第67話 おわりとはじまり


「見てたんなら、どうしてたすけてくれなかったの。あやうくみんな死んじゃうとこだったわ」

 サラの苦情に大魔女は眉をさげわらう。

「いっしょに暮らしててまだわかんないの? あそこで私がたすけるなんて思ってるならとんだ買いかぶりだわ」

 言われてみりゃそうかとサラはためいきをついた。でもじつは騎士団長がうずまき雲に吸いこまれなかったのはエリーが雲に干渉していたから――っていうのはかのじょにすればたいしたことじゃないしだれに言うつもりもない。

 かわりに魔女はやさしくサラの髪を梳いた。


 髪がところどころくしにひっかかる。くしが髪をひっぱり、髪は頭皮をくいっと吊りあげて、そのたびサラはちいさく声をあげた。

「強情な髪よねえ。毎朝たいへんでしょ?」

 私といっしょ、と魔女が言うので鏡のなかのエリーを見た。鏡をとおして目が合ったエリーはわらって、証拠を示すように自分の髪をなでてみせた。もえあがるような金髪。さらさらに見えるけどゆびをいれるとけっこうひっかかって、とにかくほそいもんだから地球の引力をものともせずそこらじゅうぴんぴんはねている。



 サラがあす帰ることについて、エリーはひとことも触れなかった。かわりにレベッカの思い出話をいくつも聞かせてくれた。

「そんなになつかしいんだったら会いに行ってあげなよ」

「あの子がここに来ればいいのにねえ」

「だれのせいでそれができないと思ってんの」

 レベッカがこの島に来られないのは、筆頭魔女として本国から離れるわけにいかないからだ。本人は筆頭と言い張っているけど、レベッカいわくの真の筆頭がこんな辺境の島にこもってしまっている以上、実質の筆頭魔女はレベッカだ。


「そのうち筆頭魔女をひきつぐ子が出てくるかもね」

 そしたらこんどこそほんとうにお役御免だ。私もレベッカも。そのときはあの子のこといたわってあげるんだ。


「ひきつぐ子って……サンガのこと?」

「サラかも知んないよ?」

「まさか」

 魔女はほほえむ。くしをサラの金髪にいれて。だいぶんほつれがけてスムーズにくしがはいるようになったけれども、それでもまだときどきウェーブが強情にくしをからめとる。ほんとに私と似てる、と魔女はまたみをうかべた。じつはエㇽダの髪も似てるのよねえ。はじめて会ったときから思ってた、あの子の髪は魔女の髪。きっといい魔女になる。ユニークな、アルバ村にはない魔女に。



「エリーばあちゃん」

 ふいにサラが呼びかけ、エリーは眉をひそめた。

「ここでは禁止だって――」

「聞いて」

 腕をつかまれ、視線をもどすとぶつかったサラの目はまっすぐだ。

「考えたの。ずっと考えてたの。ここに来てからずっと。だから聞いて」

 その真剣な空気を察して、天井のはりのアメニシキヘビがすっと気配を消した。


「私、力が足りないってわかったわ。サンガ見てるといやでもわかっちゃう」

「サンガの魔力は別格よ。でも制御はへたなのよねえ。ああ見えてじゃじゃ馬で子供だし……サラがとなりで見張っててくれるとたすかるわ」

 エリーがウィンクした。サラの顔がぼんっとあかくなった。

「なななんで私が出てくるのよ? 私ぜんぜん関係ないじゃない」

「そお? まあまたおいおい話しましょ」

 エリーは勝手に理解した気でにこにこしてる。ここはスルーだ。そうでなきゃ話がすすまない。


「とにかく私、魔女を目指すわ」鏡のエリーを見つめて言った。「サンガに負けないよ。私は私で、りっぱな魔女になってみんなをしあわせにするの」

 みんな守ってあげたいな。私を好きになってくれるかな。エリーばあちゃんみたいにあこがれられて、レベッカおばさんみたいにみんなに慕われる魔女になりたい。


 エリーはくしを置いて、サラの髪を手で梳いた。もうほつれはなくなって、さらさらゆびが金の髪のあいだをとおる。

 いい顔になった。ほんとにこの子はすごい魔女になるのかもしれない。生まれもった魔力は私やレベッカほどじゃないけど、この子にはそんなこと乗り越えるだけのつよい意思がある。――ああ、いまその意思が生まれたのかな。




 エリーが部屋から出てったあとサラは、ちょうど遊びに来ていた伝書ミミズクにエㇽダへの伝言を託した。あした帰るよ、見送りに来てねって。

 恋に夢中なミミズクが伝言をとどけてくれるか不安だったけど、どうやらちゃんととどいたみたい。その夜おそく、寝るまえになってエㇽダの歌声が聞こえてきたから。かなしいしらべの歌だった。あの子あんな歌もうたうんだ、とサラには意外だった。

 エㇽダの村へは舟でくだってたっぷり一時間はかかる距離なのに、魔力を帯びた歌ははるばる川を遡上さかのぼってとどいた。あの子、どうしたって私に聞かせたかったんだろうな。きょうだいそろって力加減のできない子たち、とサラはわらってしまった。わらったしゅんかん目からなみだがこぼれた。


 さすがのサラも気づかなかったけれどもその歌声はじつは、その夜島じゅうをおおったのだった。島じゅうのいきものたちのめいわくを一切まったくかえりみないで、サラとのわかれを泣くエㇽダの歌声は哀切に夜空に響いた。



 その歌声を聞きながらベッドにはいったサラは、あけがた夢を見た。

 六角オオトカゲがいた。虎も蛇も、恋するワシとミミズクも。モルフォ蝶は青くうつくしかったし、生垣のむらさきの花たちは陽気でおしゃべりだった。エㇽダはあいかわらずにぎやかで、サンガはきれいでやさしくたおやかだった。暴走するとだれより危険だけどね。ティッカも、ハイヌウェレもセンビランもいた。まんなかにはエリーばあちゃん。ヤモリの目玉も、月も金色。妖魔は陽気におどってた。

 朝になると内容なかみはぜんぶわすれてしまっていたけど、とにかく幸せな夢だった。でも夢はいつかおわる。わかってる。だからまた歩きだすんだよ。いつの間にかまたうかんでいたなみだを拭って、サラはベッドから起きあがった。南国の太陽はきょうも空にぎらぎらかがやいていた。




(第四章「夢のおわり」おわり。あと2話、エピローグがつづきます)


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