第15話 避難所崩壊 1

 ——頭が重い、両腕が痛い。


 だが痛みが有るって事は、これは現実だ。トリセツの言う通り俺は生きていたんだな。


 重い瞼が徐々に開いていく。

 目を完全に開けると、見えたのは少し見慣れた警察署の天井だった。


 あの後、誰かが俺をここまで運んでくれたのか。後でお礼を言わないとだな。


 体を起こそうにも、両腕が思ったように動かせない。顔だけ動かすと俺の傍には沙生さんが座っていた。


 そこで、俺と沙生さんの目が合う。


「暁門君!?」


 反射的に沙生さんが抱きついてきた。一瞬戸惑うも、次の瞬間俺の両腕に痛みが走る。


「いた……っ!」


「あ、ご、ごめん!」


 沙生さんは慌てて離れて頭を下げる。取り乱したのが少し恥ずかしかったのか、顔が赤い。


「俺、どのくらい寝てたんですか?」


「え、えーと。ここに運ばれてから丸二日くらい」


「そうですか……」


「でも、暁門君が無事で本当に良かった……私があんな事を言ったせいで暁門君が怪我をして……もし、もし目を覚さなかったらって……!」


 沙生さんは顔を両手で覆い、涙を流して泣き始める。


「この怪我は沙生さんのせいじゃないですよ。俺が望んで行ったんです。それと、俺の考えが甘かった」


「……あの時、一緒にここを離れていれば……暁門君が怪我をする事は無かったのに」


 沙生さんは鼻をすすりながら話す。


「いえ、結果的に行って良かったと思います。俺が行かなければ、もっと多くの人が死んでいた……」


 そこで俺は加藤さんの事を思い出す。あの時点でかなりの大怪我を負っていた。


 沙生さんは浮かない表情を見せる。


 まさか——


「加藤さんは何とか一命を取り留めたよ。でも、意識は戻らないし、病院でちゃんとした治療を受けることが出来ないと、このままじゃいつ死んでもおかしくないって……」


 病院で治療を受けることなんて、この状況じゃどう考えても無理だろう。行けたとしても、医者が逃げ出している可能性が高い。


「そう……。戻ってきた人達の状況は?」


「暁門君を除いて攻略に向かった十七人のうち、四人が亡くなって、加藤さんを含む三名が重症。避難民の人達五名を除いて、他の警察の人達もみんな怪我を……」


 沙生さんは顔を俯きながらそう言った。


「そう……辛い事を言わせてごめん」


 今回の件で警察の人達は多くの人手を失ってしまった。

 そうなると、黒薙さん達のグループに頼るしか無くなってしまう。人数による差はもうほとんど無い。更に、黒薙さんに『希望の力ホープ』がある。戦力としてなら既に上回っているかもしれない。


 もしも黒薙さんに野心が有るなら……この避難所を掌握する事も可能だろう。


 いや、今はそれを考えるのはよそう。加藤さんの様子を見に行きたいし、村田さんとも話したい。


「沙生さん。加藤さんの所へ行きたいんだ。悪いんだけど手伝ってくれる?」


「分かった」


 俺は沙生さんの手を借り、加藤さんの元へと向かった。



♦︎



 加藤さんは署長室で布団を敷いて寝かされていた。周囲には血だらけの包帯やガーゼ。傷はやはり深いようだ。

 荒い呼吸が聞こえ、その表情は痛みに耐えているように見えた。


 脇には若い婦警の人がおり、浮かない表情をしている。加藤さんに近づくと、俺は婦警の女性に話しかけられた。


「灰間さん、目を覚されたんですね」


「ええ、何とか。両腕はこの通りですけど」


 俺の両腕は包帯で巻かれ、ギプスのように腕を吊られている。どこかに触れるだけでかなりの痛みが有り、暫く動かすのは無理だろう。


「署長や皆を助けるために体を張って頂いて、どう感謝を伝えて良いか分かりません。でも、本当にありがとございました」


「いえ……結局、俺が助けられらたのは一部の人だけです。俺がもっと早く決断していれば……加藤さんも……」


「そんなに気負わないで下さい。灰間さんのお陰で私達が助けられたのは事実なんです、もっと胸を張っていいと思います」


「そう言って頂けると……少し気が楽になりますが……」


 それでもやはり俺の決断が早ければもう数人は救えたんじゃ無いかという後悔は有る。事実、俺は見捨てる事も選択肢に入れていた。


 浮かない顔をしていたのだろう。沙生さんは心配した顔で話しかけてくる。

 

「暁門君が人の命を救ったのは事実だよ。何も出来なかった私達と違って、君は何かを成し遂げたんだからそこは誇っても良いよ」


 でも胸がモヤモヤする。どうやら素直に喜ぶ事は出来なさそうだ。


「それについて考えるのは止めます。どちらにせよ結果論ですよね……。では俺達はこれで、ありがとございました」


 俺はそう言って、沙生さんに連れられて署長室を後にした。





 署長室の外に出ると偶然村田さんと遭遇した。村田さんとはちょうど話がしたかった所だ。


「やあ、灰間君。目を覚ましたんだね、本当に良かった。それと、スーパーの一件本当に助かったよありがとう」


 ありがとう、と言われるとモヤモヤするのは変わりない。流石に笑顔で返しておくが。


「いえ、出来ることをしたまでです」


「それと……君がここを離れようとしていると夜見川さんから聞いてね。いつ離れる予定なんだい?ああ、理由は何となく分かっている。引き止めたりはしないから安心してくれ」


 沙生さんが慌てて話に割って入る。


「あ、暁門君ごめん!暁門君が怪我して眠ったままの時に、冷静になれなくて口走っちゃって……」


「ああ、沙生さん大丈夫だよ。今の状況ならバレても問題ない。それで……知っているのは村田さんだけですか?」


「ああ、私だけだ」


「それなら良かった。手が動くようになるまでは、ここでお世話になろうと思っています」


 そこで村田さんの顔が真剣な表情になる。


「……灰間君。すまないんだが、一つだけ頼みがある」


 村田さんの頼みについては何となく察しは付くが、一応聞き返しておこう。


「……何でしょうか?」


「この避難所にいる間だけで良い。君の『ホープ』の力を貸してくれないか?」


「それは命令ですか?」


「いや、強制的な命令ではない。あくまで署長代行の私からのお願いだ。どうか頼む」


 代行として指揮を取っている村田さんも加藤さんのやり方を引き継いでるのか。……やり方が優しすぎる。

 俺としては怪我が治るまでの間、世話になる分は何かで返したい。どうせ俺の力は知られているんだし、条件付きで受けるか。


「必ず村田さんが受け取る事と食糧を条件に、俺は武器を提供します。期間は俺がこの避難所を去るまで。……これで良いですか?」


 村田さんの表情が真剣だったものから和らぎ、パッと明るくなる。


「その程度の条件なら喜んで。……灰間君、本当にありがとう」



 

 俺は村田さんの言葉に、こうやって感謝されるのも悪くないと感じた。『俺の力ホープ』を人の為に使う。そういった道でも良いのかもしれないと少し思った。



 

 ——だが、そんな甘い想いはこの避難所で打ち砕かれる事になる。

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