第63話 騎士と魔女とは闘うさだめ


「じゃまをするのか、エリー・ローズウッドの末裔よ。魔女のギルドとは休戦のちかいをたてたが、そちらから騎士団に敵対するなら話はべつだ。容赦はせんぞ」

 騎士団長は、むしろそれを望むかのように朗々と言った。

「盟約を破るつもりはないわよ。でも一方的すぎるんじゃない? 私のだいじなともだちを狩るってんならほっとくわけにいかないね」

「あぶないよサラ、ぼくが相手するからさがってて」

「でも、」

 まえに出ようとするサンガの手をうしろからひっぱって止めた。あぶなっかしいのはサンガの方だと思うのだ。だってこの子の魔法は安定しないんだもの。



 凛と騎士団長がまた槍をかまえたそのとき――

「待って、団長」

 うしろから聞こえてきたのはリチャードの声だ。ふり返るとリチャードは泉の上で、片足の不自由な騎士を抱えている。その騎士を見て団長はおもわず笑顔になった。

「エドワード、ぶじ……というわけでもなさそうだな。ふむ、たまにはそんな目にあうのもいい薬だ。すこしは懲りたか? まあいい、とっとと帰ろう、王都のみんなが待ってるぞ。だがそのまえに魔女狩りだ」

 それからサラをおやゆびで指して、

「ひとりはなんと、大魔女エリーの末裔だ。騎士たちも溜飲を下げるだろう」

「ハンフリー……待ってくれ」

「どうした?」

 おもわず声をかけたけれども、エドワードにはつづく言葉が見つからなかった。なにを言おうとしたのだろう。この子たちがエㇽダの仲間だとはすぐわかった。いつもたのしそうに話していたあたらしいともだち。それに女かと見紛う少年、あれがサンガだ。エㇽダのたいせつなたからもの。だから助ける? 狩らずに逃がせと?

「どうだろう、その子たちなんだが――」

 次の言葉をさがすけど、出てこない。かわりに言葉を継いだのはリチャードだ。

「だめだよ団長、なんてこったこいつ……とんでもない……ありえないよこんなの、まるで化け物だ。こんなの相手しちゃだめだ」

 言うなり背をむけ逃げだした。律儀にエドワードを抱えたまんまで。


 そのうしろすがたを騎士団長は唖然として見送り、それからふたりの魔女に向きなおった。

「……しつけがなっておらんで面目ない。若い奴らの考えることはわからん」

「それはおたがいさま。私だって年寄りの考えることはわかんないわ。むかしはたいへんだったとかエリーばあちゃんと比べるとどうとか、だから魔女になっちゃいけないとか、それにそれに――」と火がついちゃったところでサンガと騎士団長の視線に気づいて、こほんと咳ばらい。「とにかく、若いからって片づけられるのは納得いかないわ」

 騎士団長は皮肉な笑みを片頬にうかべた。

「ふん。しょせん言葉でわかりあうことは我らには向かぬのかもしれん、やはり騎士は」と剣を抜いて、「魔女を狩ることで自らを表すのだ」

「そうやってすぐ力にうったえようとするから」サラはサンガをかばってまた前に出ながら、「わかりあえないんじゃないの?」

 なあんて言っといて、じつはる気じゅうぶんだ。けんか売られて逃げだすなんてしょうじゃない。ごめんエリーちゃん、魔女の血は騎士とたたかうことをやめないみたい。



 魔法陣をすばやく描いたサラを見て、騎士団長は満足げにわらった。

「それでこそだ」

 剣の柄をにぎる手に力をこめるといっしゅんで間合いを詰め、サンガとサラとをまとめて薙ぎはらった。

 剣が一閃、そのあとを追って炎がひろがる。髪一厘の差でよけてサラはサンガの手をとった。ぐいっとひき寄せると黒髪がちりちり燃えている。あわてて呼び出した水を頭から浴びせたおかげでふたりそろって水びたしだ。

 その一方では魔法陣からぶわっとあふれ出た無数の蜂がまっくろな霧のようになって騎士団長をおそっている。はらってもはらってもあとから蜂はとぎれずまとわりついて、鎧のすきまからつぎつぎいくつも毒針がささる。業を煮やしたハンフリーは全身から炎をふきあげ一網打尽に焼きつくした。


 その間に防御の体制をととのえたサラとサンガを、怒りをこめた目で騎士団長はにらんだ。にらむ目のうえには蜂に刺されてぷくうっとあかく腫れあがったこぶがある。


「うわ……」

 いかめしい表情をだいなしにするいくつもの腫れ。でもわらってる場合じゃないよほら、炎の雨がふたりのうえに降ってくる。頭上に雨雲の傘をつくってはじきかえしたところへ剣が一閃、あやうくサンガが氷の盾でふせいだ。

「やっぱりぼくがやるよ。このままじゃサラがやられてしまう――あいつの方がうわ手だ」

 耳もとでささやくすきとおった声に、サラはかあっとなりながら止めた。

「だめよぜったい、また暴走したらどうするつもり?」

 そうなったらだれにも止められないんだから。


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