第62話 騎士団長とハイヌウェレ


 みっつに分かれたさいごのひとり、騎士団長のハンフリーが追ったのは、サンガとサラだ。

 そこに魔女エリーと同等の魔力をもつ者がいる――リチャードのその見立てが正しいならば、それを追うのは自分でなければなるまい。それは責任感であり自負であり、同時に好奇心もちょっぴり。




 オオイヌワシに導かれてサンガとサラは、いつかの滝つぼに辿りついていた。今日も滝は白い水をたっぷりおとして泉は澄んで、あたりには水滴が満ちいくつものちいさな虹がうかんでは消えた。

 ふたりがあらわれると妖魔たちはあわてて散っていった。この場所にこのふたり、かれらにすればまったく不吉な組み合わせなんだろう。

 妖魔たちにとってここが生命の危機の記憶された場所だとすれば、サラにとっては心地よい天然シャワーと、妖魔との戦いと、それから――サンガに抱っこされた記憶の場所だ。

 お姫さま抱っこを思いだしてサラの顔はまたあかくなった。あかくなったってサンガにはぜったい感づかれちゃいけない。

 私は偉大な魔女の末裔にしてその名をぐ者、私にかかればどんな男だってだし、もちろん男あつかいも慣れたもんだしなんなら純朴なきみたちに恋のてほどきしてさしあげたってよろしくってよ――ほ、ほほ……ごほん。だって、こうでなくっちゃいけないの。男の手に触れられただけでどぎまぎしてしまう本性はぜったい秘密の超極秘。魔女としても女としても、沽券にかかわる大問題なのだ。

 なんとかふだんの顔色にもどしてふりかえると、すぐそこにサンガの顔があった。ほんとにこの子の距離感ったらもお、心臓にわるい。

「だいじょうぶ? 熱でもあるかな?」

「ないっ、ぜんぜんないから心配しないで」


 そう言ってついと目をそらした泉のほとりに、妖魔が立っていたのだった。ぞくっとするほどうつくしい妖魔。

 サラの表情に気づいてその視線のさきをサンガも追った。

「……ハイヌウェレ」

「ともだち?」

 サラの胸はなぜだかざわついた。

 妖魔のうつくしさがそう思わせるんだろうか。うつくしさにかけちゃ自分だってひけはとらないつもりだけれど、この妖魔はただきれいっていうんじゃなくてなにかこう、人の子にはない空気をまとっている。

 声を出さずに近づいてくるかのじょの踏んだ草からわか葉がめばえ、可憐な花が咲いた。花も葉もハイヌウェレも陽の光に照り映えて、いきいきと森の空気を呼吸した。かつてのありあまるほどの生命力とは比べようもないにせよ、ハイヌウェレはやはり豊穣の女神にふさわしい力をのこしているようだ。


 逃げて。ここにいてはいけない。敵が近づいてる。


 声を出すかわりにハイヌウェレはふたりの心に直接話しかけてきた。

「敵って言った? わかるの?」

 敵とは騎士だとサラは直感した。やはり追って来たのだ。敵意をもって。仲間を南の島へ飛ばされた怒りをかれらはこの島の魔女たちにぶつけるつもりなんだろうか。

「どういうこと? 敵って?」

 下を向いてしまったサラの顔をのぞきこんで、サンガが訊いた。


 騎士は強敵だ。戦って勝てる相手かどうかわからない、というかそもそも戦っちゃいけないのだ。苦難のすえにむすばれた不戦の盟約にはエリーばあちゃんの願いがたっぷりこめられている。

 サラは唇をきゅっとむすんで、首をふった。

「騎士よ。魔女の敵。ずっとむかしに仲直りしたはずなのに、いまでもけんかをやめないの……とにかくここは逃げよう」

 そう言ったとき、すさまじい音とともにつむじ風が滝つぼのほとりに黒く舞い降りたのだった。



 つむじ風のなかからあらわれたのは、銀の鎧を身にまとった男――騎士団長ハンフリーだ。虹があたらしくかかった。ハチドリはあわてて逃げて、黄色い蝶の群れはつむじ風にもてあそばれるようにばらばらと舞い散った。


 ハンフリーは三人を見くらべ、エリーに匹敵する魔女とはだれのことかと推し量った。

 ――リチャードめ、寝ぼけて勘がくるったか?

 少女は容姿からもエリーの血縁者と見たが、先代筆頭魔女と同等の魔力をもつほどとは思えない。そして少年の方は――話にもならない。

 まあいい。空前絶後の力をもったエリーほどの魔女がそうそういるわけがない。がっかりしながらハンフリーは少年を狩ることにした。少女の方はギルドの一員だろうから狩るわけにいかないし、妖魔はあとまわしでいいだろう。

 槍をもった手を振りかぶって、少年に狙いをさだめた。槍の穂先が陽光をうけてひかった。おなじ陽の光が滝と泉の水に乱反射してサラの目をちらちら刺した。

「ちょ、ストッ……」

 サラが止めるのと、槍が騎士団長の手から放たれるのとがほぼ同時。つぎのしゅんかん槍はサンガの喉をつらぬき、サンガは口からかわいた音を発してたおれる――はずだった。

 それを阻んだのは、サラがとっさにつくった魔法の障壁。こんなにすばやく出せるなんて、我ながらすごい。エリーちゃんの下で修行してきた成果かな。なんて悦に入ってるとつぎの槍が飛んできた、こんどは障壁を破ろうって勢いのすごいのが。うげっ、ちょっと待ってってばこんなの防ぎきれない、と泣きたくなるのを力を振りしぼって障壁強化、それを槍は突き破ったけれどもそこで力尽きてサンガにとどくまえに地面におちた。


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