ……二つの能力が有るのか?予想外の行動に正直驚いたが、俺は冷静を装い表情は崩さない。


「……どうですか?ハクシン様は様々な御力を扱い、我々を助けて下さります。時には生きる為の食糧を、時には戦う為の武器を恵んで下さります」


 得意げな諏佐さんを見て、俺は考える。恐らくだが……諏佐さんは何も知らないのかもしれない。ただハクシンを信頼して、尊敬している、そんな風に感じる。

 ハクシンの指示で菅谷達が動いている事は、諏佐さんに秘密にしているのか?恐らく、食糧も武器も菅谷達が調達してきているものだと思うんだが……。


 やはり、この話だけでは誰に注意すべきかが判断出来ない。危険は有るが、数日の間様子を見ることは可能だろうか。それなら、少し下手に出る必要が有るな。


「……わざわざ力を見せて頂き、ありがとうございました。ですが、俺の方は正直まだ迷っている状況でして……申し訳ないのですが、神社内に三日ほど滞在しても良いですか?」


 諏佐さんはハクシンから耳打ちされ、頷く。


「ハクシン様は構わない、と言っておられます。ですが、くれぐれも問題を起こさぬようにと」


「ありがとうございます」


 俺は座ったままお辞儀をする。


 ——ここに滞在すると決めた理由は、サポート付きの存在が不安要素となり得るからだ。もしもサポート付きがこの青堀神社に居るのなら、協力関係を結ぶなり、排除するなりしなければ拠点を作った時に不安が付き纏ってしまう。

 トリセツが注意を促す位だ。早めに動き不安を潰しておく事に越した事はないだろう。

 

「……最後に聞きたいんですが、ハクシンさんが青堀神社を支配した時、この領域にはボスは居ましたか?」


 ハクシンの言葉をまた諏佐さんが代弁する。


「ハクシン様は、魔物を一掃したのでよく分からない……と仰っております。それと、支配ではなく邪悪なものから解放したのだと」


「そうですか」


 俺がそうだったように、領域を支配した時点でそれらの情報は勝手に得られる。支配と呼ばないのはそう演じているのか、それともハクシンが支配した訳ではなくて本当に知らないのか。

 ま、今の時点では分からないし、ハクシンも本当の事は言わないだろう。ただ、神の使いを演じたいようなのは分かった。それが本人の意思によるものか、或いは支配した誰かの入れ知恵か。たった数日で信用されるまでは無理だろうが……少し探ってみるか。


「ああ、もう一つ有りました。俺の仲間がここに無理矢理連れて来られたんですが、それはハクシンさんの意思でしょうか?」


 そこで諏佐さんの目が見開かれる。やはりこの人は何も知らないようだ。事を荒立てるような事を言いたくは無いが、この件については言っておかなければならない。


 そのまま、暫くの間。諏佐さんはハクシンに耳を寄せるが、奴は何も話す様子が無い。


 そして——諏佐さんが頷き、その口を開く。


「ハクシン様は知らなかったようです。下の者達が勝手な行動をしてしまい、すまない。彼らには私から注意しておくと……それと、あなたの仲間も連れ帰って構わないそうです」


 ……それだけか?今の不自然な間は、驚いていたとでも言うつもりなのか?俺は今の反応で、ハクシンは何かしら知っているのだと思った。

 ハクシンが指示した訳では無いかもしれないが、少なくとも碧を連れ去った事は知っているように感じたんだがな。


 仲間を連れ去っておいて、知らないフリで謝罪だけ、なんて納得出来るわけが無い。一応上に立っている以上、何かしらの誠意は見せて欲しかったが……。


 このまま無かった事にするには問題が大きい。残った仲間達も、これだけじゃ納得しないだろう。今後増やしていく勢力に蟠りを残すわけにはいかない。

 ……その代償は、その内払ってもらう。

 


 そこで俺は立ち上がる。


「……そうですか。では、先程言った通り数日ここに居させてもらいます。ハクシンさんと話が出来て良かったです。それでは」


 対応に不満で語尾が強めになってしまった。だが、これでも抑えたつもりだ。

 

「荻菜さん行こう」


 俺は荻菜さんに声を掛けて立ち去ろうとした。


「ちょ、ちょっと待ってよ!あ、足が……」


 ……正座で足痺れたのかよ。これじゃ締まらないだろ……。




 そうして、俺は荻菜さんに肩を貸しつつ本殿を後にした。先ずは避難している人達からの領域の様子を聞いて周るつもりでいる。


 それにしても……ハクシンがサポート付きにしては言動に違和感が有る。……他の連中がそうである可能性も考え、動向に注意しておかなければ。

 暫くは協力する形を取って友好的に演じよう。ハクシンだって俺が居る事で領域内に利益が有れば、俺をすぐには排除しようとは考えないだろう。


 どうやら、サポート付きを探るのは骨が折れそうだ。今後を考えると仕方ない事なんだが……少し不安だな。



♦︎




 ——青堀神社の本殿から離れた一画。そこに一人の人物が居た。


「くそッ!何でこのタイミングであんな奴が……!このまま行けばこの神社を好きに出来たのに!」


 その人物は建物の壁を殴り付ける。


「……アイツを使うか。うまくいけば相討ち位なってくれるかもな」


 そう言って、その人物は立ち去っていく。




 ——ハクシンを中心とした青堀神社の領域。そこで、もうすぐ何かが起きようとしていた。

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