第69話 次は


 避難所から戻って来た城悟達が連れて来たのは、篠崎という二十代後半の男性だった。彼は避難所に残っていた最後の『ホープ』持ちで、避難所の人々からの信頼も有るようだ。

 そして、彼に簡単な食事を渡してそれを食べ終わった後、俺達は話を始めた。


「私もそろそろ避難所の暮らしに限界を感じていたんだ。避難所を取り仕切る理事長や校長達、彼等が無茶なことばかり言うせいで口論になってね……丁度良いタイミングだったよ」


 酷く疲れた顔をした篠崎さんはそう語った。


「篠崎さん、堅持を連れて行った俺を恨んでますか?」


 真面目に働く者が減れば、それだけ負担は増えてしまう。しかも『ホープ』持ちとなれば、大きい影響となるだろう。


「いや……正直言って堅持君が離れた事については良かった、と思ったよ。堅持君は若い。こんな所で使い潰されて死ぬには早い、そう思っていた」


 その言葉に俺は顔を顰める。


「……なら、何故城悟にそう言わなかったんですか?」


「痛い所を突くね、自分可愛さだよ。そうは思っていても、これ以上負担が増えるのは避けたいと考えてしまった。だから堅持君が離れる後押しをしなかった」


 篠崎さんは嘘を言っているようには思えない。これだけ疲労しているのを見れば、気持ちは分からなくも無い。

 これだけで完全に信用するわけでは無いが、第一印象は合格だろうか。まあ、今回の俺ら口を出す立場では無いのだが。


「俺はそれが聞きたかっただけなんで。後は堅持と話を進めて下さい」


 そう言って俺は場を離れる。その俺の行動に城悟と孝が驚いているのは、俺が指示を出すと思っていたのだろうか。


 ……今回、俺は権限の許可以外するつもりはないからな?





 そうして離れ、俺は駐車場へ向かった。そして、そのまま車のボンネットに乗りその上に胡座を掻いて座る。この状況じゃなきゃ持ち主が怒鳴りつけて来そうな行為だが、その持ち主はもうここには居ないだろう。


 そんな俺が座る車の脇に、爺さんが寄ってきて話しかけてくる。


「意外じゃのう。てっきりお主があれこれ口出しをするものだと思っておったわ」


「俺にも考えが有るんだよ。俺はこれから拠点を持ち、人手を集めるつもりだ。だが……その人や領域の管理、全て俺がやれる訳が無いし、それに時間を取られて自分の目的を疎かにしたくは無い」


 俺は話を続ける。


「だから、今の人員で信頼出来る城悟と孝に今回は任せる事にした。まあ、今回は詫びも兼ねてるから俺の思惑通りに行くかは分からないけどな」

 

 爺さんは顎髭を触りながら話す。


「ふむ。早瀬、荻菜の嬢ちゃん達は完全に信用してないのかのう?」


「当然してないな。早瀬はまだどこか決め兼ねてる様子があるし、荻菜さんは……」


 俺は昨日の荻菜さんとの一件を思い出す。


「何か有ったか?」


「いや、何でもない。それと、城悟と孝でさえ完全に信用している訳じゃないぞ?」


 爺さんはそこで溜息を吐く。


「昔からの友人位、信用してやれば良かろうに……」


「世界がこんな状況なんだ。いつどこで野心が芽生えるかなんて分からない。もし完全に信用していて裏切られたら、もう立ち直れ無いかもな」


「随分と悲しい奴だのう」


「そういう意味では、爺さんを一番信用してるぞ?いつ勝手に死にに行くか気が気じゃないが、野心で俺と敵対する事は無さそうだ。それに、魔物が現れてからなんだかんだで一番付き合いも長いしな」


「ふむ……複雑な気分じゃのう」


 そこで会話は止まり、俺と爺さんは口を開かないまま過ごす。そして……暫くしてから、爺さんとは顔を合わせずに口を開いた。


「爺さん、まだ死ぬなよ。これでも頼りにしてるんだからな」


「何も言わずに居なくなったりはせん。安心しろ」


 爺さんはそう言って笑う。だが、俺は爺さんの言葉を聞いて思う。


 ……死なない、とは言わないんだな。未だに、死に場所を求めるって決意は変わらないのか。俺としては厄介な決意だよ本当に。




 支配領域、それに仲間も増えた。全て順調に行っているのだが、何故か俺の心が満たされることは無い。

 俺は、昔からこうだったのだろうか?それとも、魔物が現れてからどこか感情が欠落したのだろうか?

 それなら、もし……沙生さんとまた会えて、世界から魔物が消えた時には、俺は満たされるのだろうか。



 

 ……何考えてるんだか。まだ拠点も無くスタートラインに立っても居ないんだ、今はただ目的へと着実に進むしか無い。

 いつか、生きてて本当に良かった、幸せだ——そう心から思える事を願って。




♦︎




 その後、領域の管理権限は篠崎さんと、孝の仲間二人の三人に与えられる事に決まった。孝の仲間二人がここに残る事を希望し、それを孝が承諾したからだ。

 そして受け入れる人に関しては、何故か俺と似たような方針に決まったそうだ。三人とも余程嫌な思いをしたのだろう、堅吾はもう少し緩和するよう渋ってはいたが、説得されて結局折れる事になった。


 まあ、学校を取り仕切っていた連中は絶対に受け入れない、という点に関しては全員意見が一致したようだった。そうなると避難所に残るのは、校長達や自分勝手な連中。そんな集団が、崩壊するのはすぐだろう。



 

♦︎




 そして、——五月も終わりが見えてきた頃。

 灰間 暁門達は堅持 城悟、御渡 孝を含む五名の仲間を加えて移動を始める。


 目的地は新潟駅を挟み反対側の北口方面。商業施設が多く、民家が少ない……食糧に期待できない過酷な環境だ。


 そこで彼らを待つのは、生き残った人々か、それとも魔物の群れと悲惨な景色なのか——。

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