第64話 滝の上に異変


 たたかいが進むにつれ、しだいにサラは防戦一方になってしまってじわじわ追いつめられている。サンガもたすけの手を出しはするけど暴走しちゃいけないって意識がじゃましてるからたいした魔法は出てこない。


 サンガの言うとおり、この騎士は自分よりつよい。サラはそれを認めないわけにいかなかった。

 また剣、こんどはぎゅるうっと数倍にも伸びたもんだからかわしたつもりが追いつかれてしまった、あわててサラが障壁を前に立てる、でも剣の勢いをとめるには足りなくってつき破られて――その剣先がサラのてのひらを刺したところでようやくとまった。痛みにサラの顔がゆがむ。頬にかかるのは赤い血だ。


 てのひらからすこしつきぬけた剣先を伝ってぽたぽた落ちるまっかなサラの血が、サンガの心をさわがせた。

 傷つけてしまった、まもれなかった、ぼくが未熟だったから。うつくしい顔が妖しくなやましくゆがんだ。ぼくに勇気が足りなかった? そうだ、ぼくはおそれていた。でもどうしてぼくは、魔力の暴走なんておそれていたんだろう。それってサラの傷よりだいじなこと?


 サンガは目をひらいた。騎士団長の剣がまだ目のまえにあった。

 サラのてのひらを突きぬいた剣、てのひらからの血をしたたらせる剣、それでもまだ飽き足らないでその先のサラの顔をねらう剣――この世から消えろ。

 すると剣はいっしゅんでとけて蒸発して影さえのこさず、この世からまるまる消滅した。

 時のながれまでおかしくなったような錯覚が騎士団長をおそった。剣はうしなわれ、リチャードの言葉が思いだされた――化け物だ! その言葉がうかんだしゅんかんかれは銃をとりだしまよわず全弾撃ち尽くした。


「むだだよ。それよりはやく逃げたらよかったのに」

 弾はすべて逸れた。サンガの唇がわらった。

「もう遅いけどね」

 サンガの黒い瞳はたのしそうだ。サラは自分の傷のこと気にするひまもない。

「待って、殺しちゃだめ、おちついて」


 殺す? ちがうよ、消すんだ。かつてこの世にいたなんて記憶ごと、うれしかったこともかなしかったこともすべてまるごとみんなの記憶から消して、未来永劫ふたたびこの世に出てくる可能性をみじんものこさず葬ってしまうんだ。ほら、ぼくがひと声かければかれは――

 とつぜん世界がいちめん緋色に染まった。いや、あかくなったのは空の雲。頭上にむくむくおおきくなった雲がうずを巻いて、ひっきりなしに雷があかくひかる。サラの鮮血とおなじ色。

「サンガ、だめだってサンガ、だから暴走しちゃだめだってえええ」

 必死で呼びかけるけれどもサンガの意識はほとんどのこっていない。サラは頭をかかえた。またしても暴走、しかもとびきりおおきな暴走だ。



  ***



 そのころ森のむこうにも暴走する男たちがいた。

 ダンカンを追ったセンビランがとちゅうで追いついて、そこでまた戦いがはじまっていたのだ。うしろにティッカもくっついてって、おかげでエㇽダまでいっしょに観戦するはめになっている。


「手出しは無用だ」

 かっこつけてセンビランはそう言った。

「さすがセンビラン。ならばその戦いを見とどけさせてくれ」

 すっかりセンビランに魅せられてしまったティッカがこたえる。はやく目をさましてティッカ。

 たしかにセンビランもダンカンもつよいし互角の戦いで見応えもあるっちゃあるけど、ふたりとも暑苦しくってなんと言うか……もううんざり。

 おもわず目をそむけたさきの山のむこうに、エㇽダは雲があかく色づくのを見たのだった。


 さいしょちいさな点だったそれは、みるみる渦巻き状にふくらんで、山ひとつをすっかり覆うほどに育った。異様な色に不吉な予感。

「なんだ、あれ?」

 ティッカも気づいてゆびさした。

「わかんない。でもきっと、あそこにサンガがいる」

 まちがいない、そしてとても危険ななにかが起きている。行かなきゃ。戦士と騎士との闘いはつづいているけど、エㇽダは背をむけ竹棒を手にとった。これでおっさんふたりのアツい勝負からも逃げだせるしね。

 ところがおっさん戦士も空の異変に気づいたようだ。


「あれは?」

「うむ」

 ふたりは顔を見あわせた。かたき同士というのに剣を交わしているうちなんだかこころを通じ合えたかのようだ。

「行こう」

 声をあわせ、剣をおさめるタイミングまで息ぴったりでふたり同時に飛びだした。そこにとりのこされたのはエㇽダとティッカ。

「……なんなのよ、あいつら。あたしたちも負けてらんない、行こう!」

 もちろんティッカも行く気まんまんだ。



  ***



 いったん逃げだしたリチャードとエドワードも、異変には気づいていた。

 むくむく育ったうずまき状の雲があかくひかるのを見て、抱えられているエドワードが止まれと指示する。

「戻ろう。なにがあったかわからないけど、きっとハンフリーがあぶない」

「だから逃げろって言ったのに」

 はあっと肩をすくめて、騎士団長が忠告を無視したのを嘆いたけれどもこうなった以上は命をかけてもかれを助けに行かねば、という考えはリチャードもおなじだ。


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