第74話 惨状の中で 4
俺は女性に対して大袈裟な程呆れた態度を見せる。
「そんなの断るに決まってるだろ。それにお前の力づくなんて怖くも無い」
俺の言葉に、女性は一層眼光が強くなり歯を食いしばる様子を見せる。
「女だからって舐めた態度してると、痛い目見るわよ」
「やってみろよ。じゃないと貴重な食糧が逃げてくぞ?」
女性は完全に頭に血が登っている様子だ。俺は銃を懐にしまい、無防備に両手を広げる。
「ほら。武器も無いぞ?」
「ちっ……舐めんじゃないわよ!」
その瞬間、女性は一気に階段を飛び降り、俺へと襲いかかって来る。その動きは早く、紫の狼並みと言っても良いかもしれない。
女性は俺に近づくと、そのままの勢いで右手により殴りつけて来る。
俺はそれを良く見ながら左手で受け流す。身体能力が上がっているお陰か反応は間に合うようだ。
「な……っ!」
女性は受け流された事に驚きつつも、そのままの流れで左脚による蹴りを放つ。
爺さんと組手をやった事は有ったが、その時の速さと変わりが無い。この女……何か格闘技の経験者か?
俺は蹴りを両手でガードする。その蹴りは女性とは思えないほど重い一撃で、俺の両手が少し痺れを感じる。
俺は後方へと跳躍し、一度距離を取る。
「……凄いな。思った以上だ」
俺の言葉に女性は悔しそうな表情を浮かべる。
「……簡単に防いどいてそれ?あんた弱そうな見た目してて、どこにそんな強さがあんのよ」
強くなる事を決めてから筋トレはしてたんだが……。まあ貧弱そうに見えるのは元々だ。
女性は俺に近付こうと駆ける。俺はその動きに注視していたのだが——突然、女性の体がブレた。
俺は嫌な気配を感じ、咄嗟に横へと跳んだ。すると——先程まで俺が立っていた位置に女性が突然現れ、その姿は右手を振り抜いた体勢で止まっていた。
……こいつ、『ホープ』持ちか!俺はその事実に目を見開く。
女性は恐らく格闘技の経験者で、この環境で生きる為に魔物も多く倒しているだろう。それだけでも強いのに、それに適した『ホープ』まで持っているとなれば……俺や爺さん並の実力者の可能性が高い。
「これまで避けるの!?」
女性は驚きつつすぐに構え直し、俺と対峙する。先程の加速のような『ホープ』は直感でうまく避けれたが、次はうまくいくか分からない。何故ならあの動きを俺は目で追うことが出来なかったからだ。
この女の実力は分かったし、この辺で潮時だろう。
「……なあ、煽って悪かった。食糧を分けるから終わりにしないか?」
俺は構えながら女性にそう言った。
「……ちっ。全部くれるなら考えるわ」
これ以上戦っても体力を使うだけだ。俺は仲間の食糧も有るし、俺の持っている分なら渡しても良いか。それに、どうせ仲間に引き入れるつもりでも有る。
「分かった、それで良い。だが、ここじゃなんだし、拠点にしている部屋に連れてってくれよ」
女性はそこでやっと構えを解き、階段を昇っていく。
「……ついてきなさい」
俺に背後を見せるのは信用したのか、それとも後ろから襲われても対応出来る自信が有るのか。まあ、どちらにせよやり合わない方が得策だな。
♦︎
女性について行くと、二階に有る部屋の中へと入って行く。俺もそれに続き中に入ると、その様子を眺める。
どこかの企業の事務所か、机が並べられ書類が散乱している部屋。その奥にパーテーションで仕切られソファが置いてある一画が有った。
そしてそのソファには一人の男性が横になっており、俺はその男性と目が合った。すると男性は驚いた表情を浮かべて俺に話し掛ける。
「驚いた。まさか……まだここに生存者が居たのか」
男性は五十前、と言った年齢だろうか。とても戦えるようには見えず、しかも左脚を怪我しているようで包帯を巻いている。
そこに、女性が椅子を持ってきて俺の脇に置いた。座れと言う事だろう。俺はその椅子に腰を下ろし、話を始めた。
「俺もこんな状況で生きてる人が居るとは思いませんでした。ここは二人だけですか?」
「……ああ。騒動が起きた時には多くの人が居たんだが、ニ、三週間は他の人の姿を見ていない。ここも、私とそこに居る椿さんだけだ」
女性の名前は椿と言うのか。まさか……それで赤髪にしてるのか?
「俺は
俺の言葉に二人は目を見開く。そして、椿さんが身を乗り出しながら声を上げる。
「ね、ねえ!他の場所の状況はどうなの!?教えてよ!」
「……ここよりはマシだけど、どこも魔物が居て似たような状況で、食糧不足が深刻になってるな」
「そう……」
椿さんはそう呟きソファに座り直し肩を落とす。そして話しかけて来たのは男性の方だった。
「そうか……やはり安全な所は無いのか……。なあ灰間君、私は早瀬と言うんだが、どこかで妻と娘を見なかっただろうか。家が南東区だから、君の居た場所とは違うとは思うんだが……」
……早瀬だと?それに南東区と言えば俺の地元なんだが……まさかな。
「……娘さんの名前を教えて頂けますか?」
俺は意を決して、男性にそう質問した。
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