第89話 青堀神社 6

 青堀神社の中に入ると、以前見た事のある石畳の道が現れる。ここは本殿周辺に建物が密集しており、他の場所は池や小さな公園のようになっている。公園側は桜の木が多く、俺もここには花見に来た事がある。まあもうすぐ六月だし、桜の花なんて散ってしまっているだろうが。


 俺は……そう言えば沙生さんと花見しようなんて話もしていたな、と感傷に浸りながら本殿へと歩く。


 それが表情に出ていたのか、荻菜さんが浮かない表情で話しかけてくる。


「ここに来てそんな顔はやめてくれる?どうなるか分からないけど、一応敵陣なのよ」


 荻菜さんの言葉を聞いて、俺は顔を両手で叩き表情を戻す。


「ああ、悪い。少し思い出してしまった」


 俺達の様子を菅谷が後ろにチラチラと振り向き伺っている。


 こんな事で感情が揺らいでたら駄目だな……気を引き締めないと。いつ背後から襲われてもおかしくは無いんだから。


「なあ、菅谷。先に早瀬に会わせてくれ。無事だけ確認できれば良い」


 それを聞いた荻菜さんは首を傾げる。


「碧ちゃんはすぐに助けないの?」


「今あいつが居ると話がややこしくなる。まだ暫く大人しくしててもらうさ」


 ま、いざと言う時は連れて逃げる。その為にも無事なのと場所は確認しておかなければ。


「わ、分かりました」


 菅谷は頷く。怯えた様子なのは、俺達が暴れるとでも思っているのだろうか。


 そうして連れてこられたのは、本殿近くにある物置となっている小さな木造の建物。


「……彼女はここに居ます」


 俺は頷き、建物に向かって声を上げる。


「おい!早瀬居るか!?」


 それから暫くして反応が返ってくる。


「は、灰間さんですか!?良かった!助けに来てくれたんですね!?」


 間違いなく早瀬の声に聞こえる。念のため俺は窓となっている所から中を覗く。すると——特に拘束されていない、意外と元気そうな表情をした早瀬の姿が見えた。


「無事そうだな。良かった、それじゃ」


「ちょ、ちょっと待って!助けに来たんじゃ無いんですか!?」


 かなり慌てている様子の早瀬。


「特に不自由も無さそうだしもう暫く我慢してろ。話し合いが終わったら助けてやるよ」


「え!えー!?灰間さん何しに来たんですか!か弱い女の子が監禁されてるんですよ!?今すぐにでも助けて下さいよ!まだ何もされてないですけど、これからどうなるかわかりませんよ!」


 俺は大袈裟にため息を吐く。それに早瀬は目を見開き驚く。


「ええ!?なんで溜息!?」


「あのなあ……お前は自分をか弱いって言ったが、俺や爺さんに鍛えられてる分他の人より強いからな? そんなお前が特に拘束もされてないなら、こんな木造の建物の壁なんて簡単に蹴破れるだろ。自力で脱出しようとは考えなかったのか?」


 俺の言葉に早瀬はハッとする。


「そ、それは……外に出た所で見つかったら危険ですし……」


「お前なら魔物だろうが人だろうが充分逃げ切れる。はあ……俺はこういう時の為にお前を鍛えてたんだがな……」


「う……っ」


 早瀬はそこで泣きそうな顔になる。

 やばい、言い過ぎたか?俺は慌ててフォローをする。


「だが……まあ、結果的に無事で良かったよ。お前のお父さん酷く心配してたぞ?」


「えへへ、そう言って貰えると……」


 早瀬が頭の後ろを書き、照れるような仕草をする。


「ま、俺は状況的に大丈夫だろ、と決めつけてたから特に心配していなかったが」


「そ、その一言無ければ良い話だったのにー!」


 俺と早瀬のやり取りを見て、荻菜さんは呆れて何も言えないようだ。何故か菅谷まで呆然としている。


 まあ早瀬が酷い扱いを受けていない事が分かった。今はそれで良い。


「碧、必ず迎えに来るからここでもう暫く我慢してろ」


「え……今!名前で!」


 ……早瀬と早瀬さんで言いにくかったんだよな。丁度良いし、これから名前で呼ぶか。

 こいつは何故か中で騒いでるし、放っておこう。


「さあ、菅谷行くぞ。ハクシンに会わせろ」


 俺はそう言って建物から離れる。


「……見てて悲しくなるわ」


 荻菜さんは中には聞こえない声でそう呟いたのだった。





 それから、俺達は本殿の中へと案内された。中は荒れた様子もなく、畳の和室は以前のように綺麗なままだ。


 そこで、俺は一つ疑問に思う。


 青堀神社が領域となっているのは間違いない。だが……今までとは違い、建物に入る時にあった渦が無かったのだ。

 施設によって違いが有るのか?もし渦が無いのなら、支配する前はボスはどこに居たんだ……?これは、ハクシンに聞いておきたい所だ。


「今、ハクシン様を呼んできます。ただ……くれぐれも無礼の無いように」


「ああ」


 菅谷の言葉に俺は一応頷いておいた。そして、菅谷が奥の方へと姿を消した。


「なんで渦が無いのかしら?」


 どうやら荻菜さんも俺と同じ疑問を抱いていたようだ。


「なんでだろうな……だが、渦が無いってことは魔物の強さは外と同じってことだ。それならボスが居たとしても、かなり弱い可能性が有るな」


「食料品の有る場所が、魔物が強めの領域になってるってこと?」


「恐らくだが……支配の恩恵によるのかもしれない。そうだとしたら、ここは精々安全な拠点程度だろうが……」


 そこまで言うと、廊下を歩く足音が聞こえ始める。そこで俺は喋るのを止めた。


 ——さて、ハクシン様とやらとのご対面だ。鬼が出るか蛇が出るか……。

 

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