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少し仮眠を取ってからヒサシはまた深夜のバイトに向かった。
同じ時間を担当する篠田は女子大生だった。
彼女は夕勤の時間帯から深夜の2時まで通しで働く。
そのため、彼女が盗撮の被害にあっていたことも知ってる。その映像をヒサシは見た。
そんな男と働いているのだから彼女も可哀想なものだと同情したくなる。
ヒサシはそういった性欲を掻き立てるようなものを見ても勃たなかった。
篠田も不幸中の幸いというか、見られた相手がヒサシで良かったであろう。
バイトを終え家に帰ると、玄関の鍵が空いていた。いよいよ母親が徘徊を始めたのかとヒサシは思った。そのままどこかへ消えてくれたら楽だが、ウォーリーを探せのごとくどこか遠方で見つかったとなれば迎えに行くのは自分しかいないのでそれはそれで面倒臭いとヒサシは思った。
何かあればリョウに車を出してもらおうと心に決めた。
「おい、居ねーのか?」
家の中は静まり返っていたが居間の方の電気は付いている。
母親は起きているのだろうか、ヒサシはいつもと違う雰囲気を感じていた。
異臭が漂う、なにか腐敗したような鼻を突く激臭だった。部屋の冷房は切れて暖房がついていた、連日の熱帯夜なので一日中つけっぱなしも珍しくないのに、何故か消えていた。
居間にたどり着くと母親が腹部から血を流し倒れていた。見るからに死亡しているのが分かる。
ヒサシはしゃがみこみ母の顔にそっと触れる、部屋の温度のせいかまだ体が暖かく感じられた。
ヒサシはこの後の行動をどうすればいいのか、分からなかった。この瞬間、彼は紛れもなくひとりとなった。
父も母も弟も、家族と呼べる人はこの世に誰もいなくなり、あの家出を決行した時からの念願とも言うべき瞬間が訪れた。
それ以上に、ヒサシは感じたこともない喪失感を味わっていた。孤独、会話の通じない相手だったがとりあえず居るだけで、自分の帰る場所があったような気がしていた。
家出をした小学六年生の時も、警察に連れられ家に帰って来たではないか。あれもこの家だった。もうここには誰もいない。
その時、家に誰かやってきたのか、門戸のチャイムがなった。
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