第16話 避難所崩壊 2
俺の目が覚めてから三日目。
俺は今、食事を食べさせてもらっている。両腕を怪我しているのだから普通の事なのかもしれない。
でも、相手が沙生さんなのはまずい。現に意識して、俺の顔は真っ赤になっている。顔が熱いから間違いない。
「ほら、暁門君口開けて」
沙生さんが箸でカップ麺を食べさせようとしている。それを皆が見ているのは何という羞恥プレイなのだろうか。
警察の人達は俺のことを気にかけて、よく喋りかけてくれる。だが、今は俺を見てニヤニヤ笑っている。手が治ったら覚えてろ……!
「あ、あの沙生さん?少し恥ずかしいというか、何というか……」
「昔はそんな事気にしないで食べさせ合いしてたじゃない」
「それ、いつの話ですか……。俺、良い大人ですよ……」
「無理して怪我したんだから仕方ないよね。これに懲りたら今後は怪我しないようにしなきゃ」
それを言われると痛い。大人しく一口食べる。
「あ、それとも私が嫌だった?なら、村田さんにでもお願いしてこようか?」
村田さんは中々渋い感じのおじさんだ。人も良く、昔はモテてたんじゃないだろうか。
いやでも、おじさんに食べさせてもらうとか誰得だよ。みんなが見てないという条件なら、沙生さんが良いに決まってる。
「む、村田さんは忙しいだろうし……」
そこで村田さんが突然現れる。
「何の話だ?」
「あ、村田さん。暁門君が、村田さんに——「やっぱり沙生さんが良いなあ!」」
俺達のやり取りを見て村田さんは首を傾げる。
「……?ま、まあ。灰間君が元気そうで何より?だ」
そう言い残し、村田さんは去っていった。それと、周囲の反応は分かり切ってるので見ないようにした。
ここ二日で攻略失敗による、避難所の混乱は少し収まったように感じる。だが、避難民の一部は未だに横暴な要求をするし、黒薙さんのグループも他とは一線を引いている。
だが、村田さんの努力と俺が渡した武器により、食糧の確保は増え、僅かにだが良い方向へと向かっていると思う。
俺の腕は未だに動かない。痛みは和らいでいる気はするが、このまま動かないんじゃないかと心配になる。
もしこのままだとしたら、俺は——。
「暁門君?」
「あ、ああ。ごめん、何?」
「また暗い顔してるよ?大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ぼーっとしてただけ」
沙生さんは俺に疑うような目を向ける。それを俺は必死に目を逸らす。
「嘘は良くないよ。……本当に悩みが有るなら、言ってね」
「……本当に大丈夫だよ、ありがとう」
俺は沙生さんに必死に作った笑顔を向ける。彼女を心配させたくは無い。
——その日の夜。俺は署長室に呼ばれた。
理由は……怪我でずっと目を覚さなかった加藤さんが、息を引き取ったそうだ。
署長室に集まったのは、俺、村田さんと数人の警察の人達。
見ると、青白くなった加藤さんの顔が、わずかな明かりに照らされている。でも今までの苦悶の表情は消え、安らかな顔に見えるのが……せめてもの救いだろうか。
村田さんを含む警察官達が肩を震わせ泣いている。それだけで加藤さんは仕事でも人としても、皆と良い関係を築けていたのだと分かった。
だが、俺は泣けなかった。俺はこの人達のように関係がある訳では無い。出会ってからたった数日。見知った人が亡くなったのは悲しいが、ただ、それだけだ。
それがこの世界に慣れてしまったのか、それとも俺の感情がどこか欠落しているのか。その答えは、今の俺では分からなかった。
翌朝、加藤さんは警察署内の敷地に埋葬された。
「——加藤署長。私はあなたの意志を継ぎ、皆を守り抜きます」
村田さんがそう宣言し、正式にこの避難所のリーダーとなった。
そして皆がそれに拍手を送る中、俺は見てしまう。村田さんを睨むように見つめる……黒薙さんを。
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