第75話 惨状の中で 5

「娘の名前は碧と言うんだが……ま、まさか、何処かで会ったのか!?」


 怪我した足にも関わらず立ち上がろうとする早瀬さんに、俺は静止しながら慌てて返す。


「い、いや偶然かもしれませんが、俺の仲間に同姓同名の子がいまして……しかもこの近くまで来ています」


「何故こんな危険な所に!?で、でも灰間君、娘は戦えるような子じゃ無いんだ」


「それは訳ありでして……どちらにせよ、ここに連れて来ますね」


 そう言って、俺は立ち上がる。そしてリュックから食糧を取り出して、テーブルの上に並べた。


「これでもどうぞ。この状況なら、二人ともまともに食事を取ってないでしょう。仲間も持ってるので遠慮せず」


 俺がそう言うと二人は食糧に目が釘付けとなる。解除してから一日経ってしまっているが、おにぎりにパンなんて長らく食べてないだろう。

 そうして俺は部屋を後にし、外へ出て待たせている仲間達の元へと向かった。




 俺がそこに着くと、皆がこちらに目を向けた。その表情は俺が離れた時に比べて良くなっていた。


「今日の休む所は見つけたぞ。ホテルは無理だったが、安全性だけなら問題無い所だ」


 俺の言葉に孝が返す。


「それは良かったが、随分と遅かったな?」


 まあ、早瀬さん達と話してたからな。椿さんとも一回やり合ったし、時間は掛かったかもしれん。

 そして俺はまだ疲れた表情の早瀬に声を掛ける。


「時間が掛かった理由だが、生存者を二人見つけた。今から全員向かうが……早瀬、もしかするとお前の親父さんかもしれないぞ」


 早瀬は疲れた表情から一変し、少し戸惑った様子を見せる。


「え……お父さんが?確かに仕事でこのあたりに居る可能性は有るけど……」


 早瀬は喜んでいるようには見えなかった。嫌では無さそうだが、少し戸惑っているようだ。


「まあ会ってみろ。そうすれば分かるさ。それじゃ、移動するぞ?」


 俺の言葉に各々が返事を返すのを確認し、俺達は先程のビルへと向かった。





 ビルに入り二階の部屋へ。俺は早瀬さん達に近づき、声を掛けた。


「戻りました。それで……」


 俺が早瀬を紹介しようとした——その時。

 早瀬が前に出て早瀬さんの顔を覗き込んだ。すると、早瀬は驚いた表情で早瀬さんの元に近づいていく。


「お、お父さん……?」


 早瀬の姿に気付いた途端……早瀬さんの表情が固まる。


「碧!生きていたのか!」


 体を起こすが、足の怪我のせいで立ち上がれないのだろう。座ったまま早瀬さんは話を続ける


「生きててくれて本当に良かった。だが……母さんはどうした……?」


 早瀬さんの言葉に早瀬は表情を曇らせるが、しばらく間をおいてから小さな声で話し始めた。


「お母さんは食糧を取りにいくって家を出てそのまま……」


「そう、か……」


 早瀬さんはそう呟き、顔を俯かせる。俺はそんな二人に何と声を掛けたらいいかが分からなかった。

 早瀬がスーパーに来る前の事は俺は聞いていない。その理由は、誰もが様々な経験をして俺と会う事になったのだと思う。その中には早瀬のように、辛い経験で思い出したくも無い事もある筈だ。

 だから俺は誰にも会う前の経緯については聞かないようにしている。


 そこで早瀬さんが顔を上げ、口を開く。


「でも、こうしてまた碧と会えて良かった。皆さん、娘を守って頂き、本当にありがとうございました」


 早瀬さんはそう言って俺達に頭を下げる。

 どうやら早瀬さんはしっかりとしている性格のようだ。娘の早瀬も似れば良かったのにな。


「さて……椿さん。今までありがとう。足を怪我し、足手纏いの私をここまで生かしてもらって……こうして最後に碧と会う事が出来た。私はこれでもう悔いはない、君は灰間君達について行くべきだ」


 早瀬さんは椿さんに向き直り、そう言った。その表情は暗いものではなく、全てを受け入れて何かを決意したような表情だった。

 それに対して椿さんは反論する。


「足を怪我したのは私のせいじゃないか!だって、油断していた私を庇って……」


 泣きそうな椿さんに、早瀬さんは微笑みながら返す。


「もう充分お礼はしてもらったよ。あの時ああしてなければ、私はここまで生きて居なかっただろう。戦う術の無い私は、本当ならすぐに死んでいたのだから」


 二人の間に何が有ったのかは察しがついた。早瀬、お前の親父は随分と格好良いじゃないか。自分を顧みずに人を庇うなんて、早々出来る事ではない。

 だが、早瀬さんは何か勘違いをしている。恐らく道中だと思っているのだろうが、俺達の目的地はここだ。何処かに行くつもりはない。

 覚悟した所悪いが……その考えを訂正させてもらうか。

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